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第5話『レベル差』
しおりを挟む「ボク、どうやって戦えばいいんだ?」
たとえ、ここがボクのよく知るゲーム世界だったとしても、結局ここにいるのは”ボク”でしかない。
なにもできない、ゴミでクズなニート。
「ひっ、ひっ、ひっ」
恐怖でうまく呼吸ができなくなる。
足がすくんだ。膝が笑った。歯の付け根がカチカチと音を鳴らしていた。
「そ、そうだ。逃げないと」
ボクは逃げ出そうと背中を見せる。
しかし、身体がうまく動かなかった。
「あっ」
ボクは見事にすっ転んだ。
痛い、なんて言っているヒマはなかった。
テオオザルの発見アイコンが黄色から赤色に――”敵対色”へと変化する。
恐怖で全身の毛が逆立った。
「マズ、い!?」
テオオザルのカーソルが移動をはじめた。
次々と巨大樹を渡り、すさまじい速度でこちらへと近づいてくる。
幹から幹へと跳び移る瞬間、木漏れ日がその全貌を照らし出した。
そのあまりにもおぞましい姿に、のどが引きつった。
「ひっ!?」
その姿はテナガザルをモチーフとしている。
しかし、本物よりもずっと大きい。
そして一番のちがいとして、その背からは大量の腕が生えていた。
中でも尻尾代わりに臀部から生えた大きな1本が、枝を掴み身体を固定している。
ゲームでは何度も相対したことがある。
しかし、画面越しで見ていたそれとはあまりにもちがいすぎた。
存在感が、迫力が、リアリティが。
そしてなにより恐怖の有無が。
「逃げ、なきゃ」
テオオザルはその背と臀部から生えた腕を器用に動かし、こちらへ迫ってくる。
それに対してボクの身体はあまりにも鈍重だった。
あっという間に距離が詰まる。
テオオザルが足を止めた。射程距離に入ったのだ。
周囲の枝を背の腕で折って、それを構える。
投擲の姿勢を取っていた。
その数、全部で6本。
握られた枝が赤い光をまとった。
――”スキル”だ!
「や、やめっ……」
死。
そんな文字が脳裏をちらついた。
(もしも、”彼”なら)
恐怖の中、ボクの脳内にはディスプレイの向こうで悠然と立つ”彼”の姿が浮かんでいた。
主人公であり王である彼ならば、こんな状況くらい簡単に解決してしまえるのだろう。
だが――ボクはボクでしかない。
都合よくヒーローが現れたりもしない。
彼らが助けるのはいつだって外見の優れた若い女で、ボクみたいに三十前の汚い男ではないのだから。
「――ぁ」
躱すとかそんなレベルじゃない、一瞬だった。
エフェクトを纏った6本の枝が殺到し、ボクの身体を貫いた。
「グボバグベグギィィィイイイッッッ!?」
衝撃で身体が吹っ飛んだ。
いくつもの感情が脳内を錯綜していた。
熱い、痛い、痒い、寒い、苦しい、気持ち悪い。
そして……死にたくない。
「あっ……ガッ、グッ、ギッ!?」
地面をバウンドするたびに、身体のどこかが千切れたかのと思うほどの激痛が走った。
ボクは巨大樹の幹に衝突し、ようやく停止した。
「……きひ、ぃ」
朦朧とする意識でボクは思う。
(なんだよ、これ)
こんなことなら車に跳ねられたときに、そのまま人生を終わりにして欲しかった。
ボクを魂ごと消し去って欲しかった。
異世界に来ても――理想であったはずのゲームの世界ですら、ボクはゴミにしかなれないだなんて、変われないだなんて……。
そんなこと、思い知らされたくなんてなかった。
「……あ、ぁ」
なんでこんなに痛いのに、苦しいのに、気絶すらしないんだろう。
せめて意識がなければ、この恐怖からは逃れられるというのに。
(いや……あぁ、そうか)
ボクはその原因に気づく。
まだ”HP”が残っているからだ。
視界の左上には、いったいいつからだろう? HPゲージが表示されていた。
真っ赤に染まったそれが、1ドットだけ残っている。
(だから、こんな状況でも死ねないのか)
身体から木の枝が生えても死ねないとか、なんて理不尽。
それとも当たりどころがよかったからか?
吐血もしてないし、内臓が傷つかなかったのかも。
いや、この場合は”運悪く”か。
テオオザルも決着がついたことを認識したらしい。
幹を伝って地面へと降りてくる。
(いや、急所を外したのはワザとか)
それならば”レベル1”のボクが生き残った理由に納得がいく。
ははっ。食料を長持ちさせようって魂胆なわけだ。
(クソッ、クソクソクソ!)
どうせ死ぬなら、その前に好き勝手すればよかった。
たとえば、そこら辺を歩いている若い女でもレイプしてやればよかった!
そうしたら、最高の気分で死ねただろう。
童貞も捨てられるし、なにより弟や父への最後の嫌がらせにもなる。
けど、今さらあとの祭り。
こんなレベル差、どうやったって覆らないんだから……うん?
(――”レベル差”?)
ボクはハッとした。
なんで相手のレベルがわかるんだ?
自分よりレベルが高すぎる相手は、ステータスを確認できないはずだ。
特殊な事情でもないかぎり。
(すくなくともゲーム時代はそうだった)
ボクは改めて、自分のHPゲージへと意識を向ける。
すると自分のステータスが表示された。
――――――
人間《テイマ》 Lv.1
HP : 1/ 42
SP : 2/ 14
MP : 37/ 37
状態: 瀕死
――――――
ボクはこれを知っている。
これはゲーム時代、HPバーにマウスカーソルを合わせたときと同じ現象だ。
と同時に気づく。
今、表示されている視界の情報……これはデフォルト表示にすぎない、と。
(もし、ボクの予想が正しければ)
ボクは意識を集中させる。
思考という名のマウスカーソルを操作する。
頭の中にある、本来あるべき視界を思い浮かべる。
フルカスタマイズした自分のゲームUIをイメージする。
ボクの視界に、次々とウィンドウが出現しはじめた――。
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