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第二章

16.聖女という名の背徳者

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「トウカ、口を開けなさい」
「はい・・・・・」
あのお仕置きから、スエムとの授業が変わってしまった。
授業の前に、スエムはトウカに口付けをする。トウカは、スエムが自分の事を嫌っているのを知っている。
「ちゃんと口を開けて、舌を出しなさい」
「はい」

大人しく、トウカは素直に口を開き舌を出す。
綺麗なストレートの赤い髪が、目の前て揺れている。
両手で頬を固定され、舌を絡ませられ、酸欠になるくらい深い口づけをするスエムに、トウカはアスランを喜ばせる授業の1つだと思っている。
言われた通りに舌を動かすトウカに、スエムは誉めてくれる。

トウカは受動的だ。
優しくしてくれる人間に対して、思慕を募らせる。
「スエム、せん、せ・・・・・・」
とろりとした眼差しで、トウカが口腔内をスエムの舌に犯されている。

まるで恋人同士みたいだ。

大人のキスに慣れていないトウカは、眼差しをとろけさせ、とても艶っぽく見え扇情的だ。
子供のトウカを、汚して無理に大人にしていく高揚感。
トウカに触れる度に、自分が酷く興奮している。


スエムは、トウカをお仕置きした日、自分が異常に興奮しているのがわかった。
無い自分の逸物で、トウカを犯しているような錯覚。
離れた後の激しい喪失感。

私は、トウカの〝特別〟になるのではないか?
アスランとはまた違う〝特別〟だ。
トウカは私を慕っている。
その結論に至ったとき、ひどく麻薬にもにた多幸感がスエムを襲った。
もっと、あの青い瞳に自分の姿を写したい。


スエムが夢中になって、トウカの唇を噛む。
「貴方が悪いのですよ?そんな目で見るなんて。アスラン司教にばれたら、私は殺されてしまいますね」
トウカにこんな顔をさせてるなんて。
「駄目で、す。逃げ、てくだ・・・・・・?」
「貴方も一緒に、来てくださらないのですか?」

「え・・・・・?」
トウカは混乱した。
スエムは自分を嫌っているのではないのか?
腰砕けの状態で、ずるずるとスエムに寄りかかりながら、惚けた顔で見つめる。

スエムがぺろりと額に口付けた。
「ちゃんと、私の言うとおりにするのですよ?」
「はひ・・・・」
「私は、貴方の先生なのですからね」
「はい、スエム、先生・・・・」
スエムは満足そうに、トウカの頭を撫でた。
撫でられたトウカは、怒られなかったと、安心したように息を吐いた。



一週間に一度、神殿の隣に建てられている礼拝堂で、上位幹部達のによる説教が行われる。
参加は自由と成っているが、下位の神父達以下は参加することは、必然だった。
ただし、その週担当が数人いて、一日中説教が交代で行われるので、そのどれかに出席すれば許された。
トウカは、いつも人気が少ない昼過ぎのミサを選んで出席していた。
トウカは、神父がいう創世記や説法を聞くのは好きで、あまり目立ってはいけないと言われ脇の方で熱心に参加していた。

「トウカ」
礼拝堂に移動中のトウカは、驚いたように振り返った。
この教会に来てから、部屋の外で人に呼ばれる事はほぼ無かったからだ。

同じ位の年齢の見習いの少年たちとも、遭遇したことはない。
仲良くなったシスター寮の見習いの女の子たちとも、アスランの部屋に移ってからは、見かけることも無かった。
大人の関係者が遠巻きに、トウカを気にしているのは分かるが、誰も近付いて事はない。

アスランの部屋に住んでいる保護された自分は、一体なんと周知されているのだろう?
いつもそんな事を思っていた。

それに移動中はいつも後ろに、離れてスエムが付いてくる。
無表情で歩く姿は、他の神父に挨拶さえ許さない。
護衛と逃亡しないように監視しているのだ。
トウカはいつも、うつむき加減に、足早に移動していた。

「ラウラ聖女?」
顔をあげると、ラウラが、上位門の入り口の横で、手を振っていた。
正装の白と青の詰め襟の服は、他のシスター服と違って、銀の花の刺繍が襟に施されとてもきらびやかだ。
「今からお説教?私もするから、ちゃんと聞いてね」

まるで少女のように、行動があどけない姿は、白神女神に認められた聖女そのものだ。
横にいるサーナが、ため息を付いた。
「ラウラ聖女、威厳を」
「あらあ、私の養い子でしょ。砕けた関係じゃないと駄目でしょう?」
手招きされ、トウカはおどおどしながら近付いた。
「あ、あの」
ラウラが、トウカの手を握った。
「うふふ、お義母様と呼んでもいいのよ、トウカ」
一応、書類上はトウカの養母だ。
「ラウラ聖女は、とても若くて綺麗だから、お義母様何て呼べません」
どまどきしながら、トウカが言う。

「嬉しい事言っちゃって。こんなおばちゃんなのに」
「ラウラ聖女は、とても綺麗ですっ!」
トウカが真っ赤になって下を向いた。
可愛い。とラウラは笑う。
サーナが咳払いをした。
ラウラが顔をあげ、後ろに立つスエムを確認すると、ひらひらと手を上下した。
「終わったら、呼ぶわ」
憎々しげな顔で、スエムが離れた。

「位は私の方が上だから、逆らえないのよね」
話が聞こえない位離れるのを確認しながら、意地の悪い笑みをラウラは浮かべた。

スエムを遠ざけてまで、何をするのだろう?
トウカはぼんやりと見上げている。
あまりにアスランが干渉し過ぎたため、トウカは周りの現状を理解することが出来なくなっていた。

「トウカ、何か困ったことはない?」
「困ったこと?」
「いつも貴方の状態を見るのは、アスランの部屋で横にはスエムがいるわ。健康状態はわかるけど、あんな場所じゃ、言いたいことは言えないでしょう?」
「そんな事・・・・」
手を握られて、恥ずかしそうに下を向くトウカに、ラウラは食指が動きそうになり、サーナがラウラの背を小突いた。
「ラウラ聖女はこう見えても、気にしているのですよ」
「・・・・・・・」

「アスランに酷い事されていない?」
言葉につまりながら、トウカは呟いた。
「・・・・大丈夫、です」
「・・・・トウカ、貴方が将来的にアスランと離れて暮らす事を、私は望んでいるわ」
「無理でしょう」
アスランは、執着する。
そうねえ。とラウラは微笑む。
「アスランは貴方がいることで、狂ってしまったと思っているけど、元々狂ってたのよ。・・・・・女神がね、貴方に会いたがってるのよ」
「女神様?」
中央教会の神は、白神女神一択だ。
ラウラやアスランは、まるで存在する人のように、女神を呼ぶ。

「神殿奥でしか、姿を現さないから」
思っている事をラウラが苦笑しながら言う。
「アスランも私も〝愛し子〟だからねえ。トウカは、全身お姿が見えて、直接話せると思うわ」
にこりと笑う。

上層部は、トウカの魂が、白神女神に関係するものと認識している。
今後、アスランがトウカを手放す事があれば、すぐにトウカは聖人として登録され、神殿で一生過ごすことになるだろう。
外界に出ることは、かなり難しくなる。
白神女神の神託がトウカの解放であったとしても、凝り固まった頭の長老たちはトウカを監禁するだろう。

だから、〝愛し子〟のラウラの養子として、抜け道を作っていた。
〝愛し子〟と〝勇者〟の肩書きは、長老たちとも対等に肩を並べられる。
書類は、ラウラがトウカをつれてきた当日に混乱に乗じて提出され、締結された。
ラッキーだったと思う。
女神の怒りに触れたら、近隣の不作処の騒ぎではない。
アスランが暴走さえしなければ、トウカを渡してもいいと思っているが、良からぬ事を考えているようなので、信じきれない。

目の前のトウカは不安げな眼差しで、見つめている。

持ち帰って飼いたい、私が色々教えたい。という欲求がむくりと心に芽生える。
見習いの白い服は、トウカの白い心によく似合っている。

私が色々教えてあげたい。

庇護欲を誘う綺麗な青い瞳に、可愛らしい丸みを帯びた頬。また大人の男性になりきれてない華奢な腰。
少年特有の色気にラウラは、うっとりと見つめる。


中央教会に所属する神父やシスターは、元来、禁欲と貞節を美徳とする。
隠れて、妻や子供を囲っている者もいるが、勿論、表だっていない。

しかし、〝勇者〟として活動するものは、違った。
その血を次代に残すという大義名分の元、結婚や性交を許されているのだ。
ラウラは貞淑な聖女然とした姿をしているが、血の気の多い〝勇者〟の性にもれず、人よりも性欲が強いことを認識している。

教会で過ごすラウラは、男性のように、街に抜け出して発散させてもよかったが、あまりに体面が悪すぎるために、禁止されてしまった。
ラウラの好みが、少年という事も理由の1つだ。
だから、気に入った見習いの少年たちと密かに遊んでいることは公然の秘密として、知られていた。


アークと一緒に、部屋に侍らせたいわあ。
手取り足取り、全部教えてあげるのに。

下卑た笑みが出そうになり、サーラに背中を小突かれた。
「んんっ。いつでも言ってね。私の部屋広いし、男性禁制だから、アスランも入れないし。トウカたちは、私の養子だから特別ね」
軽く咳払いしながら、ラウラが言うと、嬉しそうに頷いた。
「はい、ありがとうございます。ラウラ聖女」
トウカが純粋な目を向ける。
ラウラがトウカの手を、何かを握らせた。
「・・・・?なんでしょうか?」
丸い透明感のある緑色の石だった。
少し楕円形で、底が平たいので何か嵌め込むのかもしれない。
「私の部屋の鍵よ。入り口の窪みに置いたら、開くようになってるの。アスランには伝えているわ。いつでも来ていいから」
「ラウラ聖女、もしも貴方の乱れた性を見られたら、トウカには目の毒です」
咎める様にいうサーナに、ラウラが嫌そうに言った。
「アスランと一緒にしないで頂戴。私は、分けてやってるの。自室には、入れない。それを神殿の守番に見せたら、部屋まで案内してくれるわ」
「・・・・・ありがとうございます」
「アスランは、取らないけど、あのスエムは壊すかもしれないわね。腕輪に付けてあげるわ」
そう言って、ラウラは自分の左腕から銀色の透かしの入った腕輪を外すと、鍵を中に嵌め込んだ。
パチリと中に入り、まるで鍵ではないように一体化している。
「私の印が彫られているから、壊すことは出来ないでしょう。スエムに何か言われたら、正直に言いなさいね。隠したらもっと言われるわよ」
腕輪には、青葉の上に乗る小鳥が彫られていた。
その可愛らしさに、トウカの顔が綻ぶ。
「可愛い小鳥です」
「でしょう?アスランなんて、白ユリとか、すかしちゃって」
サーナが苦笑いする。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。アスランが嫉妬しないように、後であいつの印が入った腕輪を贈るわ。あいつの分も作ってやったら、文句言わないでしょう。あいつ、ロマンチストだから、〝お揃い〟にときめくんじゃない?それに、お金にもなるから、大事にしてね」
もしも、外に出たときに、使いなさいと、暗にラウラはいう。
トウカは、こくりと頷く。

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