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38 喜喜喜悲劇

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磁力メスで夢オチに持ち込まれたレノの口は軽かったと言う。

認識能力と共につじつまを合わせる能力はがた落ちしても、うそが全くつけないわけではないらしく。
レノ自身のことについては妙な見栄はりを繰り返したが、ラノンのことについては動機から心情からげろ吐きに吐いた。

それから、洗脳の中身や方法、今後の計画についてはご自慢というか、だれかに語りたくてたまらなかったようで、脳の底が抜けたように滔々としゃべり続けたらしい。

収穫は多かったといいながら。
尋問を担当したノーキンは、もう、初めから突っ伏して会話を放棄した。かわりに胸やけ感丸出しの顔をしたマッドさんが、言葉を濁しながら、説明してくれる。

う、え。マジに聞くに堪えない。
「な、何なのよ、その変態銀座はっ!ポリシーない訳?!SMならSM、近親相姦なら近親相姦で、あるでしょう?!仁義っつーか、カテゴリー愛みたいなやつ?!」

ぐったりしたマッドさんが、大きくためいきをつく。

「ない、ですねぇ。僕ら、シューバのお母さんが亡くなられたあたりに、ラノンが壊れた原因があると思ったじゃないですか。」

「思ったわよ。奥さん死なせたショックかな、とか」

「大外れ、でした。奥さんは多分八つ当たりで追い詰められた挙句なくなったのかと。その時期にね、ラノンが振られたそうです」

「フラれたぁ?金と権力に物言わせた中年オヤジが若い女にフラれたくらいで・・・」

ぱたぱたと自分手で顔を仰いで、ノーキンが口をはさむ。
「若い女じゃない。青年期から一途に思い続けていた、『カウル』にバッサリ、ざっくりフラれたんだ!」

・・・
「はぁああああ?!あのカウルさん?さとるのパパの?!」

「カウルが優にベタぼれしてさとるが生まれたあたりから、ラノンが壊れた。そこで採用されたのがレノの『神になろうぜ』プロジュクトだな。ミニチュアラノンとミニチュアカウルを作ってその神になるおままごとだ」

一息で言い切って、ノーキンはふたたび顔を伏せた。
「ミニチュア・・・って」

「ラノンの遺伝子でできたシューバと、カウルの遺伝子でできたクルラ、ですね。思い通りにならないカウルのかわりにクルラを痛めつけて、シューバに縋らせて喜ぶ、とか、寸劇いっぱい」

ノーキンを扇子で扇いでやりながら、マッドさんが答える。
「う、げ。げろげろ。」

あかりが、かろうじて擬音を発すると、マッドさんはあかりのことも扇いでくれた。
「そういう訳で、シューバは産まれる前からおもちゃ扱い。20年かけて微入り再入り執念入りで張り巡らされた操り糸はねじれきって、もう、何が何だか」

パクパク。
酸素を求めて、むやみに口を動かしながらあかりは、どこか崩れないかと疑問をひねり出してみる。
「で、でも、クルラの話じゃ、レノとラノンって何年も交流途切れて・・」

「ああ。クルラがカウルの種じゃなくて、デジュの種だってバレたからだそうです。で、クルラは用済みになり、騙していたレノは、洗脳技術が必要になるまで出入り禁止」

なんの救いもないな!

「そ、それで、ラノンの屋敷の恐怖支配につながるわけね・・。裏では俺のこと笑ってるんだろ、みたいな被害妄想に?」

「なったでしょうねぇ。男性愛って、先進国だと大したことじゃないですけど、最下層まで追い詰められた集団だとそりゃぁ、もう、ボコボコの蔑み対象になりますから」

イェニチェリが有名な、オスマン帝国は大金持ちだった。
自由な市民同士の恋愛が一番崇高だ、とか言っていた、市民権があるのは全員男な国はどこだったかな。仕事は奴隷と女がするもので、彼らは暇も金も自尊心も有り余っていた。

逆に、同性愛がばれたら処刑に直結するような国は、貧乏なことが多い。同じ国でも、発展期には高尚なご趣味扱いで、衰退期になると公開処刑行きだったりする。

「ひょっとして、ここって、男性愛者侮蔑国?」
「です。それも、かなり救いがない感じの」

確かにその理屈で行くと、ド貧乏で、女性差別満開で、文化や慣習すら周辺国からつまはじかれたホゴラシュは、最悪だろう。

「あー、袋小路にはまり込んで超認知がゆがんだ男らしさだけがアイデンティティな閉鎖環境・・・」

「です。なのに、蒙から心から啓かれ切ったカウルがラノンに放った言葉は『ごめんね、僕が女でも優さん以外に恋しない』だそうで」

どっしゃんがらがら。
・・・カウルさーん。

「き、き、喜悲劇?」
いや、喜喜喜悲劇!

「笑えませんよね。少なくとも嬲り殺されたクルラとシューバの母親や、玩具にされた2人には」
しんみり顔のマッドさんの胸倉をつかむようにして顔を寄せる。

「少なくとも、私とマッドさんの人生の何分の一かを持ってったのが、モテない中年男が拗らせた失恋の流れ弾だと思うと泣けないわよ!」

マッドはこわばった顔を少し緩め、あかりの頭をそっと撫でた。
「良い言いかえです」と言いながら。
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