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13.優はメイに深い命をくれました
メイはさとるを盗み見た。
本当に羨ましいくらいに似ている。優さんに。メイに深い命をくれた人に。
メイの母は、結婚していない。
そして夫でない男の子供としてメイを生んだ。それだけで私刑の対象になり得る地域だった。内戦で見捨てられ、封じ込められた地域。
乾いたがれきの街にはメイを狩って一時のカタルシス願望を満たそうとするタキュ人の同胞。同じく乾いた山地には内戦相手のキュニ人。
メイの母は、メイが三歳をすぎ、同胞からの攻撃に気づく頃、メイを抱いてこの土地を出ていこうと試みた。追い詰められた場所から逆算すると、母は随分と頑張ったのだろうとメイは思う。国境の近くの山地で、キュニ人の勢力が強めの場所だった。
矢を射られ、山肌の小さな亀裂に追い込まれ、母はメイを抱いたまま生き埋めにされた。
メイが生き延びたのは、奇跡だったと思う。
母は自分に刺さった矢を力ずくで引き抜いて空気孔を開けた。だが、空気孔が空いた時には、母の目も口も鼻も砂でふさがっていた。
母が動かなくなってどれぐらい時間が経ったかわからない。何度も意識が遠のいて、気づくとキュニ人に引きずり出されていた。
山肌の亀裂はキュニ人の祠だったらしい。
彼らは、神の場を荒らされて烈火の如く怒ってはいたが、祠から生きて出てきたメイを殺すことは神の意思に逆らうと考えたようだった。夜のうちに、近くのタキュ人の村にメイを投げ込んで去った。
新しいタキュの村でのしばらくは平和だった。同胞に狩りの対象にされるよりはの話だが。メイは3歳で既に、どう立ち回れば生き延びられるかを考えるに十分なほど賢かったし、母から習ったトカゲ狩りの小技は重宝された。
だが、目立つほど賢くてはいけなかったのだ。ほどなくメイの生存は元の村に知れ、つれ戻される。
メイたちの家は壊され、使えるものは全て奪われていた。
母がメイにくれた腕輪と指輪を引っペがしながら、遠い親戚という人々が恩着せがましくメイに寝床を与えた。当初の彼らがメイに特別残忍であったとまでは思わない。
ただ迷信深く、頑なで、あまりにメイの母と違った。
メイの母は、メイの早熟を喜んだ。数の概念や、図表使いや、空間認識の早熟を喜んだ。
メイの好奇心とメイの大量の質問を喜んだ。
あなたにお父さんを見せたいわ、ものすごくものすごく頭が良かったのよ、と。
村八分に会いながらなんとか生活してこられたのは、メイの母に特殊技能があったから
トカゲを捕るのがうまかった。食用のものも、薬用のものも。
トカゲが好む匂いの植物をいくつも知っていて、トカゲが学習する前にコロコロ変える。メイの父親に教わったと言っていた。
その頃は、内戦が今ほどは泥沼でなく、珍しく小康状態だったそうだ。ボロボロだった村に、外国から井戸をほってくれるというボランティアが数人やってきて、メイの父親はその中のひとりだったらしい。井戸から水が出ると帰っていった。
三歳のメイには分からなかったが、今になって思えば相手方の男性からはただの売買春だったのではないかと思う。だが、母から見ればちがった。一度きりの大恋愛で、相手は神の知識を持つ尊い人間で、メイと生活できる特殊技能をくれた恩人で。
女の不貞は悪魔がついてる証、殺して浄化をという土地柄で、メイを宿した母がかろうじて殺されなかったのは、井戸から水が出たおかげだったろう。
感謝というよりは恐怖。井戸の水はいつ枯れるかわからない。悪魔だろうが神だろうが、縁起にさわることはやめておこうというわけだ。
メイの記憶の中の母は、幸せそうで誇らしげだ。ひょっとすると憧れで書き換えられているかもしれないが。
ただ、メイが暗くて狭い場所にいる時だけは別だった。息苦しさと、砂に塗り込められた母の顔がフラッシュバックして、動けなくなる。
メイを引き取った親戚は、メイを従順に矯正することに全精力を注いだ。
それがメイが生きていく唯一の道だと信じていたのだろう、メイの目つきが変わらないことに苛立つ前は、矯正は善意だった。
それがわかるメイは、特に逆らわなかった。だが、好奇心を自分で満たそうとすることもやめなかった。
生意気な目だと何度も言われるようになった。
殴られても表情を変えないメイが、狭い場所に閉じ込められると憔悴することに気づくまで、鈍目の親戚といえど大した時間はかからなかった。
閉暗所恐怖症、という言葉を知るまでは、メイ自身にも、狭い場所で呼吸ができなくなり、嘔吐し、体が硬直する理由がわからなかった。どんなに馬鹿なことをと思っても、神がお前を罰しているという親戚の言葉以外に理由は見つからなかった。良く閉じ込められるようになり、症状は悪化していった。
7歳になったばかりの朝、どうも家人の様子が違うと警戒していると、昼頃に数人の一族の女性に押さえつけられそうになった。
FGMだ。女性器切除。
母が嫌悪していたし、突然何週間も姿を消す女の子が気になって探したことがあるのですぐわかる。薄暗い部屋で、何人もの女が子供を押さえつけ、ナイフで足のあいだを血まみれにする。そのあと足が開かないように布で巻かれ、その子は何日も泣き、最悪帰ってこない。
反射的に逃げた。
彼女らの足はメイよりも遅いが、一人で助かれはしないことも分かっている。
母は姉に助けられたといった。メイには頼れる姉妹も母親もいない。
それでも逃げて、逃げて。
切られるのが怖いのか、母と違った体になるのが怖いのか、罰で閉じ込められるのが怖いのか、もう分からなかった。
夕方になると、塀の前に出た。
メスキートに登り、壁に飛び移ろうとしたら、すごい衝撃が来て、落ちた。
しばらく意識がなかった。気がつくと、メイは柔らかい手触りの服を着た女の人に抱かれていて、少し離れたところで親族の女性達が不自然に卑屈な顔をしていた。
柔らかい服の女の人は、優と名乗った。
壁の電流がメイを傷つけたことを詫び、親族に金を渡して、特殊な怪我だからと自分に治療をさせてくれるように頼んだ。親族は不思議なほどあっさりと引き下がった。
メイの怪我ははじめからないに等しかった。それでも優は親族が見えなくなるまでメイを腕の中から出さなかったし、何日たってもメイに帰れとは言わなかった。
優の屋敷は不思議に溢れ、メイはじっとしていられなかった。
優はメイを気に入ってくれた。驚く程に。
母のようにメイの好奇心と頭脳の早熟を喜び、抱きしめ、そして、閉暗所恐怖症という言葉を教えてくれた。
一週間ほどして親族が訪ねてきた。
優は、「賢い子なので、ここで働かせてくれる気はないか」と尋ね、相手が拒絶する前に「給金は保護者に払う」と畳み掛けた。
それから、メイに「一週間分の給料」を渡し、「もう少し遊んで行きたければ自分で説得しておいで」とウィンクした。
「給料」は、現金で、しかも外貨だった。
メイは、7歳にして交渉で有利立つ、という状況を初めて体験した。
優は屋敷にいないことがおおかったが、いつでも屋敷に出入りできるようにしてくれて、パソコンというものを教えてくれて、ほぼリアルタイムに手紙のやり取りができるようになった。
優は毎日のようにメイの反応に驚いて、そして喜んだ。
次に屋敷長期間に帰ってきたとき、優は、語学学校という名目で、何人かの女の子を中に入れた。
でも、語学の勉強は、各自好きな語学を朝の暇な時間にやる位。日本語と中国語と英語とヒンドゥー語、この地域の男性語。それ以外は何百冊もの本が入ったパソコンで各自好きなものを独学。
午前中は、グループに分かれて普通にお勉強。私とサシャは、大抵、数学とか経済とか科学とか。その後は、お昼ご飯を食べて、2時間遊んだり昼寝したりする。
そのあとはみんなでぺちゃくちゃお喋りしながら「稼ぐ」。
綺麗なガラスをなるべく欠けないように刷毛で掘り出すのだ。隕石の衝突でできたと教わった。確かにガラスが驚いたような形をしている。優はそのガラスがセリにかけられるところを見せてくれたり、高額で売れた時にパーティを開いてくれたりして、あなたたちが稼いでいるんだよと言ってくれた。
成績の良い子は、優の実験データを撮るのを手伝うこともあり、皆優が大好きだったので、競ってたくさん勉強した。
だが、何年か経ってから気づいた。
他言無用ねとウィンクをされるのがメイとサシャだけだということに。「手伝い」の内容が、メイとサシャだけ特別であることに。
家の近い子は暗くなる前に帰るが、メイと数人の家が遠い子は屋敷に泊まっても良いことになっていた。それでも全員、週末になると、給金を持って保護者のもとに帰る。
三年ほど前から、優はこの屋敷に外国の客を連れてくることが多くなった。金持ちで、この地域の商人や優との良好な関係を築きたがっている企業の人間だ。優は、彼らを「雇い主」として見定めてみろといった。そして、大変だけど選びなさい、と。
十二歳くらいまでは、「稼ぐ」女の子は家族にとってものすごい重宝だ。だがそれより上の年齢になると、適齢期に入って頭痛の種に変わる。優はFGMを嫌った。この学校にいられる条件がFGMをされていないことだということは、少なくとも保護者には公然と知れ渡っていて、外貨への欲求がFGMを抑えていた。
多くの女の子が出ていき、入ってきた。出て行くときは子供ではない。許されるのは、嫁ぐか、外国に出稼ぎに行くか、だ。優はとてもゆっくり説明してくれた。嫁いでいった子も多いが、何人もの子が意を決して外資企業に雇われ、国外にもでた。外資に雇われた子達とは今でも頻繁に連絡を取り合っている。
嫁ぎ先が決まり、村に帰っていく子の体が切り刻まれない自由や、やとわれて外国に行く自由を、優は「退職金」という制度で守った。
自分で稼いだお金で、自分の自由を買えるようになってくれるといいなぁ、と優は言った。
一年半程前、サーファ・カウルが行方不明になった。
優の夫で、優ほど迫力はなかったし、関わりも少なかったけれど、気のいいおじさん。少なくとも当時はそう思っていた。
優が必死で探す中、あざ笑うように切り取られた耳が送りつけられてくる。
その耳は、優と同じピアスをしていた。
同時に直接攻撃がひどくなり、優は自分が戦っている相手を二人に教えた。
一緒に来てくれるか、忘れてくれるか選んで欲しいといった。
メイは当然のように優を選んだ。サシャはメイに対抗心を燃やすように優を選んだ。
優は二人を抱きしめて礼をいった。
それから、数日かけて、複雑な化学式や実験の方法をゆっくりと何度も繰り返して教えられた。希土類加工の特殊なノウハウだった。それを覚えると、パスポートというものと宝石をくれ、村の人間には見せずに隠させた。
自分たちが、このノウハウをしっているとバレたり、命の危険が迫ったらこの国から出なさい、あなたたちは外でも生きていける。これはそのための道具だからといって。
学校は徐々に縮小して、メイとサシャに費やす時間のカモフラージュになった。
優は常々、自分に何かあったら計画を閉じるように、ほとぼりが覚めるまでは無力を装うように言い聞かせていた。
だが、そんな心配が杞憂に思えるほど、本気を出した優の交渉事は、連戦連勝だった。
明るい話題が増えていく。
優の子供達を呼ぶ準備まで順調だった。
だが8カ月程前、優は魔が差したように無防備におびき出され、その場で軍とゲリラの衝突を装った戦闘員に両側から攻撃された。
たったひとりに、おしげもなく戦車や爆薬が投入されるのを見て、メイたちは敵が外国資本と組んでいることを確信する。
優はメイとサシャをかばうように目立つ逃走劇を演じ、捉えられ、消された。
メイとサシャは諦めきれなかった。
なぜ、優はおびき出された?
優の端末から、すぐに理由は知れた。
サーファ・カウル。死んだはずの夫からの「生体認証」。
それが、呼び出しに応じた理由だ。
双子の弟サーファ・デジュとそっくりな顔だが、優は間違えたことがない。
ちょっとした隠し事でもよくばれていた。
意に反して協力させられたなら気づかないはずがない。
夫の裏切り?
間髪いれずに現れた桁外れの戦力と、サーファ・カウルの企業の本拠地で優が殺されたことも、それを裏付けているように思えた。
百歩譲って『敵』が優を殺したなら優の指示を守ったかもしれない。
だが、これは違う。
もし、あなたが裏切ったのなら、許さない。サーファ・カウル。
閉鎖された学校から追い出される無力な女の役に徹することができたのは、自分達に監視がついていることを知っていたから。敵の監視は、敵を引っ掛ける道具だ。
何人かの女の子が、いきなり連れ去られ尋問にあった。
メイは機会を伺い、敵を釣った。
釣れたのが、サーファ・デジュだ。カウルの双子の弟。
ホゴラシュ内では比較的大きなカルテルを仕切っているが、カウルに比べて外国にコネがつくれず、兄に頭が上がらなかった。デジュの先にカウルがいる?それともデジュだけ?
そしてメイたちは今も『裏切り者』を待つ。
たとえ優の子供を餌にしていると言われても。
本当に羨ましいくらいに似ている。優さんに。メイに深い命をくれた人に。
メイの母は、結婚していない。
そして夫でない男の子供としてメイを生んだ。それだけで私刑の対象になり得る地域だった。内戦で見捨てられ、封じ込められた地域。
乾いたがれきの街にはメイを狩って一時のカタルシス願望を満たそうとするタキュ人の同胞。同じく乾いた山地には内戦相手のキュニ人。
メイの母は、メイが三歳をすぎ、同胞からの攻撃に気づく頃、メイを抱いてこの土地を出ていこうと試みた。追い詰められた場所から逆算すると、母は随分と頑張ったのだろうとメイは思う。国境の近くの山地で、キュニ人の勢力が強めの場所だった。
矢を射られ、山肌の小さな亀裂に追い込まれ、母はメイを抱いたまま生き埋めにされた。
メイが生き延びたのは、奇跡だったと思う。
母は自分に刺さった矢を力ずくで引き抜いて空気孔を開けた。だが、空気孔が空いた時には、母の目も口も鼻も砂でふさがっていた。
母が動かなくなってどれぐらい時間が経ったかわからない。何度も意識が遠のいて、気づくとキュニ人に引きずり出されていた。
山肌の亀裂はキュニ人の祠だったらしい。
彼らは、神の場を荒らされて烈火の如く怒ってはいたが、祠から生きて出てきたメイを殺すことは神の意思に逆らうと考えたようだった。夜のうちに、近くのタキュ人の村にメイを投げ込んで去った。
新しいタキュの村でのしばらくは平和だった。同胞に狩りの対象にされるよりはの話だが。メイは3歳で既に、どう立ち回れば生き延びられるかを考えるに十分なほど賢かったし、母から習ったトカゲ狩りの小技は重宝された。
だが、目立つほど賢くてはいけなかったのだ。ほどなくメイの生存は元の村に知れ、つれ戻される。
メイたちの家は壊され、使えるものは全て奪われていた。
母がメイにくれた腕輪と指輪を引っペがしながら、遠い親戚という人々が恩着せがましくメイに寝床を与えた。当初の彼らがメイに特別残忍であったとまでは思わない。
ただ迷信深く、頑なで、あまりにメイの母と違った。
メイの母は、メイの早熟を喜んだ。数の概念や、図表使いや、空間認識の早熟を喜んだ。
メイの好奇心とメイの大量の質問を喜んだ。
あなたにお父さんを見せたいわ、ものすごくものすごく頭が良かったのよ、と。
村八分に会いながらなんとか生活してこられたのは、メイの母に特殊技能があったから
トカゲを捕るのがうまかった。食用のものも、薬用のものも。
トカゲが好む匂いの植物をいくつも知っていて、トカゲが学習する前にコロコロ変える。メイの父親に教わったと言っていた。
その頃は、内戦が今ほどは泥沼でなく、珍しく小康状態だったそうだ。ボロボロだった村に、外国から井戸をほってくれるというボランティアが数人やってきて、メイの父親はその中のひとりだったらしい。井戸から水が出ると帰っていった。
三歳のメイには分からなかったが、今になって思えば相手方の男性からはただの売買春だったのではないかと思う。だが、母から見ればちがった。一度きりの大恋愛で、相手は神の知識を持つ尊い人間で、メイと生活できる特殊技能をくれた恩人で。
女の不貞は悪魔がついてる証、殺して浄化をという土地柄で、メイを宿した母がかろうじて殺されなかったのは、井戸から水が出たおかげだったろう。
感謝というよりは恐怖。井戸の水はいつ枯れるかわからない。悪魔だろうが神だろうが、縁起にさわることはやめておこうというわけだ。
メイの記憶の中の母は、幸せそうで誇らしげだ。ひょっとすると憧れで書き換えられているかもしれないが。
ただ、メイが暗くて狭い場所にいる時だけは別だった。息苦しさと、砂に塗り込められた母の顔がフラッシュバックして、動けなくなる。
メイを引き取った親戚は、メイを従順に矯正することに全精力を注いだ。
それがメイが生きていく唯一の道だと信じていたのだろう、メイの目つきが変わらないことに苛立つ前は、矯正は善意だった。
それがわかるメイは、特に逆らわなかった。だが、好奇心を自分で満たそうとすることもやめなかった。
生意気な目だと何度も言われるようになった。
殴られても表情を変えないメイが、狭い場所に閉じ込められると憔悴することに気づくまで、鈍目の親戚といえど大した時間はかからなかった。
閉暗所恐怖症、という言葉を知るまでは、メイ自身にも、狭い場所で呼吸ができなくなり、嘔吐し、体が硬直する理由がわからなかった。どんなに馬鹿なことをと思っても、神がお前を罰しているという親戚の言葉以外に理由は見つからなかった。良く閉じ込められるようになり、症状は悪化していった。
7歳になったばかりの朝、どうも家人の様子が違うと警戒していると、昼頃に数人の一族の女性に押さえつけられそうになった。
FGMだ。女性器切除。
母が嫌悪していたし、突然何週間も姿を消す女の子が気になって探したことがあるのですぐわかる。薄暗い部屋で、何人もの女が子供を押さえつけ、ナイフで足のあいだを血まみれにする。そのあと足が開かないように布で巻かれ、その子は何日も泣き、最悪帰ってこない。
反射的に逃げた。
彼女らの足はメイよりも遅いが、一人で助かれはしないことも分かっている。
母は姉に助けられたといった。メイには頼れる姉妹も母親もいない。
それでも逃げて、逃げて。
切られるのが怖いのか、母と違った体になるのが怖いのか、罰で閉じ込められるのが怖いのか、もう分からなかった。
夕方になると、塀の前に出た。
メスキートに登り、壁に飛び移ろうとしたら、すごい衝撃が来て、落ちた。
しばらく意識がなかった。気がつくと、メイは柔らかい手触りの服を着た女の人に抱かれていて、少し離れたところで親族の女性達が不自然に卑屈な顔をしていた。
柔らかい服の女の人は、優と名乗った。
壁の電流がメイを傷つけたことを詫び、親族に金を渡して、特殊な怪我だからと自分に治療をさせてくれるように頼んだ。親族は不思議なほどあっさりと引き下がった。
メイの怪我ははじめからないに等しかった。それでも優は親族が見えなくなるまでメイを腕の中から出さなかったし、何日たってもメイに帰れとは言わなかった。
優の屋敷は不思議に溢れ、メイはじっとしていられなかった。
優はメイを気に入ってくれた。驚く程に。
母のようにメイの好奇心と頭脳の早熟を喜び、抱きしめ、そして、閉暗所恐怖症という言葉を教えてくれた。
一週間ほどして親族が訪ねてきた。
優は、「賢い子なので、ここで働かせてくれる気はないか」と尋ね、相手が拒絶する前に「給金は保護者に払う」と畳み掛けた。
それから、メイに「一週間分の給料」を渡し、「もう少し遊んで行きたければ自分で説得しておいで」とウィンクした。
「給料」は、現金で、しかも外貨だった。
メイは、7歳にして交渉で有利立つ、という状況を初めて体験した。
優は屋敷にいないことがおおかったが、いつでも屋敷に出入りできるようにしてくれて、パソコンというものを教えてくれて、ほぼリアルタイムに手紙のやり取りができるようになった。
優は毎日のようにメイの反応に驚いて、そして喜んだ。
次に屋敷長期間に帰ってきたとき、優は、語学学校という名目で、何人かの女の子を中に入れた。
でも、語学の勉強は、各自好きな語学を朝の暇な時間にやる位。日本語と中国語と英語とヒンドゥー語、この地域の男性語。それ以外は何百冊もの本が入ったパソコンで各自好きなものを独学。
午前中は、グループに分かれて普通にお勉強。私とサシャは、大抵、数学とか経済とか科学とか。その後は、お昼ご飯を食べて、2時間遊んだり昼寝したりする。
そのあとはみんなでぺちゃくちゃお喋りしながら「稼ぐ」。
綺麗なガラスをなるべく欠けないように刷毛で掘り出すのだ。隕石の衝突でできたと教わった。確かにガラスが驚いたような形をしている。優はそのガラスがセリにかけられるところを見せてくれたり、高額で売れた時にパーティを開いてくれたりして、あなたたちが稼いでいるんだよと言ってくれた。
成績の良い子は、優の実験データを撮るのを手伝うこともあり、皆優が大好きだったので、競ってたくさん勉強した。
だが、何年か経ってから気づいた。
他言無用ねとウィンクをされるのがメイとサシャだけだということに。「手伝い」の内容が、メイとサシャだけ特別であることに。
家の近い子は暗くなる前に帰るが、メイと数人の家が遠い子は屋敷に泊まっても良いことになっていた。それでも全員、週末になると、給金を持って保護者のもとに帰る。
三年ほど前から、優はこの屋敷に外国の客を連れてくることが多くなった。金持ちで、この地域の商人や優との良好な関係を築きたがっている企業の人間だ。優は、彼らを「雇い主」として見定めてみろといった。そして、大変だけど選びなさい、と。
十二歳くらいまでは、「稼ぐ」女の子は家族にとってものすごい重宝だ。だがそれより上の年齢になると、適齢期に入って頭痛の種に変わる。優はFGMを嫌った。この学校にいられる条件がFGMをされていないことだということは、少なくとも保護者には公然と知れ渡っていて、外貨への欲求がFGMを抑えていた。
多くの女の子が出ていき、入ってきた。出て行くときは子供ではない。許されるのは、嫁ぐか、外国に出稼ぎに行くか、だ。優はとてもゆっくり説明してくれた。嫁いでいった子も多いが、何人もの子が意を決して外資企業に雇われ、国外にもでた。外資に雇われた子達とは今でも頻繁に連絡を取り合っている。
嫁ぎ先が決まり、村に帰っていく子の体が切り刻まれない自由や、やとわれて外国に行く自由を、優は「退職金」という制度で守った。
自分で稼いだお金で、自分の自由を買えるようになってくれるといいなぁ、と優は言った。
一年半程前、サーファ・カウルが行方不明になった。
優の夫で、優ほど迫力はなかったし、関わりも少なかったけれど、気のいいおじさん。少なくとも当時はそう思っていた。
優が必死で探す中、あざ笑うように切り取られた耳が送りつけられてくる。
その耳は、優と同じピアスをしていた。
同時に直接攻撃がひどくなり、優は自分が戦っている相手を二人に教えた。
一緒に来てくれるか、忘れてくれるか選んで欲しいといった。
メイは当然のように優を選んだ。サシャはメイに対抗心を燃やすように優を選んだ。
優は二人を抱きしめて礼をいった。
それから、数日かけて、複雑な化学式や実験の方法をゆっくりと何度も繰り返して教えられた。希土類加工の特殊なノウハウだった。それを覚えると、パスポートというものと宝石をくれ、村の人間には見せずに隠させた。
自分たちが、このノウハウをしっているとバレたり、命の危険が迫ったらこの国から出なさい、あなたたちは外でも生きていける。これはそのための道具だからといって。
学校は徐々に縮小して、メイとサシャに費やす時間のカモフラージュになった。
優は常々、自分に何かあったら計画を閉じるように、ほとぼりが覚めるまでは無力を装うように言い聞かせていた。
だが、そんな心配が杞憂に思えるほど、本気を出した優の交渉事は、連戦連勝だった。
明るい話題が増えていく。
優の子供達を呼ぶ準備まで順調だった。
だが8カ月程前、優は魔が差したように無防備におびき出され、その場で軍とゲリラの衝突を装った戦闘員に両側から攻撃された。
たったひとりに、おしげもなく戦車や爆薬が投入されるのを見て、メイたちは敵が外国資本と組んでいることを確信する。
優はメイとサシャをかばうように目立つ逃走劇を演じ、捉えられ、消された。
メイとサシャは諦めきれなかった。
なぜ、優はおびき出された?
優の端末から、すぐに理由は知れた。
サーファ・カウル。死んだはずの夫からの「生体認証」。
それが、呼び出しに応じた理由だ。
双子の弟サーファ・デジュとそっくりな顔だが、優は間違えたことがない。
ちょっとした隠し事でもよくばれていた。
意に反して協力させられたなら気づかないはずがない。
夫の裏切り?
間髪いれずに現れた桁外れの戦力と、サーファ・カウルの企業の本拠地で優が殺されたことも、それを裏付けているように思えた。
百歩譲って『敵』が優を殺したなら優の指示を守ったかもしれない。
だが、これは違う。
もし、あなたが裏切ったのなら、許さない。サーファ・カウル。
閉鎖された学校から追い出される無力な女の役に徹することができたのは、自分達に監視がついていることを知っていたから。敵の監視は、敵を引っ掛ける道具だ。
何人かの女の子が、いきなり連れ去られ尋問にあった。
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釣れたのが、サーファ・デジュだ。カウルの双子の弟。
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どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。