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「ここにいさせてください。」
そう頼んだとき、シュンはほとんど泣き声だった。悲しいのではない。ただ、混乱していたのだ。
恥ずかしいとは思わなかった。相手が葉子だから、涙くらい全然恥ずかしくない。
10年以上前、腹を刺されたシュンを葉子が介抱してくれたとき、シュンはぼろぼろ泣いた。腹が痛かったのもそうだし、刺された恐怖もあったし、これからどう生きていっていいのかわからない不安もあった。
そのどれもが解決するまで、葉子はシュンを部屋においてくれた。腹が治り、恐怖が引き、ヒモとして生きていく覚悟が決まるまで、ずっと。
だから、今更ちょっとの涙くらい、全くなんとも思わない。
葉子はシュンの方に手を伸ばし、白いきれいな指で、涙の筋をそっと拭ってくれた。
「いいわよ。でもね、その前に、考えなくちゃだめよ。本当に、その子から逃げてきてよかったのか。そうじゃないと、あなた、ずっと後悔することになる。」
考える、考えるからここにおいてくれ、と、シュンは葉子の指を握りしめてすがった。
後悔なら、もうしてる。背中に抱きついてきた少年を振りほどいたときから。
でも、だったらどうしたら良かったのか。あの、幼くて健康な少年を抱いてしまって、二人で生きていけばいいとでも言うのか。ヒモでしか飯を食ったことのないシュンに、そんな事ができるとは到底思えない。
「羨ましいんでしょう。」
シュンに指を握りしめられたまま、葉子は静かに歌うように言った。
「愛とか恋とか、そんなことをあっさり口にできる子供が、あんた、羨ましいんでしょう。自分は、そうなれなかったから。」
シュンは葉子に、自分の過去を話したことはない。死んだ妹たちも、消えた母親も、犯された肉体も、葉子は知らないはずだ。
それなのに、何もかもを知っているみたいに葉子が言うから、シュンは半ば恐怖すら覚える。
女は誰だって千里眼だけれど、それでも葉子の目は鋭すぎた。
「傷つけたいんでしょ。もう立ち直れないくらいに。二度と愛とか恋とか口にできないくらいに。」
葉子の指をきつくきつく、溺れるもののように握りしめながら、シュンは呻いた。両目には、涙も滲んでいた。
「……そうかも、しれない。……俺は、あの子供に、そんな酷いことをしたいのかもしれない。」
羨ましくて、妬ましくて、いっそ苦しめて壊してしまいたいのかもしれない。
葉子は、彼女の指を握りしめるシュンの手を、もう片方の手でふわりと包み込んだ。
「美味しいケーキがあるの。……食べて、シャワーでも浴びて、少し休んだらいいわ。あんた、眠れてないのね。酷い顔してるもの。」
そう頼んだとき、シュンはほとんど泣き声だった。悲しいのではない。ただ、混乱していたのだ。
恥ずかしいとは思わなかった。相手が葉子だから、涙くらい全然恥ずかしくない。
10年以上前、腹を刺されたシュンを葉子が介抱してくれたとき、シュンはぼろぼろ泣いた。腹が痛かったのもそうだし、刺された恐怖もあったし、これからどう生きていっていいのかわからない不安もあった。
そのどれもが解決するまで、葉子はシュンを部屋においてくれた。腹が治り、恐怖が引き、ヒモとして生きていく覚悟が決まるまで、ずっと。
だから、今更ちょっとの涙くらい、全くなんとも思わない。
葉子はシュンの方に手を伸ばし、白いきれいな指で、涙の筋をそっと拭ってくれた。
「いいわよ。でもね、その前に、考えなくちゃだめよ。本当に、その子から逃げてきてよかったのか。そうじゃないと、あなた、ずっと後悔することになる。」
考える、考えるからここにおいてくれ、と、シュンは葉子の指を握りしめてすがった。
後悔なら、もうしてる。背中に抱きついてきた少年を振りほどいたときから。
でも、だったらどうしたら良かったのか。あの、幼くて健康な少年を抱いてしまって、二人で生きていけばいいとでも言うのか。ヒモでしか飯を食ったことのないシュンに、そんな事ができるとは到底思えない。
「羨ましいんでしょう。」
シュンに指を握りしめられたまま、葉子は静かに歌うように言った。
「愛とか恋とか、そんなことをあっさり口にできる子供が、あんた、羨ましいんでしょう。自分は、そうなれなかったから。」
シュンは葉子に、自分の過去を話したことはない。死んだ妹たちも、消えた母親も、犯された肉体も、葉子は知らないはずだ。
それなのに、何もかもを知っているみたいに葉子が言うから、シュンは半ば恐怖すら覚える。
女は誰だって千里眼だけれど、それでも葉子の目は鋭すぎた。
「傷つけたいんでしょ。もう立ち直れないくらいに。二度と愛とか恋とか口にできないくらいに。」
葉子の指をきつくきつく、溺れるもののように握りしめながら、シュンは呻いた。両目には、涙も滲んでいた。
「……そうかも、しれない。……俺は、あの子供に、そんな酷いことをしたいのかもしれない。」
羨ましくて、妬ましくて、いっそ苦しめて壊してしまいたいのかもしれない。
葉子は、彼女の指を握りしめるシュンの手を、もう片方の手でふわりと包み込んだ。
「美味しいケーキがあるの。……食べて、シャワーでも浴びて、少し休んだらいいわ。あんた、眠れてないのね。酷い顔してるもの。」
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