とある魔女の後悔

宵森みなと

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第4話  過保護という名の愛情包囲網

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潜入任務を終えたアリスティアは、一旦軍部へと引き渡された。
形式的な事情聴取を終えた後、サナリアの装いを解き、侍女に身をやつして町へ出る。
あくまで“捕らえられたガニエルの妻”が任務に関わっていないことを印象付けるため。
そのまま市街地で仲間と入れ替わり、今度はアリスティアとしてランドエル侯爵家へ戻った。

馬車の扉が開くと、そこには懐かしい姿が立っていた。

「おかえり」

低く、掠れた声。
次の瞬間、カインの長い腕に引き寄せられ、強く抱きしめられた。

「無事で……よかった」

アリスティアは苦笑しながらも、彼の背中にそっと手を添えた。

「お兄様、ただいま戻りました」

——ほんの少しだけ、心が温かくなった。

しかし、それはほんの束の間。

「……ちょ、ちょっと、何して——」

気づけば、カインに姫抱っこされていた。

「お、お兄様!? 下ろして下さい!お父様に報告が!」

「そのまま連れていく」

「いや、だからって、なんで抱えて……!」

抗議もむなしく、そのまま執務室へ“ドナドナ”の気分で運ばれていった。

* * *

「隊長!統括に報告があります!だから早く下ろして下さいってば!」

半ばキレ気味に声を上げると、ようやくカインは不満そうにアリスティアを下ろした。

「……やれやれ」

気を取り直し、アリスティアは一歩前に出て頭を下げた。

「カイザル統括。任務は無事終了いたしました。報告はすでに軍部から届いているかと思いますが——
 ガニエル=ランベルクは隣国から武器を密輸し、国内の反政府勢力に売り渡していました。
 昨日拘束され、現在は軍部にて取り調べ中です」

淡々と報告するアリスティアの言葉に、カイザルは目を潤ませ、椅子を立ち上がった。

「……アリスティア、父の側に……」

呼ばれるがまま近づいた瞬間、鋼のような力で抱きしめられた。

「ちょっ……お父様!? つ、強い、強いですってば!苦しいです!」

バシバシとカイザルの腕を叩くと、ようやく離してくれた。

「すまん……でも、よかった。本当に……」

「……ええ。私も、無事に帰れて嬉しいですわ」

そう言った直後——カイザルが真顔で問うてきた。

「アリスティア。ガニエルに、何もされてないな? キスも、関係も……」

「……はい。関係もキスもしてません。手は、役柄上……握りましたけど」

その瞬間、後方からカインの声が飛んできた。

「……何だと!!?」

タッと近づいてきたかと思えば、アリスティアの手をハンカチでゴシゴシ拭き始めた。

「ちょっ、何してんのよ!? 消毒ですか!? やめて、皮が剥けるってば!」

兄と父の過保護っぷりに、アリスティアは頭を抱えた。
いつからこんなに“過敏”になったんだか……

そこへ、義母エリナが優雅に現れた。
苦笑を浮かべながら、言う。

「アリスティアが任務に出てから、ふたりとも、何度“連れ戻す”って騒いだか。
 本当に、うるさいったらないのよ。それだけ、心配してたのよ。もちろん、わたくしも」

穏やかに微笑みながら、エリナが腕を広げる。

「さあ、お母様にも抱きしめさせて?」

アリスティアは、迷いなくその胸に飛び込んだ。

「お母様……ただいま戻りました」

「お帰りなさい、アリスティア」

優しく頭を撫でる手が、どうしようもなく懐かしくて、心がじんわりと解けていくのを感じた。

* * *

それから一週間。
任務を終えたはずのアリスティアは、カイザルとカインの過保護な見張りのもとで、ほぼ軟禁状態の“庭散歩生活”を送っていた。

(……何この監視システム)

そんなある日の午後。父と兄が不在のタイミングで、屋敷に来客が訪れた。
母エリナが応対し、すぐにアリスティアに声をかける。

「軍部の調査隊の隊長さんがいらしてるわ。今回の件で、どうしてもあなたにお礼が言いたいって」

応接間に向かうと、あのガニエルの屋敷で見かけた調査隊の隊長——マクエルが立っていた。

「あなたが……アリスティア嬢ですね。軍部調査隊隊長のマクエルと申します。
 ガニエルの妻役として、潜入任務——本当に、ありがとうございました」

丁寧に頭を下げるマクエルに、アリスティアは穏やかな微笑を浮かべて応じた。

「マクエル様。わたくしは、隠密部隊の一員として与えられた任務を遂行しただけです。どうぞお気になさらず」

「で、ですが……」

マクエルは拳を握りしめ、顔を俯かせた。

「未婚で、こんなにもお美しいあなたを……ガニエルなどに妻として差し出すなど……今になって、強く後悔しております……」

その言葉に、アリスティアは吹き出しそうになりながらも、くすっと笑った。

「……もしかして、“身体のこと”をご心配されてます? でしたら、ご安心くださいませ。
 手を握る以上のことは何もしてませんし、まだキスも処女も無傷ですのよ。
 ……父と兄に、固く禁じられてましたから」

あまりにあけすけな物言いに、マクエルの顔が一気に真っ赤になる。

「アリスティア……。もう少し言葉、選びなさいな」

エリナが苦笑しながら口を挟むと、アリスティアもようやくマクエルの様子に気づき、少しだけ表情を引き締めた。

「……あっ、申し訳ありません。お気になさらないでとお伝えしたかっただけです。他意はありませんの」

小首を傾げて笑った彼女を見て、マクエルの赤面はさらに悪化したようだった。

「と、とにかく……本日はお礼だけ申し上げに参りましたので、これで失礼いたします!」

そう言って、文字通り“逃げるように”帰っていった。

アリスティアはきょとんとした顔で呟いた。

「……何か、慌ててましたわね?」

隣で見ていたエリナが、ふぅと小さくため息をついた。

「……あれはね。あれで、“心を撃ち抜かれた”って顔よ、アリスティア」

「……えっ、私、また何かやらかしました?」

「いえ……ただの、天然なだけよ」

アリスティアにはよくわからなかったけれど——
任務より面倒な何かが、また始まろうとしている気がしてならなかった。
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