解放

かひけつ

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第2章 ■なきゃ

アウェイク

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☆side流行
殴り合いがヒートアップする中、逆に冷静になりつつある理性は分析する。残念ながら、グルバンが一枚上手だった。筋力や経験、直感などだけでなく、適度に理性があるが故にバランスが取れた欠点なしのタイプだ。

 …バシャーン……

ガクン…

 <やられた……>

グルバンの挙動一つ一つ注視すべきだった。抗いがたい眠気に襲われ、平衡感覚を失う。『異能』の制御などできるはずもなく、【蛇】が重力に従って倒れる。私は体は眠気に負けて脱力したが、意識の欠片はグルバンに向けていた……。

 「………」

 <…まだ終わるわけには…>

しかし、できるのは意識を手放さないように耐えるのみ。戦線復帰は厳しかった。微睡まどろみの中でグルバンの言葉を聞いて少しずつ覚醒する。言葉のイントネーションからか、声に隠れたグルバンの感情が私の『感情』を刺激する。時間と共に徐々に『感情』は渦巻き、言葉を理解し苛立ちが爆発する。

 《……ルコ。ケイトは幸せだったのかい?》

グルバンがそう寂しげに言うのには耐えられなかった。叫ばずにはいられなかった。

 「あんたが幸せにするんでしょぉが!」

グルバンは私が微睡から解放されたことに驚嘆しているのか固まっている。残念ながら、催眠ガスのせいか身体が鈍く、即座に攻撃は仕掛けられなかったが、口撃を続ける。

 「あんたは独りじゃないんだよ!!」

ここに仲間がいる。ここに家族ケイトがいる。グルバンが独りじゃないように私も独りじゃないんだ。私には、仲間ケイトが、親友龍成が、がいるんだ。相棒との会話が脳内再生される》



《☆side流行
から覚めて、もう遺体すら無くなった廊下から無言で私室へ移る。私室で『カーセ家』攻略のあらゆる手立てを考えていた。『カーセ家』は技術力や政界などでの社会的権力も、総合では王族を超えるであろう。そんな『カーセ家』に多少のコネがあったからと言って、私はただの小娘に過ぎない。

 「…私がやらなきゃいけないのに……」

 〔別に君だけで背負う必要はない〕

 「!!」

後ろを振り向けば、自称神のシンがいた。私の口は意思に反して言葉を発する。

 「わてもおるぞ」

身体が温もりを帯びていくだが、科学者として、冷静に切り捨てる。

 「…お二人の存在が確かに心強いよ……。でも、『カーセ家現実』は甘くない。精神論ではどうにもならない上に、まともなやり方じゃあ、話も攻撃もきかないかもしれない。だから、策が、手段が、非常識さが欲しい……」

 <シンの『異能』は喉から手が出るほど欲しかった……。でも、あれの習得条件にそぐわない……>

 〔…アピスはオレの『異能』に対して推測や常識として知られた『神子』の情報は誤っている〕

 「……?」

 〔一つ、オレの異能は成長しとるのではなく、思いだしていると言った方が正しい。ちなみに現在では、全盛期の約7割ほd〕

 「それじゃあ…現状を打開できない……」

 〔せっかちだなぁ~。二つ目があるのさ〕

 「……」

 〔一つ、適合者と言えばいいか?オレの異能を扱えるのは子どもに限られてはないぞ〕

 「なっ!!…そ、そんな……だって、『辞書』n」

 〔ケイトよ。『辞書』はあくまで一般常識を集めたものだよな?〕

震える私の口から、勝手に声が漏れだす。

 「ええ、そうね」

 〔常識は常識にすぎない。いわば、大衆が信じ込んだ虚構も、社会的事実として明記されるってことさ〕

 「…ごめん。その前例がなかったせいか、少し驚きを隠せないよ……」

 〔前例なら言わなかったか?アピスは2個持ちじゃないか〕

 「へ?」

 [妖精の隣人ネイバー…異能は一つだけ・・・・の上、その一つでさえ神子に劣る。質も量もどこか物足りなさがある。その戦力は所詮人間のお隣さんネイバーにすぎないのだ]

 〔…な?〕

 「…たしかに……『隣人』は基本的に1つしか異能を持たないからこそ、みんなはそう思い込んでいた。アピスはただの例外だ……」

 〔なんだったら、君たちもイレギュラーを作っていたじゃないか。龍児の『一般教養』の件〕

 「……それも、そっか…」

龍児には早く世界を知ってもらわないといけなかったから、本来支給されない『辞書』を覚えさせた。そして、龍成たちが忙しかったり、もしもの時のために、AIで龍児の疑問に答えるつもりだった……。混乱を悪化させたくなかったから、興奮時、緊張時では反応させなくしたけど、役に立たなかったように思えなかった。

 〔例外龍児まで『辞書』は把握していない。ただそれだけさ〕

 「なら、異能を貸して。必ず、成功する」

 <たとえ戦いになろうとも……>

私は少なからず口角が上がった。シンの異能さえあれば無理難題に思えたグルバン更生もできるだろうし、それを正しく理解し、扱うからそんな愚かなことはしないとシンも分かっているハズだから…

 私が使

…シンは私の微笑とは裏腹に表情を曇らせる。

 〔…何故、子どもに優先的に、『異能』を使わせていたと思う?〕

 「…?……ぁぁ、ね」

シンは私の表情を見るなり、より顔を歪める。悲痛で、今にも泣きだしそうな様子だ。お互いの頭の中にあった言葉をトドメを刺すように告げる。

 「子どもの身体は柔軟ってよく言うもんね。成熟した身体じゃ、拒絶反応を示しやすいとか。そうでもなきゃ、シンは研究員や他の市民にでも異能を使わせればいいもの。条件で、幼子限定とかじゃなくて良かっt」

 〔分かってんだろ!死ぬかもしれないんだぞ!!〕

駄々をねるように、叫ぶようにそう言うシンに落ち着いて諭す。

 「大丈夫…大丈夫だよ、シン。私はしなきゃいけないことができる、ケイトも望んでる、シンとしても敵討ちになるんだよ。私のことは、いいの。ね?」

 〔………!〕

 〈本当にいいだけだから……〉

これは自殺じゃない。自殺だと龍成が負い目を感じてしまうかもしれないし、やることを無視しての自殺だったら責任放棄になってしまう。

 〈っていう甘美な言葉に、私が一番救われている〉

 全部は言わない。でもある程度は伝わったと思う

シンがそれ以上言える言葉なんてあるはずなかった……。



グルバンの家を侵入し、色々と仕掛けをしている時に、シンが唐突に叫んだ。

 〔独りじゃねぇかんなっ!!〕

私はあまりにも急な言葉に、驚き苦笑しながらもちょっとした温もりを覚えていた》



☆side流行
グルバンを再度睨みつける。

 「その異能チカラ…是非、欲しいな……」

 「ケイトの話を聴きなさい!」

 「何を言い出s!」

一対の【蛇】がグルバンを狙う。隙をついたつもりだったが、案の定、避けられる。さらに、どこからともなくナイフのようなものを取り出し、おもむろにのだ。左手を【蛇】に投げ入れ、身を引きながら『回復液』を左手に振りかける。

 まばたきをすればグルバンの左手は何食わぬ顔で生えている

 〈相変わらず、『回復』の域を超えている。あれはもう『再生』だよ〉

無論、ケイトが作った技術である。グルバンは不適に微笑むから、小瓶を取り出し、を使用する。

 水酸化ナトリウム苛性ソーダと塩酸である

『水』が操れて、『溶液』や『液体』が操れないハズがない。正直、酸とか塩基とかでどうにかなるとは思ってない。グルバンだって、(危険な溶液が)かかることくらい想定済みだろう。

 今すべきは、時間稼ぎである……

『光』を流れと考えれば、【幻影】や【透明化】は可能だ。尤も、私も【光】を認識するのに苦労したが……。虚実の攻撃がグルバンを襲う。高速での選択の連鎖。そのはずなのに、涼しい顔して、攻撃を往なす。防御を織り交ぜることで実体を把握し、反撃までする始末。そのくせ、こちらの鎮静剤や毒などはことごとく避けられる。

 <やっぱり、頭も勘も鋭い…>

 バシャン!

グルバンはくるぶし程度の『』に大きく波紋を立て、前進する。触れないだろうと諦めていた例の【蛇】に……。そして、信じられない速度で私の眼前まで来るが、まだ余裕を持って次の行動を考える。

 ドゴンッ!!

グルバンの背後が爆発する。強烈なパンチが鳩尾みぞおちに刺さる。

 <こんな自傷覚悟の加速…想定すべきだった……>

平衡感覚を失い、立ってられない。歪む視界の中、グルバンの声が聞こえる。

 「…今度こそ、寝てなさ…」

 〈大丈夫。まだイケル…〉

左手で頭を支え、冷静になることに努めながら集中する。

 【意識】を理解し、整える。

 「……」

 〈…大丈夫。グルバンも同じ状況だろうから……〉

正常に機能し始めた眼でグルバンを見れば、先ほどの私同様、グルバンは膝をいていた。

 種明かしは簡単で、【蛇】の正体は『お酒』だ

『お酒』は口からの摂取じゃなくても、酔わせることができる。左手で検証したつもりになったようだが(なんだったら左手の経過観察も抜け目なくしてそう…)、予想外されてない毒性を突けたと思う。

 「…不覚だ……だが、ルコにわしは殺せない。5秒もあると思うなよ?」

 「分かってる…だから……」

私は持っていた水晶の欠片を前に出す。それを『異能』を用いて『苛性ソーダ』と混ぜ、『加熱』する。普通、耐圧がまで『加熱』するのだが、『異能』のお陰でその手間も省ける。

 水ガラスの完成

外気と触れて反応するため、真空で膜のように覆った塊ごと飛ばす。そして、グルバンの元で【空気】と【時間】にさらす。

 「なっ!」

あっと言う間に固まってくれるのだ。色んな意味で特殊ではあるが、かなり強固なもので常人では解けはしないだろう。グルバンはまだ吠える。

 「こんなことしても、10秒だ…なにができる…」

 「それでいいんだよ」

グルバンに歩み寄り、手を翳しながら集中する。これでやっと、話し合いの場が整った。



――sideグルバン
暗転した。冷静にそう捉えていたが、ひらけた視界は想像を絶するものだった。辺り一面にケイトとの思い出の写真が貼られているような空間だった。写真と言うより映像が再生されているため、360度の多重スクリーンと言った方が正確だ。初めて出逢った時、アプローチに断られた時、プロポーズを受け入れてくれた時、子供を授かった時、…独り残された時……。ケイトとの記憶が全てがそこにあった。目の前の虚空からルコが姿を現す。

 「…ここh」

 「わしの夢の中、主導権はキミにある。そうだろ?」

 「…そうね」

金縛りように体が硬直している。しかし、口は動かせるので会話はできる。

ガッ!

 「やめて下さい。自傷行為も禁止しています」

肩を竦める。舌を嚙み切り、気絶や激痛、擬似死亡で起きようと思ったが、できないようだ。

 「完敗だ」

素直に負けを認める。だが、ケイトとの約束を破るわけにはいかない。気持ちで負けてはいけない。ルコを睨みつける。



そんな意思が伝わったのか、ルコはしばらく時間をおいた。お互いが何も喋らない。見つめ合った膠着状態が続いたが、ルコがとうとう切り出す。

 「……あんたにとって記憶の価値って何かしら?」

予期せぬ問いに不思議に思いつつ、ほぼ1秒で言葉を纏める。

 「大切な原動力さ」

 「「だが、記憶にも質がある。だから、断捨離だんしゃりが必要なんだ」」

ルコはわしの言葉を被せ、こびり付いた『辞書』は夢の中でも引用される。

[断捨離思想…本当に必要な物を見つめ直す方法の一つ。断捨離は名の通り、「断」「捨」「離」の3要素で構成されている。「断」=入ってくる不必要な物を断つ。「捨」=不必要な物を捨てる。「離」=物への執着から離れる]

 「キミが知っての通り、長い時間を過ごすと、人は記憶を忘れてしまう。絶対に忘れてはいけない記憶はあるし、忘れた方が良い記憶だってあるだろう」

 「……」

 「そもそも、嫌な経験は忘れられるんだぞ?諦めなきゃいけないことやどうしようもないことは忘れるに限る。覚えても仕方ない。いや、語弊があったな。後悔や反省で羞恥や自己嫌悪に陥ったことはあるだろう?それをなくせる。恥ずかしさなど人間に不要であり、必要ない時間は切り捨てるべきだ。合理的に考えたら分かるだろ?」

 「本当に必要な物ってなんですか?」

 「未来に活かせる経験のことだ」

 「なら、記憶それが誤っていたとしてもそれを妄信することですか?」

 「…そんなことあるわk」

 「ケイトの最期の言葉何だったか覚えてますか?」

 「なめるなよ。こちとら毎夜ケイトからの言葉を全部思い返して寝てるんだぞ。『世界一の王妃にして』だ」

 「…違う……。ケイトは『世界一の王妃(みたい)にしてくれてありがとう』って言いたかったんだよ」

 「なっ…!!たとえそうだとしても、わしらは貴族にすぎない。王族になって欲s」

 「よく思い出してよ!!」

 「!!」

 「ケイトが地位や名誉を欲しましたか?ケイトにとっての『王国』はあんた達の家庭でしょ!?」

 「………」

直ぐに理解してしまうのは、グルバンの頭の良さと心の何処かで分かっていたのかもしれない。たとえ分かっていても、行動で示せなったことに深い後悔を覚えるのは避けられなかった。

 早合点でケイトを、リンを苦しめていたというのか?

 何が彼女の理解者だ。何が彼女の夫だ。どの口が…彼女のことを語れるんだ

グルバンが自責で自殺するの時間の問題と言えた。

 「あんたがすr」

ルコの言葉など入らず、視界が黒ずむ。それは内面の世界へと、あるいは、地獄へと旅立とうとする兆候と言えた。

 〔それでいいのか?〕

ルコの陰からどこかで見たことあるような風貌の男、いや、不明瞭な影が喋っているようだ。明らかな存在の異質感と既視感から察する。

 「っ!」

 〔オレのことはいい。う し ろ〕

腰と首の可動域の拘束感が消え、言われた通りに振り返る。

 これまでずっと追いかけ続け、会いたかったケイトの姿があった

だが……見たくなかった。否、だからこそ、見せたくなかった。わしの失態を、わしの業を、わしの無能さを露見するのを避けたかったからだ。……こんなことを言うしかなかった。自分を守るために……。

 「……キミは偽物だろ……?」

反語や暗黙の了解のように後半に「そうだと言ってくれ」と言っているようにと感じさせた。

 「……」

ケイトは目を瞑って、何も言わない。わしもケイトと同じく、黙ってしまう。どこからともなく足音が近づき、耳元で呟かれる。

 「あんたは全てを知る義務があるの」

ルコはわしに手をかざすと、武道の経験や教えてもらった王政の業務、行政、外交の技術が消し飛び、重みのある『記憶』が流れて来た。龍成や龍児、アイナ、ルコ、シン、そして、ケイトの人生が多少要約されてはいたが、しっかりと脳に、精神に、魂に刻まれていくのを体感した。



理解と感傷に浸ってしばらく時間を無駄にしてしまう。ケイトたちは配慮してくれて、こちらが落ち着くまで静かに待ってくれる。

 結論が出た

ケイトに向き合って告げる。

 「…ケイト。……今まで、本当に!すまんかった!……もし、許してくれるなら待っていて欲しい。責務を果たしてくる」

 「待ってるぞ……」

久々に涙が零れたのだ。ずっとケイトに認めて欲しかったのだ。ケイトは捨てないでくれるらしい……。これがわしにとって救いであり、僥倖だった。泣いてばっかりもいられない。全てを知った……わしの業を償い、背負わなければならない。さて、今度こそ約束を正しく果たそう――
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