痛がり

白い靴下の猫

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39.父親に薬を盛る程度には

捜査機関の検視の結果、首に刺さったペンは大した出血を伴っておらず、デジュの死因は心臓麻痺、ということになったので、薬で錯乱気味になったメイの身柄は捜査機関ではなく、ゼルダに送り返されてきた。メイを受け取ったのは、当然シューバの父だった。

シューバは、自分が、打たれているメイを見たくないのは、メイの悲鳴が癇に障るからだと思っていた。

あの、何も求めない、引き攣れた筋肉が絞り出す悲鳴とうめき声が、自分に縋る気のない実験動物のような目が、不快なのだと。

だが、たいして時間をかけることなく、父はメイに感情の入った悲痛な悲鳴をあげさせる方法を見つけた。合成麻薬を使った精神操作と物理的な暴力との合わせ技らしい。

泣き叫ぶような悲鳴と、苦悶でねじれたようなうめき声を聞くようになって、はじめて気づく。あの何も求めない悲鳴が癇に障ったのではなくて、メイの悲鳴自体を聞きたくなかったこと。悲痛な悲鳴のほうが聞くに堪えないこと。

シューバの家の力関係は何十年も固定している。自分に父を止める力はない。
シューバには、同じ趣味で楽しめると信じている父の誘いを断ることすらままならなかった。

だから、と、つなげられるほど理由になっている自信はないが、父が、手に入れた玩具に使おうとゆがんだ情熱で集めた合成麻薬から、なるべく無味無臭なものを抜いて、父の食事に混ぜはじめた。
はじめて混ぜた時は、父はふらふらと自室まで歩いて、すぐに寝てしまったので味を占めた。
だが、4~5日続けるとろれつが回らなくなり、1週間目で医者が呼ばれることになった。
なるべくなら調べられたくないので、医者が来ることになった日から薬を混ぜることをやめた。
そうしたら父はあっさりと心臓マヒを起こした。
急に摂取をやめたせいだと思うが確信はない。

まぁ、推定加害者としても息子としても、父の死に対して思うところがないではないが、メイを病院に運び出せたので良しとする。どう見ても、いや、見るまでもなく、メイは限界だった。

まともに警察機関が動いていないように見えるホゴラシュでも、金持ちの家で不審死が出れば捜査機関の手ははいる。父は、シューバに合成麻薬の保管庫を自由に触らせていた。
もちろんシューバのほうは手袋常備で薬の瓶に指紋を残したりはしていないが、保管庫の開閉自体が生体認証で、時間と人の記録が残るのはいかんともしがたかった。

相続人だったこともあり、何の必要があってどの薬をどれだけ使用したかの疎明を求められる。

残念ながら、父と共にメイを楽しむのに使った、とか、父に頼まれて取りに行った、という言い訳は苦しい。
先日15歳になったところで、現在のところまだ、肉体関係を持つ女性を必要としていないし、メイの苦しむ声を聴きたくなくて父の寝室周辺に近寄らなくなっていたことは使用人にもばれている。
最近、父の趣味に嫌悪感が増して言動が抑えられていなかったり、何度かメイを強引に病院に運ぼうとしてもめたのも、まずいといえばまずい。

そもそも自分自身には薬物使用の跡がない。飲んだと言い張ったところで、どうでした?と聞かれて、思ったより苦くありませんでした、だけで済ますわけにもいくまい。

さて、どうごまかしたものか。

「シューバ様、クリスタという会社の社員がご挨拶したいそうですが、いかがなさいますか?」
クリスタ?
ずいぶん久しぶりに聞いた。
神崎優がへそくりようにつくったと言っていた会社だ。

拒む理由もないので、通させると、どう見ても学生にしか見えない若い女が入ってきた。
「初めてお目にかかります、クリスタの畑里あかりと申します。依頼されておりました分析の結果をお持ちいたしました」
クリスタの名前を聞くのも久しぶりなので、自分が何も依頼していないのは確かだし、優は父と折り合いが悪かった。
事情を聴くにはホゴラシュ語の発音が怪しいので、英語でも日本語でも中国語でも構わないというと、あかりは日本語で話し始めた。
「たすかります。私の言語能力の限界的にも、周囲の方々に聞かれる心配がないのも、すごく」
「ご説明を?僕は何も依頼していないとおもいますが」
「ああ、はい。メイを助けていただきました、よね。その、若干強引な手で」
やれやれ、敵か。
目に相当警戒感が出てしまったと思う。
まぁ、父親を死なせたわけなので、強引な手には違いないが、見たこともない女に脅されるつもりもない。
「なんのお話か分かりかねる」
「お礼を、持ってまいりました」
そういって、メイに使われていた合成麻薬のいくつかの分析結果の紙を出した。
「弊社は医療系の研究分析が可能なことになっておりますので。お父様が心配で、人体への悪影響についての分析を依頼しようと、保管庫から薬をもちだしたというストーリーは駄目でしょうか」
なっております。だめでしょうか。ストーリー。
どれも、シューバが分析依頼をしていないことを前提にしたニュアンスに思える。
捜査機関に薬をどうしたか疎明を求められていることを知っているわけだ。
「・・・取引か?」
この書類を捜査機関に渡せば、疎明は終了だ。
「いいえ。お礼です。分析の残りは廃棄したことにしました。量はおっしゃっていただければ適当にあわせますし、おっしゃりたくなければ、3種類各40gということで処理しておきますね」
あかりのにっこりをみて、シューバは表情の選択に迷う。
敵意は感じない。
「地区の有力者以外にとって、ここは無法地帯だ。生きて帰れるかも怪しいとわかっているか?何をしに来た」
「生きて帰れるかについては、正気が壊れたジジイが儚くなったと聞いたので、大丈夫かと」
あきらかにビジネス用語ではない単語の羅列にシューバが眉を顰める。
「目的を言えと言っている」
「メイは命の危険からは脱しました。私たちはあなたに感謝している。それから。ほかに道はなかった。この3つを伝えるのが目的のすべてで、分析書類は手土産、ですね。あなた一人がしんどいようだと優さんに怒られそうだから来ました」
実際、さとるには危ないと止められた。
優の残した、人物相関図には、シューバの顔もあったのだ。
場所的には敵陣に記載されていながら、味方陣地から伸びた点線でかこまれていた。
優が気にいっていたのだと、あかりは思う。
そうだとすると、多分、周りで言われているほど冷酷でも、善悪の感覚が鈍磨しているわけでもない。優はなかなか共感の切れないメンタル持ちが好きだから。
「メイは生き延びたか。サディスティックな遊び方をするので行くなと助言されなかったか?」
メイの無事を聞いた安堵が表に出てしまわないように。
シューバとしてはそうふるまったつもりだが、不自然に平坦な言い方になってしまった。
恨まれていると思う。父はシューバも喜ぶものと決めつけて、何度もメイを責めているところを見せた。そして、助けも何ももとめないあの目が何度もシューバの上を滑った。
「父親に虐待レベルの精神的な干渉を受けているのに、無理をさせたはずだと心配していましたよ。優さんから言い残されていたことがあるのに、と」
「神崎優は、死んだ」
「はい、そうですね。でも、優さんはひょっとして、あなたにも何か言い残してません?」
シューバの記憶に残っている最後の優の言葉は、いまだに意味が分からない。
伝えてみようと思ったのは、特に不利になる情報も入っていないから。
そして、この女に優の気配を感じるから。
「『皮膚病のフェネックでも抱いとけ』、だそうだ」
いちどだけ試してみようかと。
だが、あかりは試された風でもなく、ごく軽く返事をかえした。
「ああ。なるほど。フェネックでなくても大丈夫だと思いますよ。子猫とか子犬とか」
「意味が、わかるのか?」
「ええ、まぁ。・・・試します?」
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