痛がり

白い靴下の猫

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5.幼馴染が強烈です

とりあえず、銃器工場が備え付けで、招待主が怪しくて、何させられるかわからないところに長居する気にはなれない。
姉貴に状況を報告して、いつでもここから脱出できるようにしたい。
だが、持ってきた電子機器は少々工夫したくらいではほとんど役に立たなかった。

パソコンは、回線につながっても、フェイスブックもYouTubeもGoogleも繋がらない。転送をかけたはずの電子メールも全エラー、しかもファイルの容量がちょっと大きくなるとダウン。
これでは、写真情報を送るどころか、思うように姉にコンタクトすらできない。
「どうしよう。」
ますみが不安そうに部屋の中を行ったり来たり歩き始めるころ、パソコンの前でしばらく呻いていたさとるが、がっくりとうなだれて口を開いた。
「う。つながっちまった。」
つながった?この上なくめでたい!
何を呻くのかと、ますみがのぞきこむと、さとるのパソコンの画面は、懐かしい萌絵を映し出していた。
「畑里の同人誌サイト、VPN完備で裏からも入れるとか言ってたから試してみたら、無茶苦茶安定してつながる」
しばらく、さとるはうつむいていた。
やがて意を決して顔を上げる。
「きめた。土下座したおしてでも畑里に頼もう」
驚くますみに向かって十字を切ると、さとるは、管理人との通信画面に「さとるだ、助けてほしい」と打ち込んだ。

さとるほどではないまでも、あかりのことは当然ますみも知っていた。
畑里あかり。
お隣で、優がめちゃくちゃ気に入っており、昔から家ぐるみの付き合いがあった幼馴染だ。過去にさとるとあかりは付き合ったことがあるが、彼女がいわゆるボーイズラブというジャンルの同人誌界で著名なことを知り破局、と聞いている。
さとるが『あいつは変態だ!きっぱりスッキリ別れた!あー、ムナクソ悪い!』と荒れまくるのを見て、ますみの方がえらく凹んだものだ。
だが、さとるとわかれてからも、あかりは神崎家一同に変わらず優しく、ますみは彼女に淡いあこがれをもっている。
そのあかりに、助けを頼む?

あかりからは驚くほど簡単に返事が来た。
温かいものではなかったけれども。
「珍しすぎ。本物?冷やかしはお断りよ」
さとるは大急ぎで打ち込んだ。
「昔の非礼は心から詫びる。人命がかかってる。助けてくれ。とりあえずデータ見て姉貴につないでくれ」
ますみの写真データとワードファイルを送る。
さとるは、あかりをよく知っていた。
必死で手を伸ばしてくる人間を、話も聞かずにシャットダウン出来るタイプではない。世話好きで、頭がよくて、出来ることもやりたいことも多い。
あんな暴言を吐いときながらつけこんで、悪いとは思う。
だが、生まれる前から家族ぐるみで付き合って、別れたあとも全く気にしない態度を取られ続けてもう3年になる。現状これほど頼れる人間は他にいない。
案の定、しばらく待つと返事が来た。
「敦子さんと相談して連絡する。貸しだからね」
データを見たのか、しばらくしてもう一度通信が入る。
「このデータ送った証拠はなるべく消して。人の命ってあんたの命?」
「俺とますみも込みだけど、もっといっぱいかも。あ、でも俺とますみは今のところ無傷」
「了解。明日もう一度連絡する。」
「ありがとよ」
そのやり取りを横で見ながら、ますみは軽い胸の痛みを覚える。
あかりは本当にやさしい。
さとるとの葛藤があるだろうに、さとると別れてからも、変わらずうちの家族に優しかった。



さとるとて、畑里あかりとの記憶をたどらせれば、いくらでも出てくる。
1人の女性が生涯に出産する子供数の推計値が、0.6を割った年、いわゆる18禁制限をしていた青少年保護育成条例は全面的に改定された。
浮世離れした大人たちにしては頑張ったのかもしれないが、高校で配られる図書だよりがエロ本紹介ってのは・・・
「アホだわ」
そう言いつつ、さとるはゴミ箱に女の子の肌色が目立つ図書だよりを丸めて投げた。
たった一週間ほど前の出来事だ。
「外れてるわよ」
声に振り向くと、転がった紙ボールを器用につま先で蹴り上げて、ゴミ箱に直行させる同級生が見えた。
畑里あかり。家族ぐるみで長い付き合いをしている幼馴染だ。
正直顔も頭もいいと思う。付き合っていたこともある。もう三年ほど前になるけれど。
「お前の理屈だと、こーゆーので開眼するのか?」
腹の底で、もぞもぞと昔の葛藤がふやける。
畑里は昔からしっかりもので、女たちにも頼りにされていて、男友達も多かった。
さとるが中学で、ずっと頑張ってきた陸上やら格闘技やらをやめた時にもすぐ近くにいてくれた。
簡単に言うとさとるは器用貧乏なのだと思う。
社交辞令か微妙なところだが、よく、才能があるスポーツで生きていくべきではないかと説得された。ただ、本人の自覚では、頑張ったとしても、日本で10の指には入るが1番にはなれないイメージ。
頑張ることは偉いという画一教育の網の中を器用に泳いだものだと思う。
好きだったからやったが、勝負を十分に楽しんだあとはやめた。
一生をかけてまじめにやれという者、やめたら後悔するぞという者がわんさか出る中、畑里は笑ってさとるの肩をたたいた。
『他人の努力はタダってかぁ。人間ができる努力なんて限られてんだから、どっかにつぎこめば、どっか欠けるのにね!』
彼女がいると、人に褒められた記憶が嘘くさく感じた。
さとるは、バラバラと来ていたスポーツ推薦を放棄して、普通に受験をした。
勉強が好きだったわけではないが、嘘くさい褒め殺しから出たかった。
結局入ったのは畑里と同じで、大学の付属高校だった。

そうやって、ずっと頼りにしてきた。
成り行きと勢いで畑里とキスしたとき、さとるははじめて赤くなった畑里を見た。すごくかわいいと思った。付き合いたいとか、初めて思ったやつで、実際数か月つきあった。

・・・なのにっ。
さとるの美しい回想はそこで思いっきりぶった切られるのだ。
家族抜きであかりとの親密な時間が長くなったさとるは、ほどなく、畑里がある世界でカリスマ視されていることを知る。その世界たるや・・・萌え感創出業。ボーイズラブ的同人誌業。
やつの住む世界は、そりゃぁもうエログロのぐっちゃんぐっちゃんのぎったんぎったんを耽美とぬかして崇拝する世界だったわけで、その衝撃は筆舌に尽くし難く、夢も希望もうちやぶられた。

結局、さとるが一方的に罵って別れた形だ。
少しだけ補足するならば、さとるは本来他人の趣味や仕事にそこまで過敏に反応するたちではなかった。

ノーマルなエロ本が売れなくても、いや、それだからこそ、あかりのいる世界は異様な経済規模を誇っていた。その巨大産業を握っているのはほぼ十代で、あかりはそこの顔。通り一遍の腐女子より数百倍の政治力があるだろうことは本来賞賛に値する。

だが、嫌だった。
さとるには、あかりの生み出すストーリーは、どれもますみとあかりの恋愛ものにしか見えなかったから。
心無いことを言っても、畑里は、反論らしい反論はしなかった。
ただ、恋人ではなくなった。とても上手に、信じられないほどスムーズに、幼馴染に戻っていったのだ。それがまた、ショックだった。

さとるの言葉のかすかな刺を無視して、あかりは言葉をつなげた。
「そうは言わないけどさ。でも18禁撤廃といっしょに通った、18才で飲酒OKと、未婚の母奨励法案はいいと思うなぁ。結婚せずに子供を二人以上産んだら国が教育費全額負担」
やれやれ。
ますます男にとって結婚はむつかしくなるな。
さとるの感覚では、未だに結婚願望にちかいようなものは、大抵の男にはあるのだが。
最近の日本では、高所得者でも子供は一人。
じゃぶじゃぶにお金と労力をかけて人生に下駄を履かせてやるのがトレンドだ。
結婚後寝室を別にする夫婦が9割以上の国なので、うっかりも起きにくい。
じゃぁ浮気や婚前交渉が盛んかというとそんなことはなく、20代の男性の6割以上に異性経験がないという結果になっている。

環境ホルモンのせいなのか、何度も経済がかたむいてコスパ重視になったせいなのか、性欲は格好悪いものという新興文化のせいなのか。
まぁ、理由はともかく、先進国ではたまにあることだ。

ただ、そうするともう、人口を再生産する制度としては結婚に頼れない。
少数ながら国がかろうじて生存を把握している旧人類の生き残り『ばらまきたい男』×『結婚しないが子供は欲しい女』に水増ししてもらって出生率を上げるしかない。
国レベルではそんな切羽詰まった情勢だというのに。
「なんだって、そんな状況で、お前の妄想商売はうまくいってんだよ」
ふてくされたように挑発してみる。
バーチャルエロ業というのか、萌え感創出業というのか知らないが、最近では何やら偉そうな匂いのする大人どもが、あかりの仕切るその手の団体にオファーを出しているという。
正直、学校の図書だよりにエロ本を載せるより、何十倍も経済効果が高い方法を知っているだろう。
「んー、個への対応?」
あかりは、可愛らしい顔をかたむけて、営業スマイルをつくった。
「あ、そ」
まぁ、これくらいの挑発に乗ってくるような女じゃないよな。
さとると別れたあと、あかりはリボンが解けるように大人の世界に滑り込んでいった。
追いかける気になれないほどのスピードで。

「あ、誰も引き受けなそうだから、教卓の上の推薦図書持って帰って!とくに女の人が包帯でぐるぐるまきに縛られてる表紙のやつはお勧め!」
うげ。
教卓に目を向けると本当にある。
萌えっとした女性の絵に包帯がぐるぐる。ふつうそういう巻き方もしなけりゃ、そういう格好にもならんだろうというなかなかインパクトのある表紙だ。
「お前がもっていきゃいいだろーが!図書委員!」
「冗談!この私が美少年もの以外にさわったら反乱がおきるわよ。よろしくね!」
そういうと畑里はさっさとにげた。
すでに教室にはすでにさとるしか残っておらず、さとるはぐるぐる巻きとやらを含む数冊をカバンに入れて帰るはめになった。
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