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15 ミンチになりまして

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屋敷にもどると、あまりにほっとして、あかりの手足から、力がぬけていった。
力が抜けると、気も抜けて。
気が抜けたあかりの意識は、減圧されたソーダ水のようで、その中で痛みやら焦りやら怒りやらを含めた情動が、いっぺんに形をとった。

情動が、ものすごいスピードで、記憶に色付けやら肉付けやらを施していく。
日常意識に上っている記憶の数など限られているんだな、と気づいた頃には、なれない暴力的な情動の洪水が、あかりの意識を狩り取っていた。

「おい!」
さとるの慌てた声が頭の中で何度も響く。

心配いらない。記憶と感情がシンクロするためのちょっとした揺り戻しだからと、説明しようとしてあきらめる。もう、口や瞼を動かすのも億劫になっていて。
まぁ、推して知ってください。多分バイタルサインは安定しているとおもうから。



気が付いた時、とはっきり言えるかは微妙だ。
自分の目が開いているのか閉じているのかもよくわからない。

声が聞こえる。
「私では、駄目だな」
と。
シューバの声だ。
いや、何の話か分からないけれど、なにも駄目じゃないよ。ちょっと気絶して体が動かないだけで。
伝えようとジタバタしたら、金縛りの体から意識がずるりと出た気がした。

うわ、臨死体験かよ、横たわっている自分が見えるとか気持ち悪いんですけど。

そして案の定、目のまえでシューバが泣いている。

あー、起きなきゃマズイな。
間違ってこのまま寝続けると、号泣する奴山盛りでは?

無茶苦茶甘やかしたい恋人と、ほぼ家族な神崎家面々と、相性ゴールデンな研究仲間と、うちの子状態の社員と、優さん繋がりの優れもの達と・・・って、我ながら結構幸せ者だな。
うへへへへ。

しばらく悦に入っていたら、視点がどんどん横たわった自分の中にしまわれて、今度こそ、意識が戻る。
と。
げ、あったまいたーいっ、寝たままなのに目が回る、吐く!!
じっとしていられない気分の悪さに体がくの字に曲がった。

ついてくれていたのはさとるだったようだ。
引っ張ってぶっこ抜きそうになった点滴の管を器用に押さえ、クリスタ直営の病院だから安心しろと声をかけてくる。

「・・・あ、れ?シューバが泣いてた気がしたんだけど、あんた?」
「なんでおれが、ぐへぐへ笑いのお前見ながら泣くんだよ。泣いてほしけりゃ、もうちょっと神妙な顔で倒れてやがれ」
「気絶するときの顔選べるようになるほど場慣れしたくない!うー、吐きそ。ま、シューバの前よりあんたの前が吐きやすいな。助かる」
「はいはい。完璧に片づけてやるから、好きなだけ吐け」
さとるの受け答えが軽やかだったので。それから、さとると交代でやってきて世話を焼いてくれたマッドさんの顔も明るかったので。

あかりは、周囲はそう心配してはいなかったのだろうと気を抜いた。
食べたり、吐いたり、眠ったり、笑ったり。
2日ほど、完璧な静養なるものをしたところ、あかりは手足を伸ばしてゆうゆうとお風呂に入れるまでに回復した。

ロビーにシューバが来ていると言うので、てこてこ歩いて階段を降りていく。
あー、そういえば、今度の拉致の実行犯、シューバの側近だったな。
流石に顔を合わせるのは嫌だから、適当にごまかして配置換えしてもらうか。
なんてのんきに考えながら。

そうしたら。
「ちょ、え、あ?」

ロビーには、血の匂いをさせながら固まるシューバと、ぐったりを絵にかいたようなメイとサシャがいた。

ひょっとして、のんびり静養している場合じゃなかった?
さとるとマッドさんにたばかられたと言って過言でない程、外は修羅場だった模様。

「な、にが、あった、かな?襲撃の犯人捜し、してくれた、とか?」
考えつく中ではまだ平和な選択肢をかざしてみる。
背後関係はないに等しい事件だったし、ここまで憔悴するほどのめり込んでくれなくてよいのだが。

メイとサシャは、遠い目をして、そろって不穏な説明を吐いた。
「犯『人』、は、ですね、あー、人だった頃が懐かしいと申しますか・・・」
「えーと、あかりさんを害しようとした二人は、すでに、ミンチになりまして・・」
「私たちは、シューバ様の攻撃範囲が拡大しないように頑張ったと言うか・・」
「直接の加害者の損壊で時間を潰していただけるように、頑張ったと言うか・・・」

こらこらこら、シューバ君?
なにやったの?!
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