痛がり

白い靴下の猫

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70.二人でお留守番

メイは、ぼひゃっと紅茶をのみながら日にちを数えてみる。
フラッシュバックが、来ない。
いや、前兆は何度もあった。金縛りの前触れみたいな、白いちかちかと、酸欠、全身が内側に折りたたまれるような引き攣れ。
でも、本物のさとるさんがいるときの偽物の『さとる』は、はじめからペラペラに透き通ってしまって、私に触れることも声すら届かせることもできずに消えていき、ただのひどい頭痛になって無事に消える。

結局、さとるさんが、私の不貞を許すのに出した条件というか約束というかは3つ。
さとるさんの監視、本人曰く監禁レベルの過度な監視、を受け入れる事。
マッドさんからの傷跡を消す治療を、さとるさんの言うとおりに受ける事。
傷跡を消す治療が全部終わったら、改めて、さとるさんが買ったケンカ(因みに私はあの時断じてケンカを売ったわけではない)を再開するけど、それまでは気にしない事。

手錠でさとるさんとつながって、さとるさんとその約束をしたあの日から、1月が過ぎた。
結局1~2度のレーザーで消せる傷跡以外は手術になったが、マッドさんは信じられなく上手だった。
もともと爆弾で半壊して、マッドさんが治療した脇腹が、いちばん傷がなく見えた位だったのだ。背中や胸の皮膚の治療の時は、私の細胞中心で培養した人工皮膚とかも使ってくれて、見ていてすごくおもしろかった。

さとるさんのいう、過度な監視、は、部屋を仕切っていた衝立を撤去して、一番初めの時みたいにベッドをくっつけたことと、休みの日に一緒に遠出をすること、毎日頭を撫でてくれること、くらい。ほとんど前と変わった事はなく、嬉しいことが増えただけだった。

まったくあの人は・・。

手術の後だけは本当にべったりと張り付かれたけど、それ以外は何をするのを止めらたことすらなく、警戒対象でなくなった周辺国への遠出は、信じられなく楽しい。
毎週デートに行けてしまえるような距離に、こんな別世界があることも、その別世界が当たり前のように世界中と繋がっていることも、本当には分かっていなかったから。

最後の手術から3週間がたって、痛みは消え、傷跡は毎日見るたびに減っていく砂時計になった。

シューバ様にはすぐに手紙を書いた。シューバ様の方もあかりさんにショック療法をされたそうで、ごめんねをしあって解決した。
ますみさんとサシャは、しばらくアメリカだ。
サシャはほとんど日常生活ができる程に回復したが、右手に麻痺が残ってしまった。マッドさんが自分はあまり得意ではないが、脳神経外科という分野であきれるほどマッドな天才医師がアメリカにいると言うので紹介してもらったのだ。

それから1週間前に、山のようにお土産を持ってホゴラシュに来てくれた敦子さんにあった。さとるさんとますみさんのお姉さん。豪快な人で、あかりさんと並ぶと姉妹のようだ。ゼルダでシューバさんと打ち合わせをした後、あかりさんと一緒に、ティール本社との技術交渉に出かけた。

だから、最近はさとるさんと二人でお留守番。
本当に、1カ月間毎日優しくされていた気がする。幸せだった。

ただ、現在の状況をいうのであれば、今日のお昼からさとるさんは怒っている。
理由は、私がさとるさんに隠し事をしているからと、屋敷に爆弾が送られてきたから。

正直に言ってしまうと、さとるさんに「怒られる」のは怖くない。
激高して、焦って、不安でも、その原因のメイにスムージーだのココアだの入れてくれる人だ。拷問の必要があるときでも、不貞を見たお仕置きだと脅しても、殺しても非難さえ受けないだろう私の体に一筋の傷も追加しない人だ。私にとって怪物だったフラッシュバックの偽物をペラペラのキッチンラップのように安っぽく変えてしまった人だ。

でも、さとるさんの「行動力」は怖い。
隠し事は、客観的事実に裏付けられる限りばれるだろうし、背後関係も探られるだろう。
あの人に嘘をつき通すことはむつかしいが、全体像がみえたら、きっと迷わず問題を解決しに行く。
的確で、効果的で、そして多分、合理的に。
今、メイがやっていることが、非効率的だということは自覚がある。
そしてメイが守りたいものはあまりに小さく、醜い。
それを、合理的に潰されるのが怖いのか、それともメイの守りたいものが、あまりに小さくて醜いことを知られるのが嫌なのか。
自分でもわかってはいなかった。
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