痛がり

白い靴下の猫

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22.ああ、馬にけられたくない

あかりから見ると、さとるとメイは問題なく両思いだ。
閉鎖環境でライバルすらおらず、2人ともまともで、難易度ミニマム。同人誌のネタにすらならん。
そう、思っていたから。
メイが思いつめた顔で食事に来て、さとるの姿がみえなくても、腰を上げるまでに時間がかかった。
ああ、馬にけられたくない、と。
それでも、ちょっと悲愴さが半端なかったので、声をかける。
「顔色が悪いよ、メイ。どうかした?」
「いえ、我ながらほんと不良品だなと」
「??さとるがなんかやらかした?愚痴ならきくよ?」
メイは力なく笑って首を振る。
「さとるさん、私と寝るのは一回だけだそうです。夫が、ますみさんなら良かったのにって。お世話になったのに、下げ渡しから逃げたいとか、駄目ですね」
下げ渡し・・ってなんだっけ?
それより、何をやってんだ、あの男は。
「ちょっと、ひとりになって頭冷やしてきます。これじゃ、愚痴じゃなくて、犯行予告になっちゃう」
あかりが言葉をつなぐ前に、メイはさとるから借りたままになっているミリタリージャケットを羽織って出て行った。
??
ほっとかないほうが良いのだろうか。
とりあえずさとるの様子でも見てくるか。



さとるが凹み過ぎて食事にも顔を出せず、倉庫に引きこもっていると、あかりが偵察に来た。
さとるの顔を見るなり、
「何をやらかした訳?」
と聞く。
さとるが黙っていると、
「殴ってあげるから言いな」
だ、そうだ。
「夫の立場に付け込んで、メイと寝た」
そりゃぁ、まぁ、殴ってもいいが、いきなり殴るのはちょっとメイが浮かばれない気がするなと結論して、あかりは一応聞いてみる。
「嫌がってるのに、とか?」
「嫌かどうかも分からないほど、何も与えられていないのに、かな」
なるほど。
「待てなかった訳だ」
「うん。軽蔑の目、とか、ますみの名前呼ばれるかも、とかは、いろいろ覚悟してたけど、な。頭撫でられて嬉しかったって言われた」
あー、うー。さとるの場合、それはちょっと痛いかもしれない。
さとるの行動原理は、極端な同意重視だ。安全に処女を捨てたい女達が突撃する程には徹底していたし、メンタル的なパレート効率からもめったに外れない。
だから、まぁ、らしくないと言えばらしくない。
「珍しいね。なんで?」
「理由が、最低すぎて言いたくない」
「だからって、あんたの今の行動じゃメイの立場がないでしょうが。結構思いつめた顔して『ちょっと、ひとりになってきます』とか言って出かけちゃったよ。あんたじゃなくてメイのフォローに必要だから言いな」
さとるが、長く息を吐きだす。
「・・・夏休み、終わったよな」
「とっくに終わったね」
何をいまさら、と思わなくはないが、一応ちゃんと返事をしておく。
ひと月で帰るはず、等という予定は初日から崩れ去り、特に学校至上主義ではないさとる達三人は、何の迷いもなく自主休学状態に突入している。

「メイと同じ部屋を使って、もう2ヵ月なんだけど、メイに女性の日が来た形跡が、なくて」
「・・・は?」
あかりが思い切り虚を突かれた声をあげる。
「一度やっとけば、俺の子かもって主張、アリかと思った」
「・・・へ?」

ベッドは衝立をはさんで分けているが、風呂もトイレも共同だ。だから、とくに鋭くなくてもわかってしまう。メイに女性の日が来た形跡がない。
メイは。数か月前には、ゆがんだ性癖で有名な男性の妻になる予定で婚家候補に監禁状態だったという。
2カ月前には、結婚相手以外と密通したという理由で公開刑を受けている。

『そういうこと』があったかどうか直接聞いたことはない。

普通に、昔付き合っていた男との話を聞くのも失礼だと思うが、本人の意思に反した行為だったら失礼どころの騒ぎじゃない。メイのケースに至っては、きけるレベルをはるかに逸脱していると思う。

「派手に、やらかした・・・わね」
あかりが、酷く痛々しいものを見る目でさとるを見る。
「自覚は、ある。サイテーすぎた」
「いや、気の毒だけど、あんた多分、自覚、ない」
「・・・?」
「こないだ、生理用品事情調べようと思って、敦子さんに聞いたんだけど、タキュ人って、ひどく初潮年齢が遅い、らしい。15~16じゃ『まだ』かも。はじまってても、最初のほうとか数カ月に一回とかも普通だって」
「・・・え?初潮年齢って普通、小学校の終わり位だろう??」
「日本はね。でも栄養状態とか、心理状態にもよるし、なによりここはFGMが最悪だから」
「メイは、FGMから逃げて優に会ったんだろ?だったら・・」
「個人の問題じゃなくて。代々っていうのかな、ここってFGMのせいで、高確率で赤ちゃんが産道で窒息死するんだって。母体が少しでも大きいほうが産道から出られる確率は高いけど、子供のうちに嫁がされるから、初潮が早ければ孕むのも早い。初潮が遅い遺伝子だけ残らざるを得ないほど、死んだって事」
「遺伝子に淘汰圧がかかるほど酷い風習?!って、いや、そこら辺のカニとかだって雌が脱皮するまでは交尾待てるぞ・・・」
「カニでも見習えと言いたくなるのは分かるけど、今の問題はそこじゃなくて。メイは、その遺伝的に初潮が遅いタキュ人だから、あんたの言う女性の日、多分、『まだ』じゃないかと」
「へ?・・・!!!え、え?う、・・げ」
やっとあかりの話を理解したさとるに、槍が降る。
「しかもあんた、相当メイに理解不能なこと口走ったでしょう。一度だけとか紛らわしいこと言った?ますみ君のとこに行けとかも本当に言ったの?絶対こじれたと思うんだけど。今回に限って言えば、本能に負けましたネタにしといたほうがよっぽど角が立たなかった」

さとるは三秒ほど固まり、メイを探しに倉庫を駆けだして行った。

相当日数がたってから、あかりは、そういえばメイが口走った「下げ渡し」がなにを指すか調べようと思っていたのだっけ、とこの日のことを思いだすことになる。

あかりにはこの時、メイが言っていた、下げ渡しから逃げたくて、の意味が分っていなかったのだ。

だから。すっかりわすれていたな、と軽い気持ちで検索してかたまることになる。
『下げ渡し:世話になった人のお礼や、部下への褒美に、自分の妻や下女を渡すホゴラシュの風習。下げ渡しになると、妻として遇される資格はなくなる。』
・・・げ。
なにそれ。
ホゴラシュ怖い!それ以上に、メイの誤解の内容が怖い!

あの時に、どうやってでも誤解を解いておかなければいけなかったのだ、と。
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