観音通りにて・姉

美里

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貴子

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 最後の客を追い払うようにして、貴子が観音通りから帰宅してきたとき、まだ真央は帰っていなかった。真っ暗な部屋の中を見つめ、貴子はしばらく玄関で固まってしまった。貴子より、真央の帰宅が遅い。はじめてのことだった。真央は大抵2、3人客が付けば、じゃあね、とあっさり帰って行くから、夜中前には部屋にいるはずだった。今日も深夜になる前には街灯の下から姿を消していたから、とうに帰ったのだと思い込んでいた。おかしい。真央が面倒なロングの客なんかとるはずもないし、この寒い真夜中、どこかに出かけているとも思えない。
 「……真央?」
 いないのは分かりつつも、呼びかけながら靴を脱ぎ、真央に与えた四畳半を覗きに行く。案外きれいに片づけられた部屋には、真央がさっきまでいた形跡はやっぱりない。ちょっとコンビニなんかに行ったわけでもなさそうだ。
 「まお、まお、」
 どうしたのだろう。真央の身になにかあったのではないか。変な客を引いてしまって、今頃どこかのラブホテルで冷たくなっているのかもしれない。
 焦った貴子は、震える指でコートのポケットから出したスマホで、真央に電話をかけた。コール音はなるけれど、誰も出ない。普段なら真央は、接客中でもあっけらかんと貴子からの電話を取る。これは絶対に、おかしい。
 とにかく観音通りまで戻ってみよう、と、貴子は玄関までの短い距離を走った。そしてさっき脱いだばかりのヒールに足を突っ込もうとしたとき、外からドアが開いた。
 「真央!?」
 「ただいま、姉ちゃん。」
 いつもの顔で笑った真央は、幾分顔色が悪かった。貴子はとりあえず安堵し、深く息をついた。
 「遅かったじゃない。どこ行ってたの?」
 「いやー。ちょっとしつこい客でさ。」
 「大丈夫だったの?」
 「まいてきたよ。大丈夫。」
 心配したのよ、と、貴子が幾分疲弊気味に微笑みかけると、真央はくすぐったそうに笑った。
 「大丈夫。俺だって観音通りは長いんだから。」
 それもそうね、と、貴子は手を伸ばし、何気なく真央の空色のマフラーをほどいた。真央ははっとしたように貴子の手を止めようとしたけれど、貴子の動きの方が少し早かった。
 「……真央……。」
 零れた声は、ほとんど溜息で、わずかに悲鳴が混ざっていた。真央は貴子の手からマフラーを取り戻すと、ぎこちない動作で首に巻き直した。真央の清潔に長い首には、両手で絞められた痕がくっきりと残っていた。
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