海月のこな

白い靴下の猫

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アルト王子に会いに行く

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ミセルはレグラム行きの旅支度をするルウイを見て、ぽつりと言った。
「ついて行ってもいいか」
レグラムの王子、アルト。あったことはないがセリナの子だ。
ケガをしているならすぐにでも看てやりたい。
だが、現実問題として、足でまといだとも思う。この国に、ルウイの強さやスピードについていけるものはいない。ルウイが旅をするときは、各地に配置された連絡係がつかず離れず取り巻く程度だ。
彼女が持つのは、王族が持つはずの力だけではないのだ。
ミセルは、ルウイが育つ過程で、自分をはるかに超える才能や、セリナに勝る輝きや、トールにまさる剣裁きを目の当たりにした。
更に、ルウイは、思念に感応する力がとてつもなく強い。神の思念以外でも。
条件がかさなれば、言葉を使わずに思念をやり取りすることもあった。
真っ先にラウルが気づいて制御の仕方を教えていたのを見ると、隠していただけでラウルにも似たような力があったのだろう。王族の力が。
ミセルの予想に反してルウイは心底嬉しそうに答えた。
「いいよぉっ。ぜひ行こう!すぐ行こう!レグラム王子の傷がまずい場合、ミセルのほうが手術うまいし!」
最善は尽くすつもりだが、デプリが体内に侵入すると、国内でも発狂までに間に合わないことがあるのだ。正直国外では間に合わない可能性の方が高い。
「すまない。邪魔だろうがな」
「そんなわけない、うれしい。久々に諜報活動もしよう。このご時勢、情報力よ!あと、チョコレートの改良。栄養剤とか薬とか混ぜてさ。あ、レグラムは海もパセルからより近いね!実験し放題」
確かに神の船に発展を後押しされた時代はあったのだろう。しかし、すでに十分な技術力のあるパセルは、自力で生き延びていける。
神の船は、あの不健全な試練を持ち込むだけのお荷物だ。
『神の国を向くのは縁起が悪い』何度忠告したことだろう。
うんざりだ。その思いを共有してくれているのは、もうミセルだけだった。

「ちょっとっ。なんで、前線にいるのよ!飛来物のケガは?残留思念タチ悪いはずなのに!」
デプリの残留思念を追うルウイたちは、レグラム国境の小競り合いにまともに突っ込むはめになった。
「デプリが来てからもう一週間です。アルトに刺さっていたら戦える状態ではないはずですが」
「これが、お隣の国との小競り合い?どっぷり戦場じゃんっ」
ルウイは鞘のまま剣を振り回し、危なげなく進んでいく。
ミセルもそこそこの腕前だが、先にルウイが敵の攻撃を叩き落としてしまうものだから、剣は構えているだけ。息の上がりようもない。
「前のサクシア王が亡くなりましたからね。ケセル王子、いや、新王の戴冠記念ってとこでしょう」
「それって、わざわざレグラムの王子様が、つきあわなきゃいけない戦場なわけ?」
「まぁ、普通に考えれば違うでしょうねぇ。一度ひき返しましょうか。ちょっと、状況が読めない。」
「・・・でも、近くに居るのよ。ちゃんと持ちこたえているわ。飛来物も抱えて・・・つーか、いた!離れるよ、ミセル!」
ルウイが走り始める。
視界が割れて、その中心に、右肩だけに武具を付け、左手に剣を握った男。彼の周囲を厚い雲のような残留思念がぬめぬめと躍動している。
“狩れ、狩れ。どうせ最後だ”
黒く、卑屈で、腐った喜悦。
げえっ。きもちわるっ。
大じょぶかよ、あの男。それとも、同化しているのか?
どす黒い悪意の雲への嫌悪感がルウイのスピードを落とさせ、その分で、ルウイは男を観察した。
・・・強い、な。怪我を感じさせない。
おまけに、戦列に気を配って指示がだせている。同化どころか完全無視だ。
それでも、時たま頭を振っているのは、残留思念が邪魔なのか。
「リュート、あんまり離れるな!」
はたから見れば十分強いが、本調子ではないのだろう、戦いになれていない一群を後ろに下がらせようと、若干の焦りが見える。
「あー、うるせぇっ。おい、耳栓になるものもっていたらかせ!布でも綿でもいい!」
たまりかねたように、剣をもってはいるが4~5人でおろおろとかたまっている従卒に向かってさけぶ。
耳栓?
ちょっと待て。そんなことしたら、外界の声がシャットアウトされて、残留思念の声しか入らなくなるぞ、逆効果だ。
観察してる場合じゃないか。
ルウイはもう一度走り出した。
男は、差し出された綿を左手でひっつかみ、剣を右手に持ちかえる。
そのまま、降り下ろされる剣をはねとばそうとして、バランスが崩れる。
ああ、右に怪我があるのはまちがいない。
ガキッ。
あ、やば。男の心の声が聞こえるようだ。剣が折れた。
「王子!」
叫び声と共に、リュートと呼ばれた美人が自分の剣を投げる。
耳栓をはめ終えた左手でつかみ、一閃。
あら、危なげない、と感心するのも束の間、剣を投げた美女のほうが、丸腰のまま追い詰められていく。
こらこら。
どうかんがえても、これじゃ、あの男のまえに、美女が死ぬでしょうか。
男が舌打ちをして、美女に近づこうとするが、ちと遠い。
仕方なくルウイは向きを変え、美人のまわりの兵士を蹴たぐり倒した。
はね飛ぶ敵の剣をすくい上げて、美女に差し出す。
「ほい。使えんでしょ」
見たところ、美女の剣の腕は中の上、といったところか。
それでも、我に返って剣を受け取るまで、何秒もかかるあたりが危なっかしい。
完全に、死を覚悟していたのか、虚脱した顔だった。
まだ二十代前半だろうに。年頃の美人がもったいない。
美女の動きが安定してきたのを確認して、ルウイはぬめぬめの雲に滑り込んだ。
うげぇ。食あたりしそ。
背後で、敵がなぎ倒されるたのに気づいて、アルトが緊張した顔を見せる。
「敵じゃないわよ!美女助けてあげたでしょっ」
ルウイが叫んだ。
アルトは、微妙な顔をした。
そうかも、とは思う。
敵だったら、倒されていてもおかしくない間合いだ。
「じゃ、なんだよっ」
「このぬめぬめ声の掃除屋よ!」
驚いたのか、アルトの動きがほんの少し鈍くなる。
ルウイはその隙に、男の前にいた敵を殲滅した。
「あ、なにしやがんだよ、てめっ」
得意分野でいきなり他人に前に出られて、ムッとしない男は少ない。
ルウイのほうは別に怒っているわけではないのだが、耳栓越しと思うと、つい怒鳴り声になる。
「いや、耳栓しちゃったからっ。まともな判断できなくなると思ってっ」
「なんでだよ。嘘とホントが混ざるからの面倒だろ。耳栓したら全部無視すりゃいい、簡単だ!」
そうかぁ?
二人は、怒鳴り合いながら、敵と切り結び、最前線に踊りでる。
強かった。
ひょっとすると、敵は思ったかもしれない。「完璧な一対」と。
「退却!退却!」
戴冠記念にケチがついては堪らない、といったところか。
敵はあっさり引いていった。
しかし、ルウイたちの怒鳴り合いは止まらない。
耳栓を引い抜いてなお声が大きくなる有様だ。
「強引すぎるだろ!女がでしゃばっちゃいけねぇとかのテクはねぇのかよ!親の顔が見たいわ!あの男か!」
ミセルを指さす。
「ええ、ええ、いい顔の男性でしょ!うらやましがれ!」
「なんで俺が!」
「お姉ちゃんか、恋人かしらないけど、よてよての美女に剣投げてもらいおってからに!あんたの腕でいらんでしょうが!」
「頼んでねーしっ。投げ返して、掴めるんなら、返してるよ!」
「勘違い男!」
「ファザコン!」
初対面とは思えない応酬の横で、恐縮しながらミセルが美女と言葉を交わす。
「どうも。遠慮のない主で」
「こ、こちらこそ」
それより・・・と、怪訝そうな顔で美女を見るミセル。
「・・・リュート殿と仰るのですか?」
「はい。リュートでございます」
「アルト王子のリュート殿、ですか?」
「アルト王子の従者のリュートでございます」
悲しそうな、それでもほっとしたような、答えだった。
そうか。ミセルは納得したように小さく頷いた。
「失礼いたしました。ミセルです。医者をしております。広がっておりました不穏な気をたどってまいりましたら、アルト王子につきました。異物は、体内に残り、傷は塞がらず、重篤なはずと見立ててまいりましたが・・・お元気そうですね。我々が不要であれば下がりましょう。」
美女は、ミセルが話し始めてすぐ目を見開いた。そして話終わる前に、胸の前で手を組み、崩れるように膝をついた。
「いいえ、いいえ。ご診察をお願い致します。医師様、どうか・・・」
ぎょっとしたように、男はルウイとの掛け合いをやめて美女に駆け寄る。
「リュートっ。誤解を招くよーなこと言うんじゃねーよ!おれは元気だ!」
いいえ。いいえ。リュートが繰り返す。
「どこの馬の骨に俺のカラダ触らせる気だよ!このセクハラリュート!」
「命張ってもらった美女に随分な暴言じゃないのよ。もてて当たり前かよ」
ルウイが参戦する。
「何の話だっ。俺はこんな謎の医者に体見せる気がないつってんだ」
「乙女なこと言ってんじゃないわよ。隅々みたりしなから出しなさいよ。たかが肩と背中じゃない。歳いくつよ! 」
「十七だ!じゃなくて、てめーの論点が気にいらね・・」
再びどつきあいにはいりかけて踏みとどまったのは、患部の位置を指摘されたからか。
「・・そもそも、誰だよ、お前。」
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