姉弟

美里

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 真っ直ぐな目をしていた。
 シュンが持ち得ない目だった。
 これまでのシュンの宿主たちとも違う目だった。
 シュンが、これまでずっと避けて生きてきたタイプの目だった。
 子供みたいな男に、腹を刺された夕方を思い出した。
 「知ってるって……、」
 だったらなんで……。
 シュンの声は妙に心細げな響きをした。
 健少年は、真っ直ぐな目でシュンを見つめたまま、ほんの少しだけ笑った。それは、いっそ痛々しいと言ってもいいような表情だった。触れば溶けて、指に張り付いてしまう薄氷みたいな。
 「姉ちゃんから聞いてます。……私のヒモが家にいるから、出ていかないように見張っててって。」
 「……出ていかないように……?」
 「はい。……姉ちゃんは、シュンさんのことが、すごく好きなんですね。……だから俺、シュンさんが出ていくって言ったら、止めるしかないんです。姉ちゃんのために。」
 「でも、そのために、きみはレイプまでされたんだよ?」
 「……あれは、レイプなんですか?」
 「え?」
 「少しでも、俺を思ってくれてるって思ったら、だめなんですか?」
 「え?」
 「シュンさんが、俺を抱きたいって思ってくれたってことじゃないんですか?」
 「え?」
 え? と、シュンが言えるのはその一文字だけだった。
 あれはレイプだった。そうに決まっている。だって、シュンは、抵抗する少年をねじ伏せてセックスしたのだ。怒りに身を任せて。そこに、健少年へのなんらかの思いが介在しているはずもない。
 それに、美沙子がシュンを好きだなんて、そんなはずもない。美沙子は子供みたいなかつての男とは違う。ちゃんと冷静に、シュンをヒモとして飼育しているだけだ。
 シュンは、そう言おうとした。
 けれど、言えなかったのだ。健少年の真っ直ぐすぎる目を見てしまうと。
 実の弟がレイプされることを見越してこの家に送り込んできた美沙子を思い出した。
 健を抱けと暗に唆されたとき、シュンは確かに、壊れている、と思った。美沙子は壊れていると。
 けれど今は、健少年の方が怖かった。完全に壊れていると思った。
 あれはただのレイプだ。なんの感情も介在しない。
 それだけのことを、絶対に理解しないであろう、真っ直ぐすぎる眼差し。
 怖かった。じんわりと手に冷たい汗をかいた。
 ゆっくりと、シュンは健少年に向き直った。
 健少年は、シュンを見上げてじっと立っていた。それは、シュンの言葉を待つみたいに。

 
 
 
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