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14.襲撃再び
ハッキングされたかも、というますみの危機感にあおられて、さとるはすでに20時間近くもモニタールームのPC前で格闘している。
戻ってきたあかりとも打ち合わせをしなければならないし、頭数の少ないさとる達は、時間勝負だと分が悪い。
救いは日本の家のセキュリティ仕様とほぼ一緒なこと。
この屋敷はもともとサーファのものだから、制御システムの覇権を本人と争ったらかなわないのではないかとメイたちには心配された。
だが、10分触っただけでさとるは確信する。これ作ったの、絶対優だって。
一つ一つ穴を潰していく。
だいたい取り戻したかな。うー、眠い。
確かにカウルの生体認証で入られたら敵認定にはできないけど、ひとりで入ってくるとは思えないし、そこの手当はちょっと寝てからでいいかな。
結論からいうと、残念ながら、寝られなかった。次々と制御システムが修復されていくことは、どうやら先方にもわかっていたようで、強引な第2派が来た。
電力の限界を狙う気か人数は前回の倍近い。
「とりあえず、制圧を試みます。最悪の場合、もう一つ、優さんの仕事場があります。ここより狭いですが、装備は良いですし、あかりさんの腕なら今の燃料だけで飛びきれますから、一旦逃げてください」
メイはばさっと白地図もどきを広げながら、サシャとますみにインターホンをつなぐ。
「サシャ!スモークを炊くから、一番の脱出路から脱出したあと、あかりさん達を連れて、三番の脱出路に入れる?あそこ滑走路がわりにして飛んで。残りの敵は私がダミーの脱出路におびき寄せる。対空砲は確認できないから、高度300まで飛べば・・」
さとるは眉間を抑えて名の話を遮った。
「メイは?」
「車が防弾ガラスですから、ひきつけてダミー通路で戦闘します」
「ふざけんな。脱出路がないからダミーって言うんだろうが」
「なんとかします」
「あのなぁ、まさかと思うけど、俺らが、んじゃあとよろしくって、メイ置いてくと思ってるわけ?」
「詳しく説明する暇がありませんでしたが、私とサシャは、どちらかが生き残らなければならないんです。それも優さんの残した資料とともに。サシャを、お願いします」
さとるが口を開こうとすると、少し苛立ったようにメイは言い募った。
「決して後悔はさせません。私と優さんの心からの希望です」
さとるが剣呑な顔をして口を閉じる。
☆
双発機が飛び立つまでもてばいい。
メイが攻撃前の深呼吸をした時、すぐ後ろのやぐらに登っていただろう敵が、急に悲鳴を上げて落ちた。
銃声がしないから多分電磁矢。
って、サシャ?
ありがたいが、こんなに前線に出て大丈夫か。
メイは、二つばかり自分用に弾倉をとって、飛び道具のザックをサシャの位置に投げた。同時に、その音がばれないように、自分も横に飛ぶ。
銃弾がいくつも周りに散り、破裂音以外聞き取れない。
だが目の端でまた敵が倒れるのが見える。
??
サシャはそれほど戦闘力の面では高くない。
本人もそれはよくわかっていて、練習も防御系のシステム駆動に特化してきた。
敵を倒すほど余裕があるなら脱出路に飛び込むべきなのに。
メイを標的にして包囲網を狭めてきている敵は、ダミー側に集まっているはずだった。
それともまだ、脱出路の周りに敵が残ってしまっているのだろうか。
メイは、イチかバチかダミーの脱出路の前に転がり出た。
銃撃は6箇所からきた。間違いなくほとんど自分に引き付けている。
転がりながら、前方の敵に向かって連射する。反対側の敵は無視だ。あの角度からでは、あたっても致命傷にはならない。
だが、その反対側の敵が潜む空間が、塀ごと爆弾で吹っ飛んだ。
信じられない、あろうことか、メイを援護しているのだ。
一体どうしちゃったのよ!
サシャらしくない行動に頭を悩ます時間は長くは取れなかった。
サシャが脱出するときに炊くはずだったスモークがもくもくとあがり始めたからだ。
まずい。もう一本セットしておいてやらなきゃ、サシャが出るまでスモークが持たない。
引き返そうとすると、険のない男性の声がした。
「引き返すな、ばか」
「!!さとるさん?!」
「おうよ。そっち行くけど、撃つなよっ」
スモークのおかげだろう、駆け込んできたさとるを、銃弾は追いかけてこない。
「端末使える?」
「はぁっ?」
呆然とするメイにさとるはタブレット端末を押し付けた。
「落とすな。割るな。この赤マルが敵、で、攻撃システムの操作盤出すときは、こっち。残念ながら、サーファ・カウルの生体マークだけは今のところ表示できないから注意。とりあえず、スモークの中にいるのは5人だ。俺は対空砲に付いてるやつ倒してくる。どうやってもいいから生き延びとけ。まわり固めた後は自動砲撃使うから、団体さんには手出すなよ」
言いたいことだけ一息に言い切って、説明終わり、とばかりに離れようとするさとるにメイの声がすがりつく。
「ちょ、ちょっと、まって!」
さとるが振り向いた。
「怪我してるのか?」
「いいえ!」
「じゃ、後でな。待ってたら、スモークが切れる」
さとるは、そのまま飛び出していった。
タブレットで動きを確認できるようになると、さとるはメイに、メイはさとるに、お互い同じ感想を抱いた。
優に動きかたが似てる!
合わせやすかった。
赤い点が片っ端から動かなくなって、スモークが薄まり、だんだんと視界が晴れてくるときには。
メイとさとるは、背中あわせで銃を構えていた。
一旦は200メートルも間が空いたのに、ぐるりと回って、ぴったり着地。
敵のほうは、作戦行動を放棄せざる得ないまでに減っていた。
敵の戦意がすでに萎れているのがわかる。
武器を捨てさせた数人に、倒れた敵の中から重症そうなやつを選んで2人づつ括り付けていく。
頑張って、引きづってかえれ。
残りは自白剤でも持ってるふりして、適当に情報聞いてみようかと、考えつつ、両手両足を縛って歩く。
思ったより多いな。10人以上残った。
「なにも、全員ぶっ倒さなくても・・」
荒い息を付きながらさとるが愚痴ると、思った以上の大声でメイが返してきた。
「自分で、西側の団体に手出すなっていったのに!なんで率先して撃つんですか!」
「メイがわざわざ姿晒すからだろっ」
「姿さらさなきゃ囮になんないでしょうが!」
「囮なんかなくてもサシャなら無事だって。ますみと地下だ」
さとるとしては、いつも抑え気味なメイがポンポン返してくるのが、なんか楽しい。
「・・・地下?ここから出てないの?じゃ、さっきの飛行機は?!」
「畑里が飛んだけど、すぐ第三派が来たとき用の電力量アップとかの物資の調達に行っただけだから、すぐもどる。あー、緊張した。実戦初めてなんだぞ、ちょっとは俺もいたわれ」
「はじ、めて?!危ないでしょう!何考えてんですか!」
「実戦なんかしないんだよ、普通は!せいぜいが格闘技の試合レベルで、あとは、ゲームやシュミーションの遊びだよ!優が勝負挑んできた戦闘ゲームのフィールド、ここだったみたいで助かった」
「なんつー行き当たりばったり・・」
いや、この年で実践慣れしてる方がおかしいとおもうのだが。
「うるせーよ、メイだってタブレット操作危なかったろが」
「私はいいんです!」
「なんで?」
死んでもよかったから。
「・・・。つ、痛覚が鈍いから」
答えに詰まったあげく、アウトな答えを返したメイをさとるがじろっと見る。
「旦那さん命令。次に風呂入ったら肩まで浸かって『死にたくない』って100回唱えて出て来ような?」
「のぼせますよ?!」
「やんなかったら、へそまげて、メイをキスマークまみれにするかも」
ふぎゃぁ。
一緒に見える敵をすべてぶったおして、肩を並べて歩いて、緊張が切れて、なんか笑えてしまって。
だから、忘れていた。
カウルの生体マークは赤丸が出ないこと。
戻ってきたあかりとも打ち合わせをしなければならないし、頭数の少ないさとる達は、時間勝負だと分が悪い。
救いは日本の家のセキュリティ仕様とほぼ一緒なこと。
この屋敷はもともとサーファのものだから、制御システムの覇権を本人と争ったらかなわないのではないかとメイたちには心配された。
だが、10分触っただけでさとるは確信する。これ作ったの、絶対優だって。
一つ一つ穴を潰していく。
だいたい取り戻したかな。うー、眠い。
確かにカウルの生体認証で入られたら敵認定にはできないけど、ひとりで入ってくるとは思えないし、そこの手当はちょっと寝てからでいいかな。
結論からいうと、残念ながら、寝られなかった。次々と制御システムが修復されていくことは、どうやら先方にもわかっていたようで、強引な第2派が来た。
電力の限界を狙う気か人数は前回の倍近い。
「とりあえず、制圧を試みます。最悪の場合、もう一つ、優さんの仕事場があります。ここより狭いですが、装備は良いですし、あかりさんの腕なら今の燃料だけで飛びきれますから、一旦逃げてください」
メイはばさっと白地図もどきを広げながら、サシャとますみにインターホンをつなぐ。
「サシャ!スモークを炊くから、一番の脱出路から脱出したあと、あかりさん達を連れて、三番の脱出路に入れる?あそこ滑走路がわりにして飛んで。残りの敵は私がダミーの脱出路におびき寄せる。対空砲は確認できないから、高度300まで飛べば・・」
さとるは眉間を抑えて名の話を遮った。
「メイは?」
「車が防弾ガラスですから、ひきつけてダミー通路で戦闘します」
「ふざけんな。脱出路がないからダミーって言うんだろうが」
「なんとかします」
「あのなぁ、まさかと思うけど、俺らが、んじゃあとよろしくって、メイ置いてくと思ってるわけ?」
「詳しく説明する暇がありませんでしたが、私とサシャは、どちらかが生き残らなければならないんです。それも優さんの残した資料とともに。サシャを、お願いします」
さとるが口を開こうとすると、少し苛立ったようにメイは言い募った。
「決して後悔はさせません。私と優さんの心からの希望です」
さとるが剣呑な顔をして口を閉じる。
☆
双発機が飛び立つまでもてばいい。
メイが攻撃前の深呼吸をした時、すぐ後ろのやぐらに登っていただろう敵が、急に悲鳴を上げて落ちた。
銃声がしないから多分電磁矢。
って、サシャ?
ありがたいが、こんなに前線に出て大丈夫か。
メイは、二つばかり自分用に弾倉をとって、飛び道具のザックをサシャの位置に投げた。同時に、その音がばれないように、自分も横に飛ぶ。
銃弾がいくつも周りに散り、破裂音以外聞き取れない。
だが目の端でまた敵が倒れるのが見える。
??
サシャはそれほど戦闘力の面では高くない。
本人もそれはよくわかっていて、練習も防御系のシステム駆動に特化してきた。
敵を倒すほど余裕があるなら脱出路に飛び込むべきなのに。
メイを標的にして包囲網を狭めてきている敵は、ダミー側に集まっているはずだった。
それともまだ、脱出路の周りに敵が残ってしまっているのだろうか。
メイは、イチかバチかダミーの脱出路の前に転がり出た。
銃撃は6箇所からきた。間違いなくほとんど自分に引き付けている。
転がりながら、前方の敵に向かって連射する。反対側の敵は無視だ。あの角度からでは、あたっても致命傷にはならない。
だが、その反対側の敵が潜む空間が、塀ごと爆弾で吹っ飛んだ。
信じられない、あろうことか、メイを援護しているのだ。
一体どうしちゃったのよ!
サシャらしくない行動に頭を悩ます時間は長くは取れなかった。
サシャが脱出するときに炊くはずだったスモークがもくもくとあがり始めたからだ。
まずい。もう一本セットしておいてやらなきゃ、サシャが出るまでスモークが持たない。
引き返そうとすると、険のない男性の声がした。
「引き返すな、ばか」
「!!さとるさん?!」
「おうよ。そっち行くけど、撃つなよっ」
スモークのおかげだろう、駆け込んできたさとるを、銃弾は追いかけてこない。
「端末使える?」
「はぁっ?」
呆然とするメイにさとるはタブレット端末を押し付けた。
「落とすな。割るな。この赤マルが敵、で、攻撃システムの操作盤出すときは、こっち。残念ながら、サーファ・カウルの生体マークだけは今のところ表示できないから注意。とりあえず、スモークの中にいるのは5人だ。俺は対空砲に付いてるやつ倒してくる。どうやってもいいから生き延びとけ。まわり固めた後は自動砲撃使うから、団体さんには手出すなよ」
言いたいことだけ一息に言い切って、説明終わり、とばかりに離れようとするさとるにメイの声がすがりつく。
「ちょ、ちょっと、まって!」
さとるが振り向いた。
「怪我してるのか?」
「いいえ!」
「じゃ、後でな。待ってたら、スモークが切れる」
さとるは、そのまま飛び出していった。
タブレットで動きを確認できるようになると、さとるはメイに、メイはさとるに、お互い同じ感想を抱いた。
優に動きかたが似てる!
合わせやすかった。
赤い点が片っ端から動かなくなって、スモークが薄まり、だんだんと視界が晴れてくるときには。
メイとさとるは、背中あわせで銃を構えていた。
一旦は200メートルも間が空いたのに、ぐるりと回って、ぴったり着地。
敵のほうは、作戦行動を放棄せざる得ないまでに減っていた。
敵の戦意がすでに萎れているのがわかる。
武器を捨てさせた数人に、倒れた敵の中から重症そうなやつを選んで2人づつ括り付けていく。
頑張って、引きづってかえれ。
残りは自白剤でも持ってるふりして、適当に情報聞いてみようかと、考えつつ、両手両足を縛って歩く。
思ったより多いな。10人以上残った。
「なにも、全員ぶっ倒さなくても・・」
荒い息を付きながらさとるが愚痴ると、思った以上の大声でメイが返してきた。
「自分で、西側の団体に手出すなっていったのに!なんで率先して撃つんですか!」
「メイがわざわざ姿晒すからだろっ」
「姿さらさなきゃ囮になんないでしょうが!」
「囮なんかなくてもサシャなら無事だって。ますみと地下だ」
さとるとしては、いつも抑え気味なメイがポンポン返してくるのが、なんか楽しい。
「・・・地下?ここから出てないの?じゃ、さっきの飛行機は?!」
「畑里が飛んだけど、すぐ第三派が来たとき用の電力量アップとかの物資の調達に行っただけだから、すぐもどる。あー、緊張した。実戦初めてなんだぞ、ちょっとは俺もいたわれ」
「はじ、めて?!危ないでしょう!何考えてんですか!」
「実戦なんかしないんだよ、普通は!せいぜいが格闘技の試合レベルで、あとは、ゲームやシュミーションの遊びだよ!優が勝負挑んできた戦闘ゲームのフィールド、ここだったみたいで助かった」
「なんつー行き当たりばったり・・」
いや、この年で実践慣れしてる方がおかしいとおもうのだが。
「うるせーよ、メイだってタブレット操作危なかったろが」
「私はいいんです!」
「なんで?」
死んでもよかったから。
「・・・。つ、痛覚が鈍いから」
答えに詰まったあげく、アウトな答えを返したメイをさとるがじろっと見る。
「旦那さん命令。次に風呂入ったら肩まで浸かって『死にたくない』って100回唱えて出て来ような?」
「のぼせますよ?!」
「やんなかったら、へそまげて、メイをキスマークまみれにするかも」
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