痛がり

白い靴下の猫

文字の大きさ
29 / 77

29.事故にあいたい

メイとあかりが、さとるをベッドに二人がかりでえいやと持ち上げてひと段落つくと、メイはなぜか申し訳なさそうな顔になった。
「あの、救助活動と緊急時以外、さとるさんには触れませんから。」
「??なんで?」
「さとるさんと両思いでいらっしゃるでしょう。お邪魔にならないようにしますし、優さんの計画が軌道に乗ったら、消えますから、しばらくだけご容赦ください」
あかりはこめかみに手を当てた。
「それ、さとるがきいたら泣くだろうなぁ。ええと、この国じゃ信じられないかもしれないけど、うちの国じゃ普通にくっついたり別れたりするのよ。で、さとると私は、とっくの昔に別れました」
メイが下を向く。
「でも、一般的に、さとるさんのことは、忘れにくいとおもいます」
いいよなぁ、こういうセリフ。あかりは感心する。確かにあかりもさとるに恋情を覚えたことはある。だが、時間とともに、風がちらしていった。欲しくてたまらなかったものが、欲しくなくなるその瞬間を、あかりは覚えている。
「私とさとるの関係は、友情に昇華されました。私はメイとさとるがラブラブにうまくいってくれたら嬉しいです。友人として助言していいなら、さとるのことはいっぱい触ってあげてください。以上?」
「?十年位前に、日本語の勉強でテレビを見たら、男女間に友情はないって結論していましたが、デマですか?」
おう、まだ18禁規制が残っていた時代は、そんな議論があった気がする。途上国ぶるとは図々しい。
「デマ、っていうか、友情の定義の問題だからなぁ。えーと、少なくともさとるは男女間に友情あるよ」
彼女はくだらない話をしながら、メイに温かいお茶を入れてくれる。
メイには、あかりがメイの追いつまり具合を慎重に測ろうとしているのがわかる。
視線が合うか、呼吸の速さ、指先の震えなどを確認している気配がする。
心配しないでくださいと、直接言う代わりに、メイはゆっくりと会話を続けた。
「人によるんですか?」
「うん。さとるの場合、お互いに信頼関係があって、家族じゃなければ、全部友情ありだから、男女関係にもつれ込んだ異性とでも、そこら辺の犬猫でも、なんならサボテンとでも友情がありうる。」
「な、なるほど」
さとるらしいと言えばらしいかもしれない。
「ますみ君になると、もうちょっと複雑かな。信頼関係や好感度が釣り合っているどうしで、お互い独占欲がわかない状態・・要は複数人間でも深められるのが友情、って感じ。同性同士のほうが好感度の連動とかしやすいとすると、確率的には男女間の友情のほうが少ないかもな、位。あと、多分人間限定」
「なんとなく、わかってきました。それでいくと、ここら辺のほうが男女の友情なさそうですね」
「まぁ、友情の定義を、信頼関係があるけど、性欲が沸く可能性のある人間は全部のぞくとかにした場合、ベールから女性の耳が見えただけで勃ちます、みたいな抑圧された地域だと、男女間の友情なんて無理よね」
「日本にも、そんな時代あったんですか?」
「数百年前には、普通だったみたいよ。密室に男女がいたらヤッたと思え、顔見られたらやられても文句言えないから女性は顔を隠せ、祭りの夜は真っ暗で顔分からなくして誰とでもヤってOKにしようぜ、みたいな途上国時代」
「そっかぁ」
相槌を打ちながら、ふっと笑顔を見せたメイの手を、あかりがぽんぽんと叩く。
診察は完了かな。
「あの兄弟、しばらくだめだと思うけど、見捨てないでやって。さとるはメイが好きだし、サシャは最後メイを頼った。あと、さとるから伝言ね『サシャのこと、メイを責めるみたいに聞こえたと思う。配慮がなさ過ぎた。本当にごめん。俺たちは、そんなに何でもかんでも他人のせいにしたりしない、誤解だ』って」
この人達は、ほんとうにこまやかだ。
もう、ここまで来るとほとんど優。
メイは知らなかった。こんなにも優の魂を受け継いだ人間がいるなんて。
特に男性のさとるについては。
全く普通の、メイが見慣れている『男』である可能性ばかり考えていた。いや、罪悪感を減らすために、そう望んでいたのだとすら思う。

借りるのが癖になってしまったミリタリージャケットを羽織って外に出る。

サシャ、頑張ったね。
病院のカルテでわかる範囲では、貫通した距離は短く、場所も最悪ではなかった。
大脳皮質に傷がついて、血種もひどい。それでも手術は成功したし、あくまでもデータ上の話ではあるが、日常生活に不自由ない機能は保持できるはず。
運動反射やバイタルサインは正常に近づいてきていて、近日中に意識を取り戻せる可能性は高いときいた。少なくとも生命の危機は脱したと。

サシャを敵の中に一人取り残された状態でサーファ・デジュに切り刻ませたりはしない。
あいつだけは私が始末していく。
そしてできれば、裏切りではなく、説得であったと。そう結論できるようにして見せるから。
安心して目を開けて。

サシャを思いやる前に、今ならまだ、下げ渡しの命令はされていないから、例えば今、何か大きな事故にあって、下げ渡しの対象になれなくなっても罪や裏切りではない、と頭をよぎったのは確かだ。

せっかく事故を望むなら、カタをつけてみようか、と。
どうせ事故を起こすなら、サーファと刺し違える事故がいい。
サシャが意識を取り戻せるかどうかはまだ不明だが、気が付き次第サシャを尋問しようとするあいつらは、サシャが意識を取り戻す前に吹き飛ばしてやる、と。

だから、危険な行動に決心がついたのは、下げ渡しになる前に事故にあいたくなったから、という、あまりに身勝手な理由だったことは認める。
それでも、優ならせっかくのWinWinを恥じるべきじゃないと言うと思う。

本当は、事故になど合わなくても、メイがどうしても下げ渡しが嫌だと縋りついたら、さとるは許してくれそうだとわかっている。

あの人のやさしさに付け込んで、お願いしてみれば良かったろうか。
下げ渡しは嫌です、とか?
防御銃を撃てと言われたのも逆らったのに?
あは。ちょっと、無理、かも。
めったに触らない貴重品入れから、金色のアンクレット取り出してはめる。

まったく知らない人に下げ渡されて、二度とさとるの目に触れないなら、まだ我慢できたかもしれない。
でも、さとるに見られながら、ますみのものになるのは、耐えられる気がしなかった。きっと自分は壊れる。

縋るのが嫌な訳でも、あきれられたり失望されるのが嫌な訳でも、ない。
下げ渡しに堪えられないと、壊れる程に執着していると、あの人に知られたくない。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

月弥総合病院

僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 番外編更新中です!

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。