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なぐり返せるから大丈夫
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リノは尻餅をつきながらイリアを抱きとめた。
「リノ、リノ、リノっ」
リノは、恐る恐るイリアの髪をなぜようとして。思い出した。
「や、やべっ。イリア、まった!この服っ、かぶれる!」
「へ?」
どたどたどたっ
リノは、イリアの手首をひっつかんでたちあがり、猛烈な勢いで駆け戻って小屋に飛び込んだ。
「パール!風呂かせ、風呂!」
そして、水をだぁだぁ出しながら叫んだ。
「服ぬげ、イリア。そんで、手洗って、顔洗って、体も洗えーーっ。はやくはやくっ!」
イリアがよてよてと言うことを聞こうとするが待てないらしく、リノは自分が先に半裸になってイリアに水をかぶせる。
「冷たーいっ」
昔あまりに何回もこういうことがあったので。イリアが脊髄反射でリノに水をかけ返す。
「あそんでねーっつーの!」
リノは、「もぉっ」という顔をして、猛烈に水をかけ始めた。
イリアも昔のように、じゃばじゃばとリノに水をかけてみた。
考えてみればやられてやり返さなかったことはなかった気がする。
例え自分に悪いところがあったって、リノに理由があったって、まともに動けない時に殴られて、防御も反撃も考えなかった自分はやっぱりまともじゃなかったと思える。
イリアは、自分が霧から抜けたのを知った。
イリアをフリーにして水をかけようとすると、逃げられたり逆にかけられたりするので、リノはイリアをがっちりホールドして、頭から、ザブっとやる。
しばらくやられっぱなしだったイリアは、リノをくすぐって反撃。
風呂から出たときは、もう、二人共ぐったりだ。
そういえば昔、リノは、毒虫の島から帰ると、すぐ、水浴びをしていた。
なんだ・・・リノの服のにおいの元が、かぶれる汁だからだったのか。
些細なことで不安になっていたんだなぁと、イリアは素直に笑えてしまう。
それならシナモンの粉にすればいいのにと思ったが、リノは、甘い匂いが女の香水みたいで嫌らしい。逃げ回るので面白くてはたきまわった。
着替えて居間に戻ると、パールがお茶を入れていた。三人分。
「仲直りかい?リノはなんていった?」
イリアは顔を上げて答えた。
「未来が不確定なのは当たり前で、選択のせいじゃないし、不確定の中身なんて結局いつもどおりだって。生きているのが嬉しい子なら、普通じゃなくても自分が育てるから欲しいって」
「おや、わが子ながら、いい線ついてくるじゃないか」
そのくせ、パールは仕方なくシナモンの匂いになって遅れて出てきたリノには、素直に褒めたりしないのだ。
「仲直りするや、一緒に風呂とは感心しないね、青少年?」
「洗ってやっただけだぞ、事故だ!」
リノがプイっと横を向いてソファーに座った。
すると、イリアが、ごく自然にリノにくっついて座る。
イリアはパールに頭を下げた。
「先程は、浅慮を口走りました。申し訳ありません。取り消させてください。解毒剤を教えてください」
パールは、にこりと笑って立ち上がった。
「えらいえらい。根性のある女は好きだ。ちょっとまっておいで」
パールが出て行くと、リノはトビウオに化かされたような顔でイリアをみた。
「なぁに?」
イリアが聞くと、
「いや・・・期待した」
といって、視線をずらす。
「何を?」
未来を、かなぁ。
リノが手を握っても、イリアはほどかなかった。引き寄せると、嫌がらないで倒れ込んでくる。
リノは、思い切ってイリアの目を見た。
イリアはそれを待っていたように、自分からリノにキスをした。
リノは、左手でものすごく大事そうにイリアを抱きかかえて、右手でちょっとイリアの顔の角度をかえさせて、キスを返した。
それから、狂おしいという表現がぴったりするような触り方で、イリアに触れる。
嬉しいのに、意識がシュップや宰相や母や妹や、そう言う影の方に持っていかれる気がして、イリアはちょっと気をそらす。
ザバっ
あたまの上からいい匂い。
ついでにぽたぽたとぬるい雫が落ちてきた。
あ。
パールがリノの頭にお茶をぶちまけたようだ。で、おこぼれがイリアにも来てる。
「さかるのは、イリアの体がもどってからにおし」
「さかってねーよっ!再会祝いしてただけだ!かんどーのっ。邪魔すんなー!このわがまま母!」
パールが、ククっと笑って、小瓶を机に置く。
「ソラニンの芽の解毒剤だ。ソラニンの木から簡単にとれる。これを飲んで、きれいな水と食べ物を沢山とって、いっぱい運動して汗をかいて、よくお眠り。もちろん、もう、ソラニンの芽を飲むのはやめる。そうやって時間が経てば、体は元通りだよ」
イリアは、先に頭を深々と下げてから、パールに聞いた。
「それだけ、なんですか?」
それなら、こんなにまで、催奇性だの、不妊だの注釈が膨れ上がるだろうか。
「ああ。それだけだ。でも、それが、難しかったんだよ。一度ソラニンの芽を選んだ女達には。矛盾した周りの圧力がひどくて、ね。・・・渓谷の女が、自分の選択から男を締め出したのは、結局男が役に立たないからだった。あんたがリノは役に立つと思うなら、締め出す必要はない」
パールはゆっくり話してくれた。
何もしない奴に限って、誰かが動くのを見ると、どう責任を取るんだと詰め寄ってくる。渓谷の最後はそんなふうだったとパールは言う。
突出した知識を持ちながら、他者より多い選択肢に不安になり、安心とか絶対とか百%とか、満たし尽くされることのないもののために、限りある時間と自由を浪費した。
パールの言を借りると、「『絶対』じゃないことをまるで自分の手柄のように責めたがるアホどもが多くてね」ということになる。
不安の元であるくせに、その知識と選択肢をついで欲しくて、子供に過大な時間をかけ、過度に教育された者だけを優遇した。
一角クジラ歯が伸びるのと同じように、戻れない奇形的な進化のように、子供の教育に負荷をかけ、数が減っていく。
男女問わず。自分の能力をもっと使いたい、自分の子を他人よりよく生かしたい。
ソラニンの芽はそのための選択肢だった。
本能と、社会的抑圧の衝突。
その狭間で、ソラニンの芽を飲んだりやめたり、ふらふらした挙句、催奇性を呼んだ例は確かにあった。体ごと壊れたり、流産の結果不妊になることも多かった。
だが、男に左右されず、自分一人で産む時期を決めて、計画的にやり通した女もいる。その女達の子にソラニンの芽特有の障害が出たところを、パールは見たことがないそうだ。
その代わり、少子化は彼女らのせいにされた。
ソラニンの芽を否定する人々は催奇性すら盾にして、選択肢を取り上げようとした。
「彼らは、悪いことが起きたらどうする気だと、百%じゃないことを盾に抑圧を試みた。女を気遣うふりをして、汚らしい。結局は逃げ場づくり。悪いことが起きれば、あの時俺が言ったのに、ってわけさ」
その考え方は、ソラニンの芽に限らず、砂の国がしょっちゅう攻め込んでくるようになっても、変わらなかったという。
要は、そのままだと滅ぶと分かっていても、絶対や百%じゃないことに甘えて動きゃしないのだ。
素がアバウトなパールはそれに反発して海に出た。正しさにこだわるポヌは、最後まで部族に残った。
「ポヌの子とあたしの子が、一緒になるのか。それは、なんだかすごいねぇ」
パールはそう言って頭を振った。
「母と、仲がよかったんですか?」
イリアが聞く。
「ぜんっぜん。どっちかって言うと考え方の双極。ごめんね」
正直にそういったあと、「でも認めてた」と付け足してパールは笑った。
「そういうわけだから、リノ。半年はさかるんじゃないよ!あぶないとしたらあんただからね!」
リノは、これ以上ないほどブスっとして答えた。
「わかったよ!なんで俺限定なんだ、まったく」
「だって、イリアの方は、どうせそういうことしなくて済めばかえって楽なんだろ」
パールがさっくりと柔らかな場所をつく。
これはわざとというか、リノへの情報提供か。
「はぁ、まぁ。でも、リノに触れるのはすごく嬉しいので、半年も触れないのはちょっとさみしいかも」
イリアの悪気無い答えにリノの表情が固まる。
「ちょっとまて、ちょっと。なんで触るのもなしになってんだ?触って体が治んなくなるわけじゃないだろが!それより、その・・『寝な』くてすめば、イリアって楽なのか?」
「そ、いう話は、ひとまえでするとはずかしいから、やめよー?」
イリアがものすごく気まずそうなのでリノが一瞬黙るが、はっきり言って気にいらない。
リノは遠まわりにぐるぐるまわる。
「ふ、船で産んで、って言ったのは、言葉のあやっていうか、どれぐらい普通じゃないかって時の話の時で、結局治るんだから、無理しなくていいぞ」
「あー、うん、どうも」
「つ、つわりとかって、無茶する女の方がひどいんだって。・・おとなしいやつはほっといても腹打ったりしないし。その法則から行くと、イリアは危ないよな。だから、陸でも・・」
「えーっと、その時考えるね」
「う、生まれたあとは、何ヶ月も寝れなくて栄養ばっかり吸われるもんな、陸のほうが栄養が・・・」
「んと、どうしたの?」
「・・・。産むことと関係なくても、『寝る』のがヤなんだ?痛いのか?気持ち悪いのか?じょ、上手になったほうがいいか?」
「へ?ご、ごめん、ひょっとして普通の女性ほどはがんばれてないかもしれないけど、で、でも、ヤとかじゃないよ。平気だよ。ナイフが手にささっててもできるんだもの。何も問題ない」
ええと、問題あるかないかじゃなくて・・・かなり悲愴なほうへリノの思考が流れそうになる寸前にパールが吹き出す。
「ま、あんたが時間かけてがんばりゃ、そのうちなんとかなるよ」
リノは反射的にパールに噛み付く。
「どうがんばるんだよ!あ、答えなくていい。どう考えても母親からそーゆーこと聞きたくない!それじゃなくても船員にマザコンだなんだと好き放題言われてるのに!」
そーか、そんなこと言われてるのか。
リノが親の話を避けてきたのは、イリアの親事情を気遣ったからもあろうが、どうやらそれだけもなかったらしい。
まぁ、確かにパールはすごい存在感だものなぁと、イリアはほのぼの考えて顔がにやける。
「和むな、イリア」
「あー、ごめん。でも、パール相手ならマザコンになっても仕方ないとおもうよ」
「そこじゃない、そこじゃ。半年触れなくても・・・平気、なのか・・とか。イリアはその、嫌だったのか、とか。すごく、寂しいな、と」
イリアが慌てる。
「で、でも、半年したらさわってもらって大丈夫なんて、すごく幸せだよ。リノの近くにいられるかもしれなくて、リノの子供も産めるかもしれないんだから!」
「いや、だからその前に触るってば!そうじゃなくて、うーん、うーん、うーん」
パールが助け舟を出す。
「まぁ、どうしようもなくなったら、マギにでも相談してみな。条件付けみたいなもんはあってしかたのない環境だったろうよ」
『寝る』とセットで繰り返された、精神的な毒と身体的な毒。
シュップに痛めつけられても半時で兵士の前に立てるよう、技術として磨かれた浸らない頭。
イリアも思い当たるフシがあったのか、申し訳なさそうな顔になった。
ちょっと、リノには荷が重いかもしれないと、パールは思う。
その点マギはエラブ艦隊の名物女で、頼りになる。
男と同じようにやってきて、男と同じ条件で勝ち上がった。女なのに体に墨を入れることもためらわない屈強の墨三本持ち。
そのくせ、女のキモチはしっかりとってあったらしく、何かと女たちの相談に乗っている。
最近では、鉄の島に移り住んだ女たちまでカウンセリングとやらをしてもらいにやってくるほどだ。
だが、リノにとってはそっちもパスだ。
「マギなんて、パールの同類じゃないか!自力でやるっ。条件付けって、ようは、触った時にいいことがいっぱい起こればいいんだろ?いっぱい触って、うまいもん食わせて、いっぱい触って、いい匂いの花わたして、いっぱい触って、綺麗な魚を釣る!」
リノは、方向性がみえてホッとしたように言ったが、イリアは首をひねった。
「いっぱい触った時につれたのがゴンズイか、フエフキダイかっていうのは、条件付けじゃなくて、占いの域だとおもうのだけれども・・・」
「心配すんな。針とか餌とか工夫すればたぶんゴンズイこないから」
「そうかなぁ。心配ないかなぁ」
イリアの答えをききながら、パールは頭をクシャっと触ってつぶやいた。
いや、心配だろう。この恋愛未熟児が。
「リノ、リノ、リノっ」
リノは、恐る恐るイリアの髪をなぜようとして。思い出した。
「や、やべっ。イリア、まった!この服っ、かぶれる!」
「へ?」
どたどたどたっ
リノは、イリアの手首をひっつかんでたちあがり、猛烈な勢いで駆け戻って小屋に飛び込んだ。
「パール!風呂かせ、風呂!」
そして、水をだぁだぁ出しながら叫んだ。
「服ぬげ、イリア。そんで、手洗って、顔洗って、体も洗えーーっ。はやくはやくっ!」
イリアがよてよてと言うことを聞こうとするが待てないらしく、リノは自分が先に半裸になってイリアに水をかぶせる。
「冷たーいっ」
昔あまりに何回もこういうことがあったので。イリアが脊髄反射でリノに水をかけ返す。
「あそんでねーっつーの!」
リノは、「もぉっ」という顔をして、猛烈に水をかけ始めた。
イリアも昔のように、じゃばじゃばとリノに水をかけてみた。
考えてみればやられてやり返さなかったことはなかった気がする。
例え自分に悪いところがあったって、リノに理由があったって、まともに動けない時に殴られて、防御も反撃も考えなかった自分はやっぱりまともじゃなかったと思える。
イリアは、自分が霧から抜けたのを知った。
イリアをフリーにして水をかけようとすると、逃げられたり逆にかけられたりするので、リノはイリアをがっちりホールドして、頭から、ザブっとやる。
しばらくやられっぱなしだったイリアは、リノをくすぐって反撃。
風呂から出たときは、もう、二人共ぐったりだ。
そういえば昔、リノは、毒虫の島から帰ると、すぐ、水浴びをしていた。
なんだ・・・リノの服のにおいの元が、かぶれる汁だからだったのか。
些細なことで不安になっていたんだなぁと、イリアは素直に笑えてしまう。
それならシナモンの粉にすればいいのにと思ったが、リノは、甘い匂いが女の香水みたいで嫌らしい。逃げ回るので面白くてはたきまわった。
着替えて居間に戻ると、パールがお茶を入れていた。三人分。
「仲直りかい?リノはなんていった?」
イリアは顔を上げて答えた。
「未来が不確定なのは当たり前で、選択のせいじゃないし、不確定の中身なんて結局いつもどおりだって。生きているのが嬉しい子なら、普通じゃなくても自分が育てるから欲しいって」
「おや、わが子ながら、いい線ついてくるじゃないか」
そのくせ、パールは仕方なくシナモンの匂いになって遅れて出てきたリノには、素直に褒めたりしないのだ。
「仲直りするや、一緒に風呂とは感心しないね、青少年?」
「洗ってやっただけだぞ、事故だ!」
リノがプイっと横を向いてソファーに座った。
すると、イリアが、ごく自然にリノにくっついて座る。
イリアはパールに頭を下げた。
「先程は、浅慮を口走りました。申し訳ありません。取り消させてください。解毒剤を教えてください」
パールは、にこりと笑って立ち上がった。
「えらいえらい。根性のある女は好きだ。ちょっとまっておいで」
パールが出て行くと、リノはトビウオに化かされたような顔でイリアをみた。
「なぁに?」
イリアが聞くと、
「いや・・・期待した」
といって、視線をずらす。
「何を?」
未来を、かなぁ。
リノが手を握っても、イリアはほどかなかった。引き寄せると、嫌がらないで倒れ込んでくる。
リノは、思い切ってイリアの目を見た。
イリアはそれを待っていたように、自分からリノにキスをした。
リノは、左手でものすごく大事そうにイリアを抱きかかえて、右手でちょっとイリアの顔の角度をかえさせて、キスを返した。
それから、狂おしいという表現がぴったりするような触り方で、イリアに触れる。
嬉しいのに、意識がシュップや宰相や母や妹や、そう言う影の方に持っていかれる気がして、イリアはちょっと気をそらす。
ザバっ
あたまの上からいい匂い。
ついでにぽたぽたとぬるい雫が落ちてきた。
あ。
パールがリノの頭にお茶をぶちまけたようだ。で、おこぼれがイリアにも来てる。
「さかるのは、イリアの体がもどってからにおし」
「さかってねーよっ!再会祝いしてただけだ!かんどーのっ。邪魔すんなー!このわがまま母!」
パールが、ククっと笑って、小瓶を机に置く。
「ソラニンの芽の解毒剤だ。ソラニンの木から簡単にとれる。これを飲んで、きれいな水と食べ物を沢山とって、いっぱい運動して汗をかいて、よくお眠り。もちろん、もう、ソラニンの芽を飲むのはやめる。そうやって時間が経てば、体は元通りだよ」
イリアは、先に頭を深々と下げてから、パールに聞いた。
「それだけ、なんですか?」
それなら、こんなにまで、催奇性だの、不妊だの注釈が膨れ上がるだろうか。
「ああ。それだけだ。でも、それが、難しかったんだよ。一度ソラニンの芽を選んだ女達には。矛盾した周りの圧力がひどくて、ね。・・・渓谷の女が、自分の選択から男を締め出したのは、結局男が役に立たないからだった。あんたがリノは役に立つと思うなら、締め出す必要はない」
パールはゆっくり話してくれた。
何もしない奴に限って、誰かが動くのを見ると、どう責任を取るんだと詰め寄ってくる。渓谷の最後はそんなふうだったとパールは言う。
突出した知識を持ちながら、他者より多い選択肢に不安になり、安心とか絶対とか百%とか、満たし尽くされることのないもののために、限りある時間と自由を浪費した。
パールの言を借りると、「『絶対』じゃないことをまるで自分の手柄のように責めたがるアホどもが多くてね」ということになる。
不安の元であるくせに、その知識と選択肢をついで欲しくて、子供に過大な時間をかけ、過度に教育された者だけを優遇した。
一角クジラ歯が伸びるのと同じように、戻れない奇形的な進化のように、子供の教育に負荷をかけ、数が減っていく。
男女問わず。自分の能力をもっと使いたい、自分の子を他人よりよく生かしたい。
ソラニンの芽はそのための選択肢だった。
本能と、社会的抑圧の衝突。
その狭間で、ソラニンの芽を飲んだりやめたり、ふらふらした挙句、催奇性を呼んだ例は確かにあった。体ごと壊れたり、流産の結果不妊になることも多かった。
だが、男に左右されず、自分一人で産む時期を決めて、計画的にやり通した女もいる。その女達の子にソラニンの芽特有の障害が出たところを、パールは見たことがないそうだ。
その代わり、少子化は彼女らのせいにされた。
ソラニンの芽を否定する人々は催奇性すら盾にして、選択肢を取り上げようとした。
「彼らは、悪いことが起きたらどうする気だと、百%じゃないことを盾に抑圧を試みた。女を気遣うふりをして、汚らしい。結局は逃げ場づくり。悪いことが起きれば、あの時俺が言ったのに、ってわけさ」
その考え方は、ソラニンの芽に限らず、砂の国がしょっちゅう攻め込んでくるようになっても、変わらなかったという。
要は、そのままだと滅ぶと分かっていても、絶対や百%じゃないことに甘えて動きゃしないのだ。
素がアバウトなパールはそれに反発して海に出た。正しさにこだわるポヌは、最後まで部族に残った。
「ポヌの子とあたしの子が、一緒になるのか。それは、なんだかすごいねぇ」
パールはそう言って頭を振った。
「母と、仲がよかったんですか?」
イリアが聞く。
「ぜんっぜん。どっちかって言うと考え方の双極。ごめんね」
正直にそういったあと、「でも認めてた」と付け足してパールは笑った。
「そういうわけだから、リノ。半年はさかるんじゃないよ!あぶないとしたらあんただからね!」
リノは、これ以上ないほどブスっとして答えた。
「わかったよ!なんで俺限定なんだ、まったく」
「だって、イリアの方は、どうせそういうことしなくて済めばかえって楽なんだろ」
パールがさっくりと柔らかな場所をつく。
これはわざとというか、リノへの情報提供か。
「はぁ、まぁ。でも、リノに触れるのはすごく嬉しいので、半年も触れないのはちょっとさみしいかも」
イリアの悪気無い答えにリノの表情が固まる。
「ちょっとまて、ちょっと。なんで触るのもなしになってんだ?触って体が治んなくなるわけじゃないだろが!それより、その・・『寝な』くてすめば、イリアって楽なのか?」
「そ、いう話は、ひとまえでするとはずかしいから、やめよー?」
イリアがものすごく気まずそうなのでリノが一瞬黙るが、はっきり言って気にいらない。
リノは遠まわりにぐるぐるまわる。
「ふ、船で産んで、って言ったのは、言葉のあやっていうか、どれぐらい普通じゃないかって時の話の時で、結局治るんだから、無理しなくていいぞ」
「あー、うん、どうも」
「つ、つわりとかって、無茶する女の方がひどいんだって。・・おとなしいやつはほっといても腹打ったりしないし。その法則から行くと、イリアは危ないよな。だから、陸でも・・」
「えーっと、その時考えるね」
「う、生まれたあとは、何ヶ月も寝れなくて栄養ばっかり吸われるもんな、陸のほうが栄養が・・・」
「んと、どうしたの?」
「・・・。産むことと関係なくても、『寝る』のがヤなんだ?痛いのか?気持ち悪いのか?じょ、上手になったほうがいいか?」
「へ?ご、ごめん、ひょっとして普通の女性ほどはがんばれてないかもしれないけど、で、でも、ヤとかじゃないよ。平気だよ。ナイフが手にささっててもできるんだもの。何も問題ない」
ええと、問題あるかないかじゃなくて・・・かなり悲愴なほうへリノの思考が流れそうになる寸前にパールが吹き出す。
「ま、あんたが時間かけてがんばりゃ、そのうちなんとかなるよ」
リノは反射的にパールに噛み付く。
「どうがんばるんだよ!あ、答えなくていい。どう考えても母親からそーゆーこと聞きたくない!それじゃなくても船員にマザコンだなんだと好き放題言われてるのに!」
そーか、そんなこと言われてるのか。
リノが親の話を避けてきたのは、イリアの親事情を気遣ったからもあろうが、どうやらそれだけもなかったらしい。
まぁ、確かにパールはすごい存在感だものなぁと、イリアはほのぼの考えて顔がにやける。
「和むな、イリア」
「あー、ごめん。でも、パール相手ならマザコンになっても仕方ないとおもうよ」
「そこじゃない、そこじゃ。半年触れなくても・・・平気、なのか・・とか。イリアはその、嫌だったのか、とか。すごく、寂しいな、と」
イリアが慌てる。
「で、でも、半年したらさわってもらって大丈夫なんて、すごく幸せだよ。リノの近くにいられるかもしれなくて、リノの子供も産めるかもしれないんだから!」
「いや、だからその前に触るってば!そうじゃなくて、うーん、うーん、うーん」
パールが助け舟を出す。
「まぁ、どうしようもなくなったら、マギにでも相談してみな。条件付けみたいなもんはあってしかたのない環境だったろうよ」
『寝る』とセットで繰り返された、精神的な毒と身体的な毒。
シュップに痛めつけられても半時で兵士の前に立てるよう、技術として磨かれた浸らない頭。
イリアも思い当たるフシがあったのか、申し訳なさそうな顔になった。
ちょっと、リノには荷が重いかもしれないと、パールは思う。
その点マギはエラブ艦隊の名物女で、頼りになる。
男と同じようにやってきて、男と同じ条件で勝ち上がった。女なのに体に墨を入れることもためらわない屈強の墨三本持ち。
そのくせ、女のキモチはしっかりとってあったらしく、何かと女たちの相談に乗っている。
最近では、鉄の島に移り住んだ女たちまでカウンセリングとやらをしてもらいにやってくるほどだ。
だが、リノにとってはそっちもパスだ。
「マギなんて、パールの同類じゃないか!自力でやるっ。条件付けって、ようは、触った時にいいことがいっぱい起こればいいんだろ?いっぱい触って、うまいもん食わせて、いっぱい触って、いい匂いの花わたして、いっぱい触って、綺麗な魚を釣る!」
リノは、方向性がみえてホッとしたように言ったが、イリアは首をひねった。
「いっぱい触った時につれたのがゴンズイか、フエフキダイかっていうのは、条件付けじゃなくて、占いの域だとおもうのだけれども・・・」
「心配すんな。針とか餌とか工夫すればたぶんゴンズイこないから」
「そうかなぁ。心配ないかなぁ」
イリアの答えをききながら、パールは頭をクシャっと触ってつぶやいた。
いや、心配だろう。この恋愛未熟児が。
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石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
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