海月のこな

白い靴下の猫

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ケセルに会う

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気がつくと、簡単に手を縛られてはいるが、柔らかいベッドに横たわっていた。
まわりをごつい顔が十人も取り囲んでいるだろうか。
あまり寝顔を見られたい面構えではないなと思っていると、面構え的に“わりとまし”な若造が、口を開く。綺麗な赤髪で透き通った緑色の目。
偉そうだし、賢そうだし、ま、悔しいことにアルトよりもオーラがあるかも。
こいつがケセルだろう。
「ようこそ。随分派手な訪問だな。先師だと?」
「多分」
ルウイの答えに、ほとんどの男の目つきが厳しくなるが、ケセルはくすりと笑った。
「先師は緑の髪だというが?」
「そうですか。アルト様の愛人を先師と呼んでいるのかと思っておりました」
悪びれずに答える。
「先師ではなく、アルト王子の愛人、か。取り返しにきたと?」
「数ならぬ身でございます。そんな大それたことは考えておりません」
「その割にはなかなかの演出だったな」
ケセルが燃え残った火縄を、自分の指にぶら下げる。
えらいな、堀の中から取ってきたのか。
「さて、どうしたものかな。私が欲しいのは本物の先師か、さもなければアルト王子の弱みになる人間だ。そなたは両方だという。まぁ、価値は試してみればすぐ分かるだろう」
ケセルはとなりのひげ面にむかって
「水ものまずに寝てばかりいるアルト王子にご起床願え。ケセルが世間話をしたがっているとな。それからこやつを引っ立てろ」
話が早くて助かるわ、ケセル王。いそがないと、ミセルがキレるし。両側の男達に引きづられるままについていく。
ドアを開けると、あまりにあっさりとアルトがいた。
部屋の奥までざっと15歩。
適度に趣味の良い調度品のなかに、足を鎖に繋がれて、ふてくされたような寝起き顔だ。
窓は小さく、腕が一本はいる程度か。その代わり鉄格子はついていない。
ケセルは、部屋の真ん中で止まると、アルトに声をかけた。
「ご機嫌はいかがですか、王子。お休み中に申し訳ないが、この女が、アルト王子に合わせろというのですよ。自分は愛人だとね」
アルトがぼんやりとこちらを見る。
”ば・か”
思念を投げる。
びくり。
まだ10歩分は離れているのに、アルトの肩が震えたのが見えた。
それから、恐る恐るといったふうに焦点が合っていき、黒髪に惑わされることなく、こちらを観た。これなら通じるだろう。
”し・ら・な・い・お・ん・な・だ・と・い・っ・て”
みるみるうちにアルトの顔色が変わる。
ケセルは当然その変化を見逃さなかった。
「ほお。全く知らぬ仲というわけでもないのですかね」
「知らない」
呼吸すらままならないような声で、アルトが呻く。
「そうですか。それでは、この女は不埒ものですかね・・・吊るせ」
ルウイを縛った手のまま、吊り上げさせると、腰から鞘ごと剣を外し、数センチだけ刃をだしてルウイに向けた。アルトが息を呑んだのがわかる。
”ま・す・い・の・ん・で・る・い・た・く・な・い・き・に・す・る・な”
「もし仮に本物だとしたら、どこが気に入ったのでしょう。顔でしょうかね?」
そう言うと、なんの躊躇もなく、ルウイのこめかみあたりを鞘で打った。血が頬を伝う。
「それとも体?」
ケセルが、歩きながら、ルウイの背や胸を容赦なく打ち据える。
アルトは動けなかった。目をそらすことすらできない。
舌をかんで済むものならば、どんなにか。
助けてくれとケセルに屈服して済ものならば、どんなにか。
だが、ルウイの指示は違う。
ルウイの顔と体が血に染まり、ケホッっとわずかな咳をして動かなくなると、ケセルは刃をあてて服を割いた。
やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ
アルトの顔は脂汗だか涙だか鼻水だか、判別できない液体でぐじゃぐじゃだった。息がまともに吐けなくなり、気づけば地べたに膝を付いていた。
「いいでしょう。この女が何を知っているかは、ゆっくりとこの女に聞くとします。役得ですかね。たまには切り刻みながら味わうのも悪くない。もし、最後にこの女を楽しみたくなったら、言ってください。真夜中でも我々の寝室にご招待しますよ」
アルトに恫喝を加えながら、気絶したルウイをおろす。
「それから、彼女からの伝言です。水ぐらい飲みなさい」
そう言い捨てると、ケセルは兵にルウイを引きずらせ、アルトの部屋を出た。
扉の内側では、しばらく嗚咽と胃液を吐くような音が続いていた。
アルトの視界を外れると、ケセルは先程までの踏みつけるような扱いが嘘のように、自らルウイを抱きかかえてベッドへと横たえた。
手首の縄をとりはらい、手ずからやわらかい布で汗と血を拭いてやる。
服を割いたとき、脇腹の大きな傷が見えた。
傷が半ば開き、周囲に変色広がっている。
戦場での経験から、あの傷で無理をすれば間違いなく死ぬ、というより、生きている方が不思議だとわかる。
それに。アルトの反応は激烈だった。
正直、驚いた。
ケセルにとってのアルトは、それで無能なふりをしているつもりかと説教してやりたくなるほど理にかなった動きをする男だった。
それがあんな顔をするとは。
この女が、かなりの大物駒であることは疑いない。出来るだけ長く生かしておくべきだ。
医官に手当をさせているあいだに、ルウイは目を覚ました。
ケセルがベッドに腰を下ろして覗き込む。
「価値はあったようだな。名前は」
「先師、ということで」
気が付いてすぐだというのに、声のトーンも態度も、先ほどと全く変わらない。たいして痛めつけたわけではないが、血まみれにされた方としては恐怖で、痛みも増幅して感じるのが普通だ。どういう精神構造をしているのかと、つい個人的な興味がわいてしまう。
「ふん。死にたいだけなら、来るべきじゃなかったな。あいつの苦しそうな顔をみたか。俺は構わんが奴には迷惑だろう」
「恐れ多いことでございます。一目、お会いしたいだけでした」
「嘘だな。その傷で動ける女がそんな程度なはずがあるまい?何を考えてきた」
ルウイの目が、怪しげに輝くのを見て、ケセルが口の端を上げる。
「起こしていただいても?」
ずうずうしく、ケセルに手を貸させて半身を起こすと、まっすぐに割かれた衣服がはだけた。
ち、と舌打ちして服を押さえたのは、ルウイではなくケセルだ。
気にしてくれるわけか、人の好い。ルウイは、面白い奴、といわんばかりにケセルを見る。そういえばさっきも顔は鞘で軽く打っただけだ。派手な出血は、鯉口をきってところどころにあて、軽く切り傷をつけたせい。殴打でここまで出血したら相当なダメージなはずだが、ずいぶんと気を使ってくれる。
ルウイはケセルの観察をやめて、上着の裾を合わせて胸元が隠れるように結んだ。
「水を飲むか?」
麻酔のせいもあって思うように手先が言うことを聞かない。イライラしていると、ケセルから水が差し出される。
あれだけ手加減したくせに、心配そうな顔で覗き込むのはやめてくれるかな、調子が狂う。
「いえ。話の続きを」
「ああ、そうだな」
もう、どちらが話の主導権を握っているのか不明だ。
「私はアルト王子の生存を獲得しにまいりました。本人がお売りになるつもりがないようなので、私がレグラムの機密を売ります」
「機密を売る?本人の意に反して?」
「はい、売ります。アルトさまを生かしていただけるなら」
「ふうん。期待してしまうな。何を持っている」
「まぁ、色々と」
部屋を見回すと、先ほどの火縄の燃え残りが放置されている。
「ああ、あの灰をお借りしましょう。器にに水を張っていただけますか?」
ケセルは黙って、水差しの水を盆にこぼした。
「燃え残りの灰をこちらに」
ルウイは黒く変色してしまった濡れた火縄を受け取ると、袖口ごしに握って、内側の灰をこすり取り、盆に浮かべると残りは水に沈めた。
「火をおつけしても?」
「・・・これにか?」
水をすった燃えかすにしか見えない。
ケセルが明り取りの火をとらせようとするのを遮って、水盆を袖で覆う。
それから、薬剤をなすりつけた紙を、袖口のボタンに小刻みに擦りつけた。
袖の内側でシュシュッという音がして、火花がでたと思うと、水の中に浮かんだ灰がいっせいに燃え、沈んだ縄にまで燃えうつった。
ケセルが目を細める。
「まさしくセグアイ戦の火だな。火が意思をもって船に向かっていったといわれているが、はじめから水中に仕込んでおけたわけだ」
にっこり。
発明品の使い方に想像力が働くのは良いことだ。
「あなた様の軍の馬が何故逃げたか。兵士が呼吸すらままならなくなった理由。アルト軍の多様な狼煙。王城からの秘密の脱出路。まだまだありますが・・」
交換条件にされる情報の『目録』だけで、本物だとわかる。何がケセルの興味を惹くか正確に知っていること、それだけで、国内事情にも他国事情にも最深部まで精通していると見せつけている。
ケセルがルウイの首に手をかける。
「確かに欲しいな」
ルウイはケセルの手を外そうとすらしなかった。
「たった数日の命のためにしゃべると思われますか?」
ルウイの額を伝う脂汗にハッタリは不要だ。
「どうしろと?」
「答えを木箱に収めて、数箇月ごとに海に投げ入れるように指示してきました。アルト王子に、海流の読み方と、接岸予想地点を教えます。王子が生きていれば受け取れるように。王子と二人で会わせていただけますか。私の命のあるうちに」
「・・・よかろう。明日の朝にでも取り計らう。」
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