ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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4. ルカという少年

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また、人の気配がする。
戦のさ中だから、男たちの出入りが激しい。

「だーかーらー。14の俺にそんな爛れた下ネタ要求やめてくれ?」

「し、下ネタ?!あなたの安全のための注意事項を話していると言うのに、不謹慎ですぞ!」

「不謹慎ってゆーのは、兄貴が亡くなった途端、妻どころかカノジョの当てすらない俺に、愛人共用の輪に入れって言うあんたらの方だと思うんだが?」

「ルカ殿!!」

普段はあまり複数人で入ってくることがないこの部屋に、にぎやかな会話がひびいてきたのが珍しくて、ミケはうっすらと目を開けた。

少年が、いた。
ミケをみると、少し驚いたように息をつめる。

「・・・鎖、はずせ」

「人の話を聞いておられましたか?!はずすのではなくて、コレは、鎖を巻き上げて吊るしてお使い下さいとっ!」

声を荒らげる看守とも、話の中身とも対照的に、少年の声は涼やかだった。

「あのな、色ボケた爛れジジイ共と一緒にするな?こんなディープな背景でヤル自信ないから、鎖の鍵よこせっつの。俺が俺のせいで怪我しようと勝手だし、封印まみれ鍵まみれで彼女は部屋から出られねーだろうが」

そう言うと、その少年は、鍵束をひったくり、看守を部屋から押し出した。

少年の手が近づいてきて、腕に噛んだ鎖をはずす。
すべすべの手だった。
しわしわのくせにぎらついた動きをする男たちとは別の生き物のよう。
手首に触れられても、ミケの爪が伸びない

「えと、触られるの嫌だとおもうけど、俺、非接触で治癒とか高度な技なくて・・触ってもマジナイ程度にしか効かないぐらいで。でも、背中とか手首とか、ここまで痛そうだとやんないよりマシだと思うから」

へー。そうなの。久しぶりに見る魔力量の多い人間だけど、子どもに治癒は難しいか。

「あ、そだ。これやるから、ちょっとがまん」

そういって、彼は飴玉を出して私に握らせる。

「ポケットにいれっぱなしだったから見かけ悪いけど、糖蜜とミルクでつくった。結構いけるぞ」

「だめ?あんた何が好きなの?花とか摘んでくるか?」

「そういえば、俺の名前、ルカ、な。14。あんたは?」

ミケが答えなくても、ルカはポンポンと軽やかに話しかけてくる。

「・・・ミケ」

自分の意志で意味のある言葉を発したのは、どれくらいぶりだろうか。
人と会話をするのは、酷く億劫だった。
それでも。
14才か。私の中のシェドと同じ年頃だからだろうか。
しゃべり方がちょっと似ている気がして、答えてみたくなった。

「そか、ミケ、か。んーと、ミケ、俺、無理矢理系の下ネタがパスなお子様な。本当に、ちょびっと治癒するだけだから、ぜったい変なことしないから、にげるな?」

「にげは、しない」

何をされても、逃げようとしたことはない。
やることが、あるのだから。

「お、逃げなくていいって、わかってくれるか?俺は基本ピュア系狙いだ。好きな子とお花畑でファーストキス、って方向から入りたいドーテー組!って、名前の次に自己紹介するようなことじゃないよなぁ」

そういって治癒に入ったルカは。
人間離れした上手さだったシェドの治癒を除いても、壮絶にへたくそだった。もとの魔力量が多すぎるせいだろう、大砲の筒でレース編みをするぐらい酷い。

それでも、ああでもない、こうでもないと言いながらがんばるものだから。
しゃべる内容がとりとめなくて、地下にあるこの部屋の湿気にも、とぐろを巻いた鎖にもそぐわないから。

少しだけ、心がそよいで。久しぶりに黒くない魔素が流れた。

その日からあと。たまに、意識をとりもどすと鎖がはずれていることがあって。
ルカが来たのだとわかる。

戦況が悪いらしく、苛立った男たちに手荒く扱われることがふえ、その分、意識を失っている時間も増えたから、実際にルカを見た回数は少ない。
水でもぶっかければ起きるのだと、ルカに教えておくべきだったろうか。

そんな日々が続いた後、花の匂いがした気がして、意識が浮上する。
もう少しで重いまぶたが上がりそう、というところで手首をつまかれ、反射的に振り払ってしまった。
ざくり、と肉を切った感触が爪からはいあがってきて、跳ね起きる。

目の前には、ばらけた花束と、肘下から血を流すルカ。

「ご、ごめ・・」

先刻まで別の男にのしかかられていたミケの爪が、伸びにくくなったとはいえ充分に異形と言える鋭さを保っていたせいで、治癒をしようと触れて来たルカの手を裂いてしまったようだ。

たいした血の量ではないのは、見えているのに、それでも心臓が暴れるのは、頭の中に血まみれで立つシェドの残像が、何度も瞬くせい。

死なないで、死なないで、おいて行かないで。
あの時の自分の声が、耳のそばで私を責める。
血の色だけを残して、ばらばらになっていったシェドの幻視が目の前に広がっていく。

ミケは耐え切れなくなって、目の前の赤を、必死でふさいだ。
魔素を流し、腹が立つほど乏しい自分の魔力の限りで。
周りの景色が見えなくなって、息が乱れて。頭の中は、シェド、シェドと泣き叫ぶはるか昔の自分の声でいっぱいになって。

「おい?だいじょうぶか?あー、気にしてないかもしれないが、俺はだいじょぶだぞ?」

抱きしめるようにミケの肩にまわされた腕の先が、なだめるように、ぽんぽんと動き、五感が現実に帰っていく。

「あ・・・ル、カ」

正気にもどったミケが顔をあげると、ルカの肘下の傷は、とうの昔にふさがっている。
ルカの魔力量は、私の魔力も直接吸収できるレベルに高かったから、普通はできない自分自身の治癒も、私の魔素が流れれば簡単にできてしまう。

ちょっとした傷を治すのには多すぎる魔素と魔力が、あまりまくってルカの周りをたゆう。

「ご、めん、爪が・・」
「ん?あー、脅かせてわるかった。サブイボ原理かな」

「は?」
「いや、俺もさ、嫌いな蟲が群れでもぞもぞしてるのみたり、寒いなかで水風呂したりすると、こう、ぞわっとして、サブイボがたつし、唇とかムラサキになるから」

「・・・この爪と、鳥肌をいっしょくたにした?」

「似たようなもんだろ」

大分違うと思う。

私の魔素扱いでも、自分のケガがあっという間に消えたことでもなく、爪が鳥肌で伸びるかどうかを話題に出来るルカは理論派だった。

ルカの中にはいつも、些細なことから、面白いことから、まじめなことまで、話題がずらりと用意されていた。最近は負け戦のマシな終わらせ方を一生懸命考えているようで、私の意見まで聞きたがる。変わった子だ。

その後も、ルカは懲りずに何度もやって来た。

ミケがボロボロになっていると、痛そうな顔をして、
「あのさ、なんでそんなことされてんの?怒れよ!ちゃんと怒って、やめさせるか逃げるかしろ。それができないなら、俺をつかえ。それとも、怒れない理由でもあるのか?」
と聞く。

「大人の事情」
と答えると、ちょっと軽蔑気味の視線を投げてきた。
視線から、当初の同情要素が完全に消えている。

たぶん、あのとち狂った治癒、というか魔素ぶっかけで、私が魔素だけでは無くてごくごく微量だけれども魔力もあって、周囲が思っているよりかは色々できることがバレたのだとおもう。
理由があって、逃げないことも。

それでもルカは、何ごとも他人に強制しないタイプのようだ。
金やら逃走用具やらを身に着けて、わざわざ鎖をといた私の側で昼寝をし、何も取られていなくても、文句も言わず、舌打ちひとつで帰っていく。

14才の若さで国の尻ぬぐいを押し付けられた経緯がなんとなくわかる気がする。お人好しで、有能で、しっかり打算もできる、いい子だ。

一週間ほどして。
しばらく現れなかったルカが、とても公妾のところに来る恰好とはおもわれない戦闘フル装備であらわれた。

あいかわらず、緊張感のない顔で、手土産の食べ物をもって。

そのくせ、

「なぁ。ためこまれまくっている主砲用のミケの魔素、俺が使っちゃダメ?」

って、聞いてくる内容が、初めから不穏だ。

「だめ」

ミケは即答したが、ルカは聞こえなかったかのように畳みかけてくる。

「あんたに酷いことしたやつらは、まとめて俺が泣かすって約束するからさぁ。人助けだとおもって、な?」

甘えた声と対照的に、目が、本気だと言っていた。
この子が、主砲を打つのか。

「人助けに使えるものじゃないってば」

黒い炎に焼け落ちて欲しいのは、ミケの手をすり抜け続ける無能力王ティムマインであって、この子ではない。

「この国もちゃんと壊す、ってば。あ、あと、これ。鎖の鍵と、牢の鍵と、ドアのカギと、門の鍵!」

じゃらりと突き出された鍵束には、血がついていた。
看守から、力ずくでとってきたのか。

「・・・にげろって?」

「ご名答!わるいけど急いでくれるか。できれば今。んで、2日以内、いや、できれば1日で王都からはなれてほしいんだ。最悪でも王城からは出て。んで、行くところがなければ、ムロをめざせ。普通の人間は谷を通れなくなるけど、多分ミケは通れる。あと、迷宮回廊は俺の部下がうじゃうじゃだから気を付けて」

指示がずいぶん具体的で、彼に止まる気がないのがわかる。
何度か言葉を交わして、この子が勝ち目のない戦いをぐずぐずと続けて行くことに反対なのも知っている。
多分うまい負け方でも考えついたのだろう。

だが主砲には、荒れ狂う魔素が限界まで溜められており、敵だろうが味方だろうが漏れなく焼き尽くす気まんまんだ。

ルカを死なせたくはなかった。シェドを思い出させてくれた恩もあるし。数年ぶりの会話も楽しかった。

はふ。
仕方がない。ティムマインの国が亡ぶなら、いいことにしよう。ティムマイン以外の大物は仕留めたあとなのだし、あ、王の側近だったアドリスはまだ残っているなぁ。ティムマインに繋がるかと泳がせていたが、見捨てられたのか王からの連絡はとんとない。
んー、まぁ、半分心が折れた小物だし、ムキにならなくてもいいか、と強引に自分を納得させて。やっとルカにネタをばらす。

「主砲は、打ったが最後、射程距離の数倍は前後左右かまわず吹っ飛ぶ。逃げるのはあんたの方」

この国の残り物も、シェドに殉じさせてやろうかと思って。少々細工した魔素をつっこんだから。

だが、ルカには、驚いた気配も、悔しがる気配もない。

「あー、やっぱり?そうじゃないかと思ったけどさ、自分からばらしちゃだめじゃん。ミケ、頭悪いなー」

「・・・。知っていて主砲を撃とうとするあんたの頭の方が残念だよ」

「俺の頭は、精密機械並み!・・ミケが、わざと逃げなかったのも知っているし?」

「あー、こないだ魔素まみれにしたからね、バレたかなとはおもった」

「うん、いろいろ腹が立つことがあって、復讐目的とかかなーって。でもさ、この国にもいいヤツとか、環境が許せばいいヤツになれそうなヤツとか、失敗したけどいいヤツになれたかもしれないヤツとかいるからさ。半分ぐらいは、ゆるしてやってくれないか」

「怒れって、いったくせに」

「わかった。今逃げたがっている人間の三分の一だけでいい!5万人程!」

「そういう規模の人数のはなしだったの?!」

「いや、そこでつっこむのか?!元気だな?!」

「ルカもね!まじに逃げてよ?」

「こっちのせりふだ!」

そうしてルカは、ご丁寧に、牢の鍵まであけて、何度も振り返りながら出て行った。
看守も、戻っては来なかった。


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