痛がり

白い靴下の猫

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1.気が付いたら妻という人が跪いていた

相変わらず、美形だよなぁ。
となりで寝ている弟のますみを見ながら、さとるはため息をつく。
狭い機内で寝てもくせっ毛ひとつつかない柔らかな髪。きめの細かい肌と長いまつ毛。
さとるは別に容姿コンプレックスではない。
どちらかというと自信過多で、自分の外見にも頭脳にも運動神経にも不満はない。
が、ますみをみると「すげぇ」と思う。
仲の良い兄弟だと思う。当のますみは、えらく兄を立ててくれるし、頼りにしてくれる。
今ふたりは、父親だと名乗る男がよこした双発プロペラ機に乗って、どこにあるのだかよくわからないホゴラシュという国に向かっている。
送りつけられてきた写真の母親は、なかなかに良い顔をしていた。
中継ぎと旅行の手配をしてくれた人間は、いかにも企業人ぽく、礼儀正しかった。
それでも胡散臭さが拭えない。
さとるとますみの母親は優という。
シングルマザーか単身赴任か未亡人か、まぁそんな感じの母親だった。
最初はまともな結婚をしたらしい。父親の職業を聞いたら「実業家」と答えたから相当怪しいが、今もそこそこお金が残っているので本当かもしれない。
その「実業家」とのあいだに長女敦子を生んだが、その実業家は時をおかずに死亡。
そのあと、留学に来ていたこれまた怪しげな男性と国際結婚をして、男の子を二人生んだ。
そのうちの一人が神崎さとる、立派に育って十八歳。もうひとりは神崎ますみ、美形に育って十六歳。二人共父親と面識はない。
優は、親としては大当たりだった。話のわかる人で、おおらかで、機転が効いて。
父親がどうしていたかを気にしたことはなく、優と子供三人の家族生活は快適だった。
優は男兄弟二人の中学受験が終わると、やたらと出張旅行に出かけるようになった。
危ない国にも行っていたらしい。
数か月前に、インドのベースメタル鉱山から事故死の連絡が届いた。何をしていたのだかわからないが、崩落という「ありがちな事故」にまきこまれたと言う。
優を知っているさとるたちには、納得できないことがたくさんあった。
優は、子供を小さい頃からサバイバル技術だの射撃だの教えて喜ぶような凝り性で、自らも周到で、「ありがちな事故」に巻き込まれるタイプではなかったから。
だが優は、奔放さに比例して親戚ウケが悪く、それ見たことかと言わんばかりに、遺体もないまま葬式は終わった。
事故の連絡をくれたのがいわゆる資源メジャーのお偉いさんだったというだけで、なんの怪しいこともなかったように、話が流れていく。誠実な謝罪とやらをされ、賠償金なるものが払われて終わった。
ショックだったが、親戚に弱みを見せたくなくて、姉と兄弟でがっちりタッグを組んでいるあいだに、自然に立ち直った。
優の死後も、姉がぎりぎり二十歳になっていたことと、金銭的に問題がないことで、さとるたちは変わらない生活ができた。まるで優が計算していたようだった。
計算が狂ったのは、夏休み前。
姉が血相を変えて、弟たちに手紙を見せたところからだ。

葬式にも現れなかったくせに父親だと主張する人が、なぜだかさとるとますみを夏休み中自分の国に招待したがっているという。
感想としては「へー、生きてたんだ」以外の何者でもない。
そして国名はホゴラシュ?
どこかで聞いたことはある気がするが、ググっても出てこない。
手紙によれば中央アジアで内戦中の暫定国らしい。そんな国あるのかよ。
政情不安定とかなんとかいって、拒むことはできた。
だが、金庫に母の残した手紙があって、子供にしかわからないパスにしたと言われているのだが見てもらえないかといわれ、断ることは心情的に難しかった。
敦子は、すごく心配して、夏休みのひと月でこんなにいらないだろうというくらい多めに金だの、情報機器だの、サバイバルグッズだのを弟たちに用意してくれたが、行くなとは言わなかった。
そしていま、ますみとさとるは空の上にいる。

金持ちなのだろう。自家用ジェットでやたらと飛んで、ちょくちょく給油。ジープのような車でさらに十時間・・・一体どこだここは。
持ってきた電子機器のアンテナはとっくの昔に立っていない。
パソコンがなきゃ生きられねーぞ、大丈夫なんだろうな。
ジープの単調な振動で大概意識が飛びそうになったとき、やっと目的地に付いた。
屋敷自体は立派だった。頑丈で高級な感じで。
だが、家というには大きく、何か軍事施設のよう。
張り巡らされた塀と鉄条網。なんだこれは?
さとるはじっとりと汗が滲み出てますみを見るが、ますみも唖然とするばかりだ。車はその非日常的な空間に吸い込まれていった。

自称父のその男はサーファと名乗った。挨拶の言葉には聞き覚えがある。
昔から我が家には家庭内暗号ゲームが流行っていて、変な言葉で挨拶したり、暗号をとくと小遣いにたどりついたりしたものだ。
あの怪しげな暗号は、どうやら父親の国の現地語だったらしい。
さとる達が簡単な挨拶や意思の疎通ができることを知ったサーファはえらく喜んだ。


サーファはニコニコとさとる達を迎えた。
「お疲れ様。晩御飯まで部屋で休んでいるといい。」
「どうも」
悪意はないが、ついそっけない返答になる。
「あ、しばらくいてくれるというから、とりあえず妻を一人ずつ入れといたよ。日本語ができる娘だ。まぁ、どうしても気に入らなかったら取り替えるから言いなさい。」
妻?
サーファの日本語はつたないし、当然さとる達のホゴラシュ語もあやしい。
聞き間違えかもしれない。
聞き返すタイミングを逸したまま、さとるたちは向かいにある別々の部屋があてがわれた。
そして、小一時間もしないうちに、ますみとさとるは青い顔して向き合うことになる。



落ち着け。僕――っ!
半分パニックに陥ったますみは、心の中で叫んだ。
ますみは、自他ともに認める草食系だ。体つきも女性的。
顔に至っては、母親にそっくりだと言われる。
年長者どもからは、環境ホルモンのせいじゃないかと真面目に心配され、いわゆる18禁、と言われる規制が日本で撤廃されたあとに思春期を迎える年代だ。
別に二次元の女性にも大した興味はないが、生身の女で頭がいっぱいになったことがあるかといえばNO。クラスには確かに、その手の好奇心に目覚めた顔して頑張ってる男もいるにはいる。しかしごく少数だし、過半はフリだ。
保健省の調査では、日本における結婚後に寝室を別にしている世帯の割合は八割を超えている。二十代で異性間交流が未経験の男性も6割だそうだ。日本は今や、早めに脱童貞したところで、昔と違って羨ましがられることもないご時世に突入している先進国なのだ。

それがっ!それが、なんだって、跪いてる女性に蹴躓かなきゃならないんだ!
いつから居たんだろう?!

思い出してみると、まず僕は荷物をおろして、ベッドに横になり、十五分ぐらい休んだ。夕方だったのでだんだん暗くなる。電気やネット環境やテレビがあるかしらべようと思って、壁際の机に向かう途中で柔らかくて温かいものを蹴飛ばした。
で、で、ありえないことにそれがしゃべったのだ。日本語で。
「お邪魔をして申し訳ございません。」
ぎょっ。
「い、いえ、こちらこそ!」
反射的に答える。
日本という国で育てば、止まってるものにぶつかれば当然ぶつかったほうが悪いのだ。
止まってるものに謝られる筋合いはないぞと、思いかけて、そういう問題ではないことに気づく。
部屋に入ってから今まで人が動く気配などなかった。
ずっと、跪いてた?何の我慢大会?
「気づきませんでっ、失礼しました。な、なんの御用でしょう?」
うわずった声で聞くと、その物体が顔を上げた。
暗がりでも大きな目がキラキラしている女の子だ。迷子か?いきなり客間に?
「ますみ様の妻にお迎えいただけると聞いております。一生懸命お仕えさせて頂きます。何なりとお申し付けください。」
なんじゃそりゃー!
「で、で、で、電気のスイッチ分かる?」
と、とりあえず明るくしよう。暗いところで考え事をするとろくなことにならない。
「はい。あの、立ち上がってもよろしいでしょうか。」
「ぜ、ぜひ立ってください。」
彼女は、立ち上がって壁際のスイッチを押した。
明るくなった室内に水色のスカーフをかぶって髪の毛を隠した女の子。
可愛いが、多分十四~五歳ではあるまいか。絶対年下。どう考えても結婚適齢期には見えない。
「あー、あの、ますみです。」
「はい。」
「お名前は?」
「サシャです。」
「あの、ですね、サシャさん、僕は、まだ十六で、ここへは旅行で、結婚したことはなく・・」
ぱらぱらぱら
サシャの目から涙が落ちる。
「なんでもします。追い出されると、村八分になります。」
ぎゃぁ。
「ちょ、ちょ、ちょっとまっててね!あのっ、楽にしてて!」
そう言うと、ますみはドアを飛び出し、向かいの部屋のドアをガンガン叩いた。
すぐにさとるが顔を出し、ますみの顔色を見るなりいった。
「そっちも、出たか?」
「出たなんてもんじゃないよ!ど、ど、どうなってんだよ!そっちも?」
「こっちもだ。なんのエロゲーかと思うぞ。」
「げ、ゲームじゃない気がしない?俺、泣かれたっ、泣かれちゃったよ!」
「・・・こっちは、血まみれでシャワー浴びられた。」
ひー。
「ど、ど、ど、どうすればいい?」
「とりあえず、サーファに状況聞くまで、逃げず踏み込まず現状維持だろ。なんの宗教か知らんが話聞いてるとすっごい女性差別の匂いがする。まじ胸焼けするぞ。」
うんざりという顔をするさとる。
こう言ってはなんだが、さとるのほうは、ますみに比べれば、「前時代人」「旧人類」だ。女性への興味もやや肉食系。エロ本だって堂々と読んでるし、エロゲーも嗜む。
彼女を作ったことも何回かあった。そのさとるがうんざり顔なのだから、やっぱり普通じゃないのだろう。
「現状維持って、どうやんだよ!結婚してることになってるみたいだよ?!」
「仕方ねーだろ。どう考えたってこの国限定のはなしだ。とりあえずなだめろ。失敗して舌かまれんなよ。がんばれ。」
「無理ーーー!」
だが、さとるに肩をおされて、もう一度部屋に戻る。
サシャはまだ泣いている。
「た、ただいま。な、な、な、な泣かないで。」
「はい。」
お茶、とりあえずお茶を出そう。部屋にポットはあったが、操作する心のゆとりがない。とりあえず口をつけていないペットボトルがまだあったはずだ。ますみはナップザックから午後の紅茶とクッキーをを引きずり出す。
「すわりませんか。粗茶ですが。」
「?」
「お茶しましょう。」
「はい。」
サシャはますみの目の前に座った。
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