海月のこな

白い靴下の猫

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緑色の髪

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「お腹減った~」
ひとしきり、悶絶を済ませると、ルウイはよく食べた。ミセルが逆に心配して、わざわざ自分で消化の良い食べ物を指示しに行くほど。
「んで、どうなっているのよ、世間は」
「世間~?」
ルウイが戻ったのは嬉しいけども、ルウイがミセルにばかり抱きつくものだから、アルトはむくれたままだ。
「パセルは?ケセルのとこのサキは?ヨナとサジルは?」
「そっちかよ」
「なによ。コレクターは撃退してくれたんでしょ?この私に無理やり口割らせたんだから、当然解決済みよね」
「自白誘導やったのはミセルだろ!」
「そんでも聞かれたくないのは、あんた絡みだったの!あー、もう、一生の恥~!」
ちょっとだけ、アルトの声音が変わる。
「何が聞かれたくなかったんだよっ!色々隠した挙げ句、最大限追いつまりやがって!」 
どんだけ内蔵がひっくり返る思いをしたと思ってやがる。どんな思いで傍にいたと?
本気で思いの丈を吐き出しそうになる。
「やっさしくなーい!」
「どっちが!だいたいお前、なんでまっさきに王廟開けようとしなかった?」
ルウイはちょっと目を泳がせたあと、
「あたしは医者じゃない!胎児の生殖細胞を発生させて受精卵つくれるなんて知らなかったの!」
と言い、べーっと舌を出して、松葉杖を駆使して走り去った。
「あ、まて、この」
アルトが追いかける。
ドアから出た途端、ミセルに抱き留められる。
「うっわ。なんで、お前と抱き合わなきゃならねーんだよ、まったく」
「ルウイを走らせないでください。なに興奮させてんですか」
アルトが軽く両手を挙げて一歩下がり、ミセルを部屋へ入れた。
「なぁ。あいつは、本当に王廟あけること考えなかったのか?」
「そんなはずないでしょうが」
「同族売りたくなかったからか?それともあいつのいうように『胎児の生殖細胞で発生させられるなんて知らなかった』?」
「嘘ですよ。ルウイは、私よりも生物学は詳しいですから。物理はダメですけどね」
「じゃぁ、やらなかった理由は?」
ミセルがじろりとアルトを見る。
「王廟に近づいたら、センサで自分の他にTの標本がいることがばれるかもしれない。それが嫌だった。胎児の性別が分からなかったから」
「は?」
「記録では全部妊婦と書かれている。お腹が大きかったからです。で、おなかが目立つぐらいになれば、もう胎児の生殖細胞は卵か精子か運命づけがされています」
「??わかるように言えよ」
「ハンターたちにとっては受精卵の需要が一番高かった。だから三体の妊婦の子供が全部女の子だったら、結局男性サンプルが必要になる。ルウイはそれが、あなたや私だと確信した。だから、どうしても自分のとこでけりをつける気だった訳です」
「つまり、俺らのため?しかも、胎児に男がいれば済んだ話で、三人とも女な可能性は八分の一?十中八はあたるのに?」
ゆるせねーだろ!
「ですね。それでもあの子はよう賭けなかった。私は何の罪悪感もなくあなたの分もまとめてかけましたけどね。大手術に百パーセントの成功なんてありませんし。あなただったらルウイを賭けますか?」
・・・無理かもしれない。
「それでも普通、頼ろう、使おう、相談しよう、とかってあるだろ?」
「ま、あなたに関しては、強引に婚約者になったからなるべく迷惑をかけたくないとおもっている節がありますからね。コンボだそうです」
「コンボ?」
「弱った隙の幻覚剤で、強引に体の関係に持ち込み、その結果婚約をもぎ取ったのをコンボと呼んでいるらしいですよ」
一瞬誰の話か分からなかった。いや流れ的には第三者の話でないことは明らかなのだけれども。
「・・・。ちょっとまて、どうやったらそう思える?!」
「さぁ?あなたが本当に好きなのはリュートだと思っているか、付き合ったのはそのコンボのせいと思ったか。ああ、あなたに洞窟で手を振り払われたから振られたようだと、言い出したときには、さすがに情緒の発達が不安になりましたね」
・・・・
「うそだろ、あり得ないだろ、分かるだろ!」
どこをどう切り取って継ぎはげばそんな誤解ができるというのか。
いや、ルウイを目に入れても痛くない状態のミセルでさえ情緒の発達を不安に思うぐらいだ。第三者視点ではもう、人食いアメーバに脳と心のやわらかい部分を喰われていても驚かない。
「父親の心情としては、娘が泣くのでなければ、娘の恋路など潰れてOKです。ルウイは、今のところ辛そうでもないし、コンボに至ってはむしろご自慢?なので、どうでもいいかなと」
「いいわけないだろー!」
ぜってーいじめだ!舅の婿いじめだ!

三人は、そろってレグラム城への帰途に就いた。
その間にもルウイの生命力はみるみる増して行った。

久々のアルトの帰国でもあったので、レグラム城の広間はアルトの軍上層部も顔を連ね、なかなかの混雑ぶりだ。
ヨナも出迎えに出ている。
レグラム王は、ルウイを見て眉をしかめた。
珍しくベールを付け、光沢のある緑の薄布を翻しながら、アルトとミセルを引き連れるようにして先頭を歩く。まだ右足がほとんど動かないくせに、腰に括り付けた杖を使って、颯爽といって差し支えない動きをするのだ。
はっきり言って、誰よりも目立つ。
「立場をわきまえられよ、パセルの姫よ」
レグラム王の頭の中では、ルウイは正妻となるべきヨナの劣位だ。
こういうことは公の席できちんとしめしをつけておかなければならない。
ルウイはレグラム王に同意するように軽く頭をさげた。
だがヨナは、ローや王の面前で、アルトすら差し置いてルウイに跪いた。
「お帰りをお待ち申し上げておりました。ルウイ様」
「お疲れ様でした、ヨナ姫。配下の気持ちは固まりましたか」
「はい、問題なく。サジルも本日中には戻ります」
「結構。ケセル王の新婚旅行まで間がありません。同盟の打ち合わせでは、パセルの最高評議会はミセルに、シヨラはあなたとサジルに代表してもらいます。メンバーがそろい次第はじめましょう」
「はい。ルウイ様。準備いたしております」
そこへ、来客を告げる伝令が入ってくる。
「サキと申す女が広間への入場を願い出ております。ルウイ様への急ぎの要件と」
王は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「サキは、ルウイの侍女であろう!なぜわざわざ取次を立ててまで、公の場に乗り込んでくるのか!」
ルウイが薄く笑う。
「ご冗談も程々に。サキはケセル王の名代。新婚旅行前にセグアイの軍の動きが騒がしいので、そのご相談では?どちらにせよ、サクシアの伝令はせっかちでいらっしゃるのでお待たせできません」
そこへサキが早足で入ってきて、王に形ばかりの略礼を施してルウイに話しかける。
「ルウイ様。ケセル王が気をもんでおられます。レグラムから移られるのであれば、早急にご連絡をとのことです」
「分かりました。もうすぐサジルが来るので、あなたも会議に参加しなさい」
「はっ!」
ローが、口の端に泡をためて毒々しく口を開いた。
「サジル、サジルとよくも連呼できたものだな。サジルとそなたが情を通じたとの嫌疑が上がっておるのだぞ!」
ルウイはすこし首を傾けただけだ。
声をあげたのは、ヨナだった。
「我が母に何の嫌疑ともうされましたか?」
「あ、いや、ヨナ姫には関係な・・」
「サジルは、代々シヨラ王家に使えた名門の家長にして、私を生んだ母にございます。私とアルト様を引き合わせ、シヨラの窮地を救うために奔走しております。これ以上の係りがございましょうか!」
赤くなり、青くなり、喉に石でも詰まったような音を出すローに、処置なしという顔をして、アルトが口を開いた。  
「ご無礼は平にお詫びする、ヨナ姫。我々の連携に妨害を試みた者には必ず責任をとらせます。どうぞご容赦ください」
ヨナは、あっさりと引き下がった。代表者はあなただとでも言うように。
「アルト王子を信じます」
ルウイも、レグラム王やローたちの上に威圧的な視線をすべらせながら、アルトのほうへ向き直った。
「さて、アルト殿。貴国では、私とレグラム国の過度なつながりを嫌う意見が多いとのお話。同盟から抜けられるなら止めは致しませんが・・・個人的には惜しいことでございます」
そう言うとルウイはベールをはねあげ、公衆の面前で、アルトの頭を強引に引き寄せた。あからさまに周囲を煽るようなキス。アルトは全く予測していなかった。

こいつわ!今や手さえ握り返してこないくせに、目的さえあれば平気でこういうことをしてくる!
動作こそ乱暴に引き離したが、アルトの表情からは明らかにルウイへの執着が見て取れた。特に、アルトの軍の仲間にはとっては、先師の死後、見たくても見られなかった顔だ。

くす。
ルウイは、アルトの軍仲間の方に向き直った。何人かは、ともにケプラ洞窟の雪山を超えたメンバーだ。
そして、ルウイが凛とした声を張り上げる。
「ご無礼をいたしましたが、最後かもしれませんのでご容赦。アルト王子に神のご加護を!」
月に愛された、その声。
跳ね上げたままの薄緑のベールが広がって、緑の髪を思わせる。
アルトが思い切り顔をしかめた。
やられた。こいつ、わざとだ!
軍部最前列にいたジュラの目がまん丸に見開かれる。
「せ、せん・・」
アルトが厳しく制した。
「ジュラ!」
ここで、先師がルウイだと王にバレたら話が進まなくなる。
ジュラはかろうじて言葉を飲み、アルトの危惧も理解した。
だが、ルウイに先師を見たのは、自分だけではないことは気配でわかる。
だめだ、これは。先師コールが起こりかねない。なにか別のことを叫ばせるしか思いつかなかった。
「あわせろ!」横にいたパージィの腕をひっ掴み、ジュラは意を決して叫んだ。
「る、ルウイ様万歳!」
パージィとパージィにさらに腕をひっ掴まれた仲間がつられて叫ぶ。
「ルウイ様万歳!」
あとは、広がる一方だった。
ルウイは、優雅に頭を下げてベールをおろし、アルトと王達を残して裾を翻す。
ミセル、ヨナ、サキを付き従えて歩くルウイの姿は圧倒的だった。
まさに世界の中心。金の髪がついていくべき道を示す。
その中心が、広間から出ていく最後に、つけたしのようにアルトに声をかけた。
「サジルの到着までならばお待ち致しますので、お好きに。あなた以外に優秀な後継者がおいでなら、私は駆け落ちでもよろしいのですよ」
こんのやろ。
場の流れは決していた。
アルトがしぶしぶ手を挙げて答える。
「どの結論にせよ、長くは待たせない。面倒をかけた」
誰もがアルトの決断を待っていた。
公に、国の方向を決める力のあるものが示されたのだ。それはとっくの昔にレグラム王ではなかった。王の排除に流血もクーデターも必要とされなかったし、実は皆が知っていたのだと、安心と共に広間中が共感した。
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