手負いですが恋愛してみせます ~ 痛がり2 ~

白い靴下の猫

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7 なんだってそこまで煽る

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「お前、いくら何でもシューバに甘すぎないか?いい加減体に障る」
苦々し気にさとるが口を出す。
「んー、まぁ、本人が凹みそうだし、あんまりひどいことはさせないから大丈夫よ」

どこが大丈夫だ。
肩のケガは一向に治らないし、細かい傷は増え放題だし。
とてもあかりがコントロールできている範囲には見えないのだが。
そもそもシューバ本人が全くコントロールできていない。完全に暴走。

あかりに甘えながら、あかりに捨てられた傷に翻弄され、あかりへの執着でがんじがらめだ。
マジにやめとけ。そう思うのに。
十数年来の癖であかりの行動を強引にとめることができないさとるだった。


「シューバ君、来たよ?」
ミギとペギに出迎えられながら、あかりはシューバの屋敷に入る。
「・・・なんで来た?」

玄関のすぐそばに、シューバは立っていた。
「え?来いって言わなかったっけ?」
あかりが、日にちを間違えたっけか?とでも言いたげなかおで返す。
「言った。が、来るとは思わなかった」

玄関で待っていながら説得力がないのではないかとあかりは思う。
「あー。会いたいから来たよ?」

あかりの肌に爪を立てながら、あちこち噛んでしまうようなキスをしても、あかりは怒らない。まるで15のガキをあやすように、シューバの肩をさする。
だから、今日も、シューバは止まれない。

部屋に戻ると、シューバは袋にはいった注射器を開けた。
ラベルも張っていない怪しげな薬瓶から、シリンダに薬液が吸われていく。

何の説明もなく注射器を突き立てられても、あかりは特に抵抗しなかった。
『いや、頭のいい子だし、幼少期から父親のせいでドラッグ慣れさせられていたしで、数回で倒れるようなもの使うとは思えないんだよな。最近勘が悪いから確かじゃないけどね!』レベルの頓着。

シューバがあかりの腕をおさえて薬液を注射していく。
特に止めようともせず、あかりが注射器の中身が減っていくのを見つめていると、まだ三分の一位液が残っているのに針を抜き取って注射器を投げ捨ててしまった。

あかりの方はいきなり毒殺してくるとも思っていないので心中穏やかだったわけだが、打ったシューバの呼吸は不自然に短く早い。

「ちょ、ちょっとシューバ君、ゆっくり息して、ゆっくり」
なんだってあかりのほうが慌てるはめになるかな。

ひとにドラッグの類を打っておきながら、自分が過呼吸気味になってどうするよ?
ほんとうに18なのか?どっかで発達折れた?
シューバ君15のころはもうちょっと理性的だったよ?!
うわあ、発達折ったの私だったらどうしよう。

頭の隅では、わかっている。
今のあかりは、頭をあちこち磁力メスでいじっていて、ホンモノではないのだろうと。

『きゅーぶ』関連や大学や政治活動っぽい方の勘はむしろ上がってた気がするのだけれど、ホゴラシュに戻ってから本当に思考がゆるい。
こんなにぼーっとしてちゃ周りの迷惑だし、あとじひと月位で戻す予定と聞いている。
だから、この私は長くはいない。
だから、この私は、シューバに過去をさらしたり、未来を約束したりできない。
その制約が、遠慮になって、余計にシューバを暴走させている。

残った記憶をたどるまでもなく、磁力メスでいじっていない自分は、相当合理的な人間だ。
こんなに執着してくれた子を、忘れる方にいれたなら、それなりの理由があって、多分、そっちが最善なのだろう。
自分で言うのもなんだが、あかりは図々しいほどにメンタルが図太いので、自分ができる最善のことをしたら後悔しないし、たぶん償いもしない。

だが、今のシューバ君を見る限り。
今のあかりは、過去の自分は後悔すべきだと思うし、彼に償いたいと思っている。

どうやら3年前付近の数か月分の記憶と、あかりがシューバに対して抱いていた生々しい執着あたりは、念入りにカットされているようだ。

それでも出会った頃の記憶は残っている。そして残っている感情の方は、正直、恋愛と言うより庇護欲に近い。甘やかしてあげたかったのだ、思い切り。つつきまわしてくる外界の魑魅魍魎共を蹴散らかし守り切り、家族と言われれば家族に、ナイトと言われればナイトに、恋人と言われれば恋人に。望まれるものすべてになりたかった。

そこから、外圧がすごくなって「別れた」というなら経緯も大体推測がつく。
彼を守り切れなくなった私が引いた。ほぼ間違いなくこれ一択。

磁力メスを使ったホワイト・プログラムは、高度だ。一時的にカットした記憶を戻したとしても、今の記憶が消えるわけではない。
変わるのは感じ方、というか、何かが起こるたびに、引っ張り出されてくる記憶が変わるから、メンタルの持ちようが変わる、そんなイメージだ。

恋情と言うより罪悪感に近い、シューバを見るたびに今のあかりを覆ってしまう『償いたい』なんていう感情は、覚えている限り出てくる気配もない。

それから、昔の記憶だと、シューバを反芻するときは、15とは思えないしっかり者の顔か、平気だと背伸びする顔、痛く無いと虚勢を張る顔ばかり思い出していたのだなと不思議に思う。
今は、びっくりするくらい、弱った顔のシューバが脳内に引っ張り出されてくるのに。

カットされた記憶を戻したら、弱ったシューバの顔ばかり引っ張り出してくる私は消えるのだ、と感じる。
それがとても寂しいと思う。今の彼への気持ちが消えることを、とても辛いことのように思う。
だから、今のうちに何でもしてあげたいし、それを急ぐのだ。


「シューバ『君』って、と呼ぶなって言っただろ!」
「あー、シューバ。ちゃんと息して。頭痛く無い?」
「なぜ、あかりがっ、私の心配をしてる!今打った薬、すごく負荷かかるやつだぞ!自分の心配をしろ!」
「げ、そうなの?!」
3年前、本当に何が起こっても不思議じゃなかったので、自白剤やドラッグの耐性をマッドさん達に調べてもらった。
かなり耐性はつよい方だったが、本気で抵抗すると心臓とかが先にやられるから、怪しまれないところで余裕をもって折れるようにアドバイスされた。
心臓大事。

「すごくセックスしたくなる薬だよ!わけわかんなくなる」
そっち?!
おまけに、なに、この違和感。なんでそんなに実感こもってるのかな?!
「ひょっとして自分で試した?倒れなかったでしょうね?体調悪くない?」

確かシューバのいかれた父親が死んで、セジスタン地区の捜査機関が入った時には、シューバの家のドラッグコレクションは、ぎりぎり合法範囲だったはずだ。まぁ、ホゴラシュもセジスタンも、日本に比べればドラッグの規制は緩いけど、それでも、ヘロインみたいな危険なものはアウトだったよね。

変に混ぜたりした?
いや、薬の扱いに自信あるのかもだけど、体調とかもあるじゃない。激務でつかれているだろうし。
完全な1人暮らしってわけじゃないけど、彼の私室にずかずか入り込める人間はいないし、危ないことするな?

真面目に老婆心を出してしまって、思い切りにらまれる。
「試したのは今じゃない、3年前だ」

あー。あの時かな。さとるから聞かされた伝説の事件。いろんな誤解が絡まって、なぜか私が薬の3倍返しすると思い込みながらメイとお尻ぺんぺん実験をもくろんでいた時?

ほんとにやったのか。危ないわー、当時15才!
「そっか。わかった。で、その、そういう事するの、かな?」
「しない。あんたも手を伸ばしても触れられないのがどんなに苦しいか思い知ればいいんだ」
頭の中に、キーンっていう音が響き始めて、心臓が圧縮されていく感じ。
うわ、いかにもクスリだわ。
肌が泡立つ感じはある。
あ、でもこれ、性的快感の云々とかとは違う気がする。

強いて言うなら、押し寄せてくるのは、孤独感とか不安感とか焦燥感とかそんな塊。
さみしい、心細い、誰かによっかかりたい。
周りの景色が水色のゼリーに閉じ込められたみたいに見える。
血液に氷水が流れているような気がする。
さみしい、さみしい、さみしい。

なるほど、普段からセックスで寂しさを散らしている人ならば、セックスしたくてたまらなくなるかもしれない。あかりの場合は、そっち系で寂しさを散らした経験が乏し・・・いや見えはりました、皆無!なので直結しないけれども。

勝手に涙が出ているらしい。
シューバの顔が目の前にある。
「手を伸ばせよ、逃げてやるから!」

あは。
そういえば、こんな夢、この3年で何度見たかなぁ。
どうやら私は、ここ3年近く、ずっと寂しかったようだ。
なじみが深すぎて、かえって安心してしまう。

目をつむっても、涙が落ちるスピードが下がった気がしない。
どれくらい過去に潜ったろうか。
シューバ君、シューバ君、会いたいなぁ。
覚えていてくれるかなぁ。

「おいっ!苦しいのか?返事しろっ!」

あれぇ?いまのわたしはどこだ?
時間の感覚がおかしい。
久しぶりに目を開けると、水色のゼリーの中にシューバ君が見える。

いや、なんでシューバ君がそんなつらそうな顔してるのさ。
まったくもぉ。思い知れとか言っといて。
逃げてやるとか言っといて。
自分から私を腕の中に入れて、手まで握っているってどうなのよ。
ひとがいいなぁ。

本当は私がデロデロに甘やかしたいんだけどさ、もうすぐ消えるから。
出過ぎた真似はよくないね。

きっと、一月後のふつうのあかりが優しくしてくれる。だいじょうぶ。自分で言うのもなんだけど、私ってばいいやつです。

ただ単発の、泣きそうなシューバの顔ばっかり思いだす、カンが悪くてぼーっとしてて、役に立たないくせに何でもしてあげたくなっちゃう今の私は、記憶をカットした副作用だ。

今の想いが消えるのはさみしいけど、まぁ、しょせん暫定版の人格だから仕方ない。
「シューバ君、大好き。消える方でごめんね」
「何言って!・・消えない!消えないだろうが、あかり!!」
「ん。も、ねむい」
ねむい。さみしい。ねむい。
スゥ。



あかりの帰りが遅くなって心配したさとるは、シューバの屋敷まであかりを迎えに行った。
眠っているあかりと、泣きはらした目のシューバ。
こいつ、14のころは完璧な無表情で、いかにも有能な経済人面してたのに。
15で子犬に引きずりまわされる隙だらけの姿をみせるようになって、18でどんだけ泣いたんだとつっこみたくなる顔さらすとか、大丈夫か。
プライベート時間だからって退行しすぎだろ。
自他とも認める、デファクト王様じゃないのかよ。

「あー、あのな。畑里がなんかやらかしたのかもだけど、今ちょっと普通じゃないみたいだから、見逃してやってくれ」
さとるとしては、シューバに腹を立てながら迎えに来たハズなのだが、顔を見た途端、文句を言う気も失せた。

「・・・無理だ。おいて帰ってくれ。今晩はうちに泊める。無体は、しないと、約束する」
無体って、その顔見たらそういう心配には行かねーよ。
俺、いまの表情なら現行犯でシューバが畑里を縛り上げてヤッてるとこにぶち当たったとしても、ドMがシューバで、ドSが畑里だと結論するわ。

「そうじゃなくて、朝になったら、使用人やら会社の人間やらがうろつくだろ。昔みたいな悪意にさらされるには、畑里はいま準備不足なんだ」
昔みたいな。
シューバにキュニ人との婚姻要請の圧力がかかって、畑里がホゴラシュ中の仇のように追われた頃みたいな。
撤退路線を明らかにしてなお、殺すだけでは飽き足らないという煮詰まった悪意で攫われたあの時みたいな。

畑里が、頭の中をいじらなくてはならなくなったきっかけを、シューバは知らない。

「早朝に、私が送る」

はぁー。
正直、畑里も悪い。なんだってこんなに煽る。

「わかった。畑里が起きたら、肩の薬と痛み止め、渡してくれ」
さとるは、小さなポーチを机に置くと、踵を返した。

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