【R-18▶︎BL】21時、外はざあざあ降りの雨だった。

きやま

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 21時、外はざあざあ降りの雨だった。

 湿り気のある空気が店内まで流れこみ、空調を回していてもジメジメとした煩わしさが肌にまとわりつく。甘森はズキズキと繰り返し痛みを主張するこめかみを指でほぐしながら、溜息混じりに低い声を出した。

「あのさあ……真面目にやってる?さっきのプリペイドカード、まだ残高残ってたよね?俺が気付いて返せたからよかったけどさあ、あのまま気付かずお客さん帰っちゃったらどうするつもりだったわけ?」

 人気のないコンビニの店内、カウンター内で180cmほどの長身を縮こまらせた男は体格に似合わない小さな声で甘森に返事をした。

「す、みません……その、システムが、よく……わからなくて……」
「一橋くんさあ、わからなかったらすぐ聞いてっていつも言ってるよね?それとも俺じゃ頼りないから、わからなくても適当にこなした方がマシだったわけ?」

 ああ言い過ぎたと、堪えるべきだった言葉を口にした後で甘森は頭の中で己を叱責した。しかし絶えず彼を襲う頭痛が感情にまで作用し、口を開けば勝手に嫌味が出てきてしまうのを分かっていても止められない。

「大学生だからアルバイトなんて雑にやってもいいと思ってんのかもしれないけどさあ、一応お金もらってんだからちゃんとするべきでしょ。カスみたいな時給だから雑でいいとか、そういう感じ?」
「あ、ちが……す、みませ……ぐすっ」

 一橋は凛々しい眉を弱々しく歪ませながら鼻を啜る。俯いた瞳からは一滴、二滴と涙がこぼれ落ちるが、それを甘森に見られたくないのか掌で覆うように目元を拭った。食いしばった歯の隙間から漏れる嗚咽は、止めようと思えば思うほど大きくなり一橋は肩を大きく震わせながら泣き続けた。まさか泣き出すとは思わず、甘森はぐずぐずと泣いている彼から一歩後ずさって口籠ってしまう。


「は、え……あー、っと」

 何か言わなければ、そう思っても甘森の無愛想な性格と片頭痛が邪魔をして思考がまとまらない。乱れた吐息のような嗚咽を上げ、大きな体を丸まらせて泣き続ける一橋を前に、甘森は電池の抜けたロボットのようにただ立ちすくんでいた。

「え!一橋くん!?どうしたの~!」

 レジ横のスタッフルームからタイミングよく出てきた女性は、一橋の異変に気付くと慌てた様子で彼の元へと駆け寄って背中をさすった。人の肌の温度に少し落ち着いたのか、嗚咽混じりに「おっ、俺が、俺が……」と一橋は事情を説明しようとしたが、うまく言葉を紡げない様子の一橋にただ事ではないと判断したのか、困惑する甘森の視線を無視して彼女は一橋の背中を押してスタッフルームへと去っていってしまう。取り残された甘森は所在なさげに視線を店内へと彷徨わせた後、小さく息を吐いて俯いた。

「……また、俺が悪いのかよ」

 いつもこうだ、と甘森は思った。覚えている一番最初の失敗は小学生の頃、隣の席で教科書を忘れた女の子に「普通は前の日に確認するよね?」と溜息混じりに言ってしまったこと。一番大きな失敗は大学卒業後に就職した会社で自分の言葉不足で言伝がうまく伝わらずに大きな損害を出してしまったこと。甘森は無愛想で言葉足らずなくせに、プライドが高く頭が切れる男だった。その性格と振る舞いが災いして、新卒で入った大手の会社を1年で辞めてそれ以降はコンビニのアルバイトでギリギリの生活を送っている。うっかり人を小馬鹿にするような態度でいかにも正しい事を言うため、どこに行っても疎まれるような人間だった。


「ちょっと甘森くん!どうしてもっと優しく指導してあげられないの?一橋くんはまだ初めて3ヶ月なんだから、先輩のあなたがミスをカバーしてあげなくちゃダメじゃない!」

 スタッフルームから1人戻ってきた女性は、大股で甘森の前にやってくると人差し指を彼の胸に突き立てるようにして叱責した。一橋を心配する時の優しげな顔とは打って変わって釣り上がった彼女の眉と瞳を、俯いた視界の端に一瞬捉えてすぐに顔を逸らした。自分を守るように胸の前で腕を組んで口を開く。

「“もう“初めて3ヶ月ですよ、店長。同じ失敗を何回もするから叱っただけです。大学生だからって遊び感覚でバイトされたらたまったもんじゃないですから」
「……はあ、もういいわ。深夜帯の人がそろそろ交代に来るから……甘森くんも、もう帰って」

 吐き捨てるように彼女はそう言うと、甘森の顔も見ずにスタッフルームへと踵を返した。店内に1人ポツンと取り残された甘森は、胸ポケットにクリップで留めていた顔写真と名字の印字されたカードを手に取り、退勤のための処理をする。

 どうしていつもこうなるんだ。なぜ自分は頭に浮かんだ言葉を選別できないのか。そもそも正しいことを言っているのになぜ理解できない。こんなはずじゃなかったのに。……様々な感情が言葉で浮かんでは甘森の脳の中を圧迫した。胸を刺す痛みを隠すように短く息を吐き、常に下がっている口角をさらに引き下げて着替えのためにスタッフルームへと向かった。

 泣かせた相手と怒らせた相手がいるスタッフルームへと向かうのは気まずくて仕方がなかったが、着替えはそこでしかできないため、またそれも仕方のないことだと甘森は腹を括って扉へ手をかけた。
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