痛がり

白い靴下の猫

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17.メイの背中が裂けたわけ

「メイの背中の・・・理由、ご存知なんですか」
メイの食事を作りながら、昼に作ったデザートの様子を見に冷凍庫を覗いていたので、サシャの視線を捉えるまでに時間がかかった。
何より、サシャが自分と、あらたな会話を開始しようとすることにびっくりで。
「いいや。あんたは聞いたのか?」
「聞かなくても、知らない人間の方が少ないです。あれは・・」
「いいわ、言わんで。メイは話題にしたくないみたいだから」
さとるが軽く両手を挙げて遮ったが、サシャは止めなかった。
「男に襲われたっ。メイが引き込んだのよ、婚約者の家に入りながらっ!」
さとるは、痛々しそうな顔をして、ため息をついた。
「そりゃ、話題にしたくないわな。で、その襲った奴がさらに変態で、背中割いていったわけか」
さとるは料理の途中にもかかわらず、会話を切り上げるためだけに一旦部屋を出ようかと考えはじめる。
「っ、あなたは幼児?!襲われた意味もわからないの?あの子は汚れたのっ、背中は、公開刑で鞭打ちになった跡よっ」
うん、やっぱり部屋を出るべきだったよな。そう結論するまでの間、さとるの動きは緩慢だった。
振り向こうか振り向くまいか、迷っているかのようなさとるの様子に勇気づけられて、サシャは言葉を続けた。
「鞭打ちのあと、村の外れに放り出された。そのままのたれ死ぬと思われていたのに、優さんの別宅までたどり着いて、優さんの手紙を盗って、それをサーファに売って生き延びたのっ。追い出しなさいよ、メイを追い出してよっ」
さとるが向きを変えただけで、サシャは、自分が失敗したことがわかった。
サシャ達の、この国では当たり前と思われている価値観を、この男は一ミリも共有していない。それどころか、全身で、サシャたちの価値観は、外の者の共感を得られはしないと主張していた。
サシャははっきりと意識せざるを得なかった。
以前からうすうす感じずにはいられなかったこと。
気づきそうになるたびに、メイへの嫌悪を募らせたものの正体。

結局のところ、さとるだけでなく、優も、ますみも、自分よりも、メイの味方をするのだ。メイはホゴラシュの価値観を惜しげもなく捨てて、別の価値観を丸ごと受け入れることができてしまうから。心の深いところでメイを受け入れる。
メイの行動の善悪によってではなく、サシャ達の価値観を醜悪視して。

俺『達』の考えは違う。それを、こんなにはっきり態度に出すさとるなど、大嫌いだ。
ますみも最後はきっとメイの味方をしてしまう。
メイはあんなにもますみを見ているのに。

やめて!離れてよ!
サシャは必死だった。メイをホゴラシュの考え方で塗りつぶしてしまいたかったし、さとるに動揺してほしかった。

だが、さとるは、自分の考えを説明すらせず、サシャを『達』のなかに押し込もうともせずに、ちがうことを聞く。

「じゃぁ、あんたはなんでここにいる?あんたも、優の生徒で、メイと同じ目的を持ってると思ってた。違うのか?」
「・・・」
「メイを追い出したら、目的に不利じゃないのか?」
「そんな話、してない・・」
サシャが逃げ出すように出口の方に後ずさり、ドアを開け、固まる。

ドアの外には、自分の右手を胸に抱いたメイがいた。
サシャは、険しい顔でさとるとメイ両方に視線を走らせ、メイを正面から見た。
「どいて。嘘は言ってないわ。このひとは、あなたが男を引き込んでも、自分を売っても、どうも思わないみたいね」
「サシャ、私は、あなたの邪魔はしない」
「嘘ばっかり。ますみさんが好きでしょう。優さんみたいなあの人が。またやるの?婚約者の家に男を引き込んだみたいに」
「罰は、受けたわ。二度はない」
「母親似よね。『一番を見つけた、二度はない』だっけ?」
言い捨てて、サシャは足早に去った。
メイは自分も戻ろうか迷ったようだった。
さとるが、深刻とは程遠い声をかける。
「いや、もう、ほんっと仲悪いな、あんたら。で、歩いて大じょぶか?メシ、部屋まで運ぼうと思ってたんだけど」
さとるは何事もなかったかのように笑いかける。メイは戻る理由を失って、台所に脚を踏み入れた。
「たいしたケガじゃ、ないですよ。ちょっと、薬が苦いから、甘いものが欲しくて・・」
「ん、ちょうどシャーベット作ってある。喰う?」
「いえ、あの・・」
ここで食べるということは、さとるとふたりで話すということだ。
飲み物だけとって戻ろうと思っていたメイが一瞬ためらう。
「喰って?別に、無理にしゃべらなくていいから、ほら座って。右手もまだ使わないほうがいいけど、左で喰うの大変だろ。嫌じゃなければ手伝うぞ?」
言われるままに座ったメイの前に、ピンク色の綺麗なシャーベットが盛り付けられていく。
取り皿が一つしかないのをみてメイが左目に手を当てた。
「いただきます。すみません、避けようとしたわけじゃなくて・・嫌でもないです」
さとるは、何も言わずにスプーンを増やして、シャーベットを乗せ、メイに向かって差し出してくる。
ひょっとして、食べさせてくれる気なのだろうか。
動けずにいると、さとるがメイを見たまま口を開けるので、ついつられて開けてみる。
つるん。
すごく上手に舌の上にシャーベットを落とされる。
甘い、けど、気まずい。
「あ、あの、サシャが突っかかってるみたいで、すみません」
メイがしゃべり始めると、さとるはスプーンを置いて座った。
「メイが謝ることじゃない。あと、悪かったな、口にしたくないような話題、別口から聞くとか」
「いえ、周知、なので」
「何か、追加情報インプットしたら、全面的に塗り替えとくぞ」
メイはわらって首を振る。

サシャがさとるに傾倒ぜす、ますみにばかり優を見るのでメイが安心したことは、できれば秘密にしておきたかった。
男性に好かれにくい自覚があるので。
男性なら、メイよりサシャに好かれたいと思うはずで、サシャがさとるを好きだったら、多分、自分は邪魔なので。
心配されたり、手当てされたり。一緒に戦ったり、ありがとうと言われたり。
それから、首に唇があたったり。
この執着を、汚いとか迷惑だとか言われずに、そっと抱えておきたい。考えるだけなら、自由なのだ。
だからだれにも、本人にすら、知られたくなかった。

「さとるさんは、聞きたいことありますか」
「んー」
さとるは、大げさに首をひねり、それから、思ったより真剣な声できいた。
「サシャのあれ、ギブアップ宣言か?」
「え?」
「メイを追い出せってやつ。メイとサシャにとっての今って、作戦遂行中で、どっちかっていうとメイ主導だろ?追い出したら、ポシャなんじゃないの?あと・・」
 言葉を続けようとした悟が、青く、こわばったメイの表情を見て口をつぐむ。
「わりい、やっぱ、いいわ」
「いえ、続けてください。確かにこの状況は、私のせいです」
「いや、そういう意味じゃなくて。やりたいことの途中だろ、ってこと。売ったとか思ってない。ま、囮?かなとは思うけど、売れないから、必死に守ってくれている訳だろ」
「ごめ・・」
「何も悪くない。優に何があったか知りたいから、来た。メイがそれを可能にしてくれたなら感謝だ。ただ、サシャもおんなじ感じかと思ってたのに、メイを追い出せとか、意味がわからなくてさ。さっきの戦闘でまいっちまったのかな、と」
「違います。そんなやわな子じゃないです」
さとるが思うほど、サシャは不安定ではない。優の生徒の中で、群を抜いた頭脳。女に不自由ばかりの文化の中で、同胞に認められたまま、自分の意思で立ち回ることがどれほどむつかしいか。
メイを呼んだのは自分だ。こないかもしれないと思った。
サシャは一族に受け入れられていて、まっとうな求婚者も多かったから。
そのサシャが、自分の意思で、優の復讐に賭け、ここに来たのだ。同胞の中で生きていけるサシャが捨てたものは、メイよりもはるかに多い。
「んじゃ、なんだ?」
「優さんを想起させるますみさんを堪能したいのに、私が彼に邪な思いを持って邪魔しないか不安になったのだと思います」
「なる、ほど。メイのほうは、ますみと、どうにかなりたいの?その、たとえば結婚、とか」
さとるをいつもみているの、自分で気づいているか?
そんな疑問を出し過ぎないように気を付けながら、さとるは、軽めの口調で聞いてみる。
「いいえ」
メイは簡潔に即答し、それからもごもごと、あなたの妻のつもりでいるのですがと口の中でつぶやいた。
あー、自覚ないんだなぁと、さとるは納得する。
「ごめん、聞き方が悪いな。えーと、ますみの身代わりになって死にたい、とかある?」
「・・・・」
メイは、今度はものすごく困った顔でさとるを見た
さとるは、ちょっと痛そうな顔をして、メイの左手を両手で包んだ。
「メイが、優にも、ますみにも、俺にもよくしようとしてくれるのは嬉しい。でも、ちゃんと自分優先でも、生きてような」
それから、柔らかくなったシャーベットをスプーンですくって、メイの口に運んでくれる。喉を滑る甘い塊が、さとるに撫でられているようだとメイは思った。



「うわー、やばい、可愛い、来るなぁ」
頭を抱えてベッドにダイブし、さとるはため息をついた。
普通「襲われた」と「引き込んだ」は両立しないし、どっちにしろ他人にとやかく言われたい話じゃない。それが、公開刑で鞭打ちだぁ?けったくそ悪い。
せめて嫌じゃない男を「引き込んだ」だったらいい。ただ受身で、なすすべもなく何重にも傷つけられたのでなければいい。
他人がかじり聞いただけでそう思うのに、当のメイはふわりと笑うのだ。

さとるは戦闘中でも日常でも、メイが何度もますみに視線を運ぶのを見た。
心配でたまらないとでもいうように、青い顔で百面相しながら、何度もますみの近くに飛んでいくのだ。
あんなに必死でますみを守るのに、好きとも自覚せず、いきなり振り分けられた別の男の『妻』モードに一生懸命で、だからといって、健気というには、あまりの戦闘力と覚悟。

アンバランスで安定していて。そうかぁ、俺って、そういう好みなんだなぁ。あかりも、どこかアンバランスで行動派で、なのに心は重量級に安定していた。
そして、多分二人とも、心のちょっと潜ったとこではますみが好き、かな。
「ちぇーっ、ますみができすぎなのが悪いのかなぁ、でも出来の悪い弟いやだもんなぁ」
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