痛がり

白い靴下の猫

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45.ゴム鉄砲のカタルシス

どこからが罠だったのか。
市場というにはあまりに小さな、公園のフリーマーケットにしか見えないような出店の集まりだった。
さとると一緒に市場に出たメイは、7~8人の顔見知りに囲まれて、至近から石礫をなげられた。
一応さとるも警戒していたので、車を至近にとめていたし、メイの動体視力なら石をよけながらでも走って逃げ切れる計算だった。

だが、メイを囲んだ集団は、メイが買い与えた食べ物をうれし気に食べた子どもにも、罵声を浴びせながら石を投げ始めたのだ。
自分の額が切れて、血が出るのを茫然と見ている子どもに、メイは反射的に体を投げ出して覆いかぶさってしまう。
数か月前なら、親族の家で暮らしていたなら、もっと余裕がなかった頃なら、自重できたかもしれない。
幸せぼけ、そんな単語が頭に浮かぶ。
メイの動体視力は、覆いかぶさられた子どもが、抱えていた箱をメイの腹に押し付けてボタンを押したのを捕らえたから。
爆弾、だった。
さとるが状況を飲み込むにはさらに数秒が必要だった。

ずしんと腹に響く爆発音がして。
メイと子どもがはじけ飛ぶ。

粗雑ながら、決まった方向に多めに飛ぶよう、一応の細工はされていたらしい。
箱に収められていた錆びたくぎや鋲は、メイの脇腹に向かって発射され、広く深く突き刺ささった。
メイに箱を押し付けた子どもはすでに意識がなく、左手がへしゃげて、真っ赤に染まっていた。

釘も鋲も、数枚の小さな鉄板も、もちろん金属探知機にかかっていた。
だがゴミ集積場などから金属を集めてお小遣いにすることは普通にあったので、釘の入った箱を大事に抱えている子どもがいても、不自然におもえなかった。
試作品の金属探知機は、大抵の爆発物の信管の距離や形を学習させてアラートされるようにしていたからわかる。
この爆弾には、信管すらなかった。撃った人間の安全も考えられていない。
炸薬のそばに配置されたニトログリセリンに、箱の中で引き絞られていたスリングを開放して鉄塊を思い切りぶつけるだけの。武装勢力ですらない住民の自作。
爆弾というよりはニトロ付きのゴム鉄砲。武器というよりは単なる危険物。
そんなもので自爆を仕掛けてくる子どもを想定してはいなかった。

怒声と、嬌声としか言いようのないヒステリックな喜びの声の中で、さとるが発砲しながら車を突っ込ませてくるのが見えた。
あー、怒ってるな、そう思ったので。
メイは、車に引きずり込まれるまえ、気絶した子どもから手を離さないように頑張った。
多分置いていかれると、この子長くは生きられない。
さとるが、舌打ち一つして子どもも車に乗せるのを確認すると、メイの意識は遠のいた。



さとるは、情けないほどに動揺していた。
ますみにもあかりにも敦子にも緊急連絡を入れて、周辺の医療事情が比較的まともな国から、医療搬送ヘリが出せないかを調べるが、ヘリがあるような場所はどこも遠すぎる。
ホゴラシュの村レベルにある病院で手術できる傷とは思えないのに、舗装もない道をジープで疾走して持つ出血状態には思えない。
ポータブルの酸素吸入器があるだけ屋敷に戻る方がマシで、医者を引きずってくるぐらいしか考えつかない。
錆びた釘やら古いガラスをみると、破傷風という言葉がちらつくが、セジスタン地区の病院までいかなければ、人工呼吸器すらつけてもらえないのだ。

脇腹の傷は広範囲で、目立つ破片を取り除いて、止血テープをベタベタ貼るしかなかった。
とても動かせない。
メイは、おとなしく諦めてくれと言わんばかりに、輸血の針を抜こうとした。
「麻酔っ、きいてないのか?!」
「きいてます、そうじゃなくて、これは、無理です。延命は、いいです」
「どっこもよくないっ、最悪だ、ばかっ」
怒鳴るさとるをゆっくり一度見上げてから、メイは目閉じた。
浅い呼吸をつづける努力すら面倒くさいと言わんばかりに。
「ちゃんと息をしろ、目もあけとけ!生き延びたらなんでも好きなことさせてやる!俺のそばでなくても、すきなところにいかせてやるからっ」
メイはまぶたを薄く開くが、どうにも視界が暗い。
痛くて、暗くて、息が苦しいと、幼いころの閉じ込められた記憶がどうやっても顔を出す。
「罰を、受けてるの・・かな、とか」
メイの声が小さくなっていく
狂おしいほどに欲しいものを、諦めさせられること。メイにとっては、いつもそれが、罰だった。
声が聞こえるのに、良く見えないから、今もそうなのかもしれないと思ったのだが。
「誰から!なんのだっ!お前に罰だのなんだの文句つけてくる奴は全員クズだ、蹴っていい!」
さとるの言葉が、油汗と一緒に、メイの表面をこぼれ落ちていく。
悪い気分ではない。
そうか、好きな人に死ぬなって言われるのって、いい気分なのか。
とても満足してしまって。
他人のことまで気が回る程に余裕が出る。
「暗くて、怖いので。あの子、助けてあげて、もらえませんか。助けたら死後の世界で優遇、あるか、も」
「しっかりしろって!こわいなら、ハイになる薬でもなんでもさがしてやるから!」
「・・・ほんとに、あぶないひとですねぇ」
メイの気配は、笑っているかのようだった。
「お前に言われたくないわ!」
濁った意識の沼を、言葉が浮いたり沈んだりする。
呼吸がしにくくなって来るのがわかる。
手足が地に潜るように重く、体の中心が冷たい。
最期、なのかな。
死んだことがないので、タイミングはわからないけれども、生き埋めにされたときよりも、近い気がする。
もう、目はあかない。それでも、さとるが、自分の名前を叫んでくれるのが嬉しい。
「さ、とるさん」
「いるぞ」
必死に手を握られるのも、うれしい。
「お願い、とかしたら、聞いてくれます?」
冷たさが増えて行く。
「なんでもするから、とりあえず呼吸と心臓は休むな!」
「・・・キスとか、して、くれませんか?」
すぐに、おでこに暖かいキスが、降りて、指先がぎゅうと握りつぶされる。
だが、おでこの熱は、すぐに離れていった。
「おし、まい?あっさり、だなぁ。恋人同士の、お別れのキスみたいなのが、いいです」
「しないっ、ぜってーしない!」
「あは。妥協なし、です、ね。好き、じゃないと、しないって」
「てめっ、好きだつったろ!普通の呼吸できるようになってからねだれ!今、口塞いだら死ぬだろが!不許可だっ!」
メイの顔がとても穏やかになり、かすかに笑う。

死にたくなくなったら、死ぬときに悲しいから。良くないことだと思っていたけれど、どうやらそんなに単純なものでもないらしい。
まぁまぁ、いろいろ、そこそこ。
優やさとるがよく使うそんな言葉は、こういう時につかうのかもしれない。
メイの意識は、そこで途切れた。
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