痛がり

白い靴下の猫

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21.『お幸せに』は、ひとごとですか?

さとるには、メイと一緒に暮らす期間が1月を超えたあたりから、気になり始めたことがある。
部屋も洗面所も洗濯機も一緒に使っているから、特に鋭くなくてもわかってしまう。
メイにいわゆる女性の日が来た形跡がない。
公開刑の理由は、密通だという。
その手のことがあって、女性の日が来なくなった場合、妊娠という単語が浮かぶのは、短絡ではないと思う。医療事情から考えてピルとかが出回ってるとも思えない。

病院に、行ったほうが良くはないだろうか。

ただ、男女間の常識があまりに自分と異なっていて、メイがどう思うか読めない。
女の足に触れたり、女の血が付いただけでもぶーぶー言うお国柄だ。

メイはさとるが触れることを嫌がらないし、メイへの恋愛感情を自覚したさとるが苦しくなるくらい優しい声で、何度も妻だと繰り返す。

正しくさとるの妻をしようとしているのだとおもう。
無意識で目で追って、反射的に守ってしまうますみへの恋情すら意識することができないほどに。
そんな正しさにこだわるメイが、お腹に別の男の子供がいると気づいたら、出て行ってしまう気がする。

一時でも好いた男の子供で、メイがそいつのところへ行くなら、まだ我慢できる。が、状況から考えてその可能性はほとんどない。そもそも密通相手とやらの気配がなさすぎる。

焦りが衝動を暴れさせると、利己的な感情ばかりが比重を増していく。

抱きたいとか、直接的な情動以前に。
既成事実さえあれば、メイの決断に参加できるようになるだろうかと、そんなことばかり考える。

嫌がられてはいない。
メイがさとるに持っているのは、どちらかと言えば好意によった感情だと思う。
それから、さとるが夫であることを大事にもしている。
・・・だから、たとえ手を出しても、ひどく傷つけたりはしないですむ。

抱いてしまえばいいのだろうか、なんて。

そんなことばかり考えておきながら、メイの意志を確かめるだけのつもりだった、というのは、言い訳だろうか。
相手が誘ったとわめき散らすどこぞの酔っ払いのような言いがかりに過ぎないだろうか。

メイがさとるに、あまりに無警戒だから。
メイがますみを見る様子が、あまりに真剣だから。

どこで止まらなければいけないのかを見失ってしまって。

ちょっとだけ、と、ご褒美をねだるようにさとるの心音を聞きに来たメイの手を引っ張って、一緒にベッドに転がる。
「俺のことは、嫌じゃない、で、あってる?」
「はい、あってます」
さとるが、メイの服を肩から落とした。
「・・・こういうことに、トラウマも、ない」
「ありません」
メイはさとるをみないけれど、体を引くこともなくて。
「俺が、メイのことを好きで、すごく触れたい場合、どうしたらいい?何か約束する?」
メイが首を横に振る。
「さとるさんは、夫です」
メイは、何を聞かれているのかよくわからないというようにただの事実をこたえる。
心情を聞かれたと思っていないのだ。
日本では、触れられる女性は、なにか約束する慣習があるのかな、とか、文化史の本でもめくるような距離感で。

さとるが、ごくそうっとメイの頬に触れる。
「嫌だったら、言って」
「全く嫌ではありません。私の方は、ですけど」
後ろの方は、ほとんど聞き取れない音量だった。
「・・ごめんな。一度だけでもいい、我慢して」
さとるはメイに覆いかぶさった。

たくさんのキスが、降り注ぐ。優しい人、優しい行為。
なぜか目がじわじわするから、視線をそらすと、少しだけ歯をたてられた。
口をついて、かすれ声のごめんなさいがこぼれ出る。
この人は、もどかしくてたまらないとでも言うようにメイを揺すりたてて、何度も名前を呼んでくれる。
メイの身体がぎこちない動きで何度もさとるにすがりつくと、彼は、メイの頭が真っ白になる位いっぱい抱きしめてくれた。
それから、そっと横にならせて、頭もなでてくれた。

そういえば自分は、母や優に頭を撫でられるのが大好きだった。
メイはそれを思い出せたのがとても嬉しかった。

息が落ち着いてから、メイは恐る恐るさとるの方に手を伸ばそうとした。
そして、見えてしまう。さとるの手が、強く握り締められてるのを。
それだけで、メイは、さとるに触れることができなくなって、言葉までうつむく。
「私のこと、気に入らない、ですよね」
あまり、状況にふさわしい声掛けには思えなかったけれども、なんとかして、さとるの握り締められた手を解きたかった。
あの手から力が抜けたら、自分の手を滑り込ませても許されるだろうか、と。

さとるは数秒も固まったあと、さらに苦しそうな顔になって聞き返した。
「気に入りすぎてどうしたらいいかわからないよ。なんでそんなことを言うの?」
どうやら余計な失敗を塗り重ねたらしいと、メイの声が小さくなる。
「ごめん、なさい。苛立っているように見えて。私に優しくしてくれるのが、苦痛じゃないと良いのですが」
さとるの腕の中に引き寄せられて、メイの心臓は折りたたまれるように痛んだ。
「・・どう思われても、逃がせないかもしれないけど、嫌だったなら、そう言って?」
嫌なことなど何もない。
この人が大切だ。
自分がそばにいることが許せないほどに。
「あなたのことが、世界で一番大切です。幸せに、なってくださいね」
「言ってることが、めちゃくちゃだ、メイ。好きなのは俺で、俺がメイに縋ってて、なんでひとごとだ?」
メイはぼんやりとかんがえる。そうか、『お幸せに』は、ひとごとか。
では何を話せばよいのだろう。自分が今、幸せだということ?
「嫌なことなんて何もないです。ええと、頭、撫でてもらえて、すごく、嬉しかった。記憶があるんです。母に1回と、優さんに2回、頭を撫でてもらいました」
あまり、笑顔が得意でない自覚はあったけど、メイはわらってみた。
さとるは、もう一度メイの頭をなでて、そのあと、手のひらで自分の目を覆ってしまった。
「・・・ごめん。メイの夫もますみだったら良かったな。そしたら、お前、もっと幸せな気分になれた」

私生児扱いで苦労しておきながら、重ならない未来を当然だと思って抱かれるなよ。
暴虐に囲まれて抜け出しようのない幼少期の、数回数分のなぐさめを思いだして笑って見せるな。

待つべき、だった。
躰を重ねたいとまでいかなくても、せめてメイが自分から手を伸ばしたくなるまで。
欲望とまでいかなくても、せめてメイに欲求が芽生えるまで。

「嫌じゃない」は、同意になるときも、ならないときもある。
同意とは違うとわかっていながら、ごまかせるときもある。

メイは不満そうな顔をするでもなく、頭をなでられたのが嬉しかったと笑う。

傷ついたと言われた方がマシだったかもしれない。
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