姉弟

美里

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 結局シュンは、風呂にも入らず、温かいものも食べなかった。ただ、健少年の腕を掴んだまま、ベッドに潜り込んだのだ。
 葉子の部屋で丸一日眠ってきたので、もちろんもう、眠たくはない。でも、それ以外に、身体を暖める方法が思い浮かばなかったのだ。
 健少年は、身体を固くしていた。ぎゅっと全身を縮こませるようにして、シュンに抱かれていた。
 「なにもしないから。」
 自業自得なのは分かっていたけれど、それでもやはり寂しくなって、シュンは健少年の耳元で囁いた。
 「なにもしないから、俺のこと怖がらないで。」
 無理な頼みだ、と知っていた。彼を犯したのは、どこをどうひっくり返したってシュン自身だ。それでも、少年の白い石みたいに固まった身体を抱いていると、悲しくて。
 ああ、俺は泣くかもしれない。
 思ったのと同時に、健少年の痩せた腕が、シュンの首に回った。それは、きつくきつく。
 「俺、シュンさんのこと、怖くなんかないですよ。」
 明らかに嘘だと分かる、震えた声。表情を確かめたいけれど、彼の顔はシュンから背けられていた。
 それでも、その嘘をついてくれたことが、シュンにとっては嬉しかったのだ。嘘をついてまで、傍にいようとしてくれたことが。
 「ごめん。」
 右目から一滴、涙がこぼれた。しばらく間をおいて、左目からも一滴。
健少年は、シュンの涙に気がつくと、驚いたようにぴくりと腕を揺らした。
 「泣かないでください。」
 健少年が、彼のほうがいっそ辛そうなくらいかすれた声を出した。
 「泣いている理由が俺なんだとしたら、絶対に泣く意味なんてないですから。俺は、怖くないし傷ついてもいないんですよ。」
 嘘だった。
 それは、声だけで判断できた。
 この少年は、シュンを恐れているし、傷ついている。それも、現在進行系で。
 ごめん、ごめん、と、更に続けてしまいそうな唇を噛み締め、シュンは、ありがとう、と、それだけ口にした。
 あまり長い台詞を口にすると、涙が止まらなくなりそうだった。
 しばらく彼をきつく抱いていると、涙の気配が収まってきた。だから、やっとシュンは健少年を正面から見て、言いたいことを言えた。
 「お腹、空いてる?」
 急な問いかけに、健少年は目を瞬き、それから素直に、いいえ、と答えた。
 「喉は渇いてる? トイレは?」
 「えっと……どっちも、平気です。」
 「だったら、しばらくこうしていてくれる?……俺、きみのお姉さんに電話して謝らないといけないんだ。その勇気が湧くまで、ここにいてくれないかな?」
 「……いいですけど……。でも、姉ちゃんになにを謝るんですか。」
 シュンは苦笑して、ゆっくりと少年の額に自分のそれを押し当てた。
 「きみを、抱いたこと。」 
 「え、でも、それ、姉ちゃんには関係ない、」
 「あるよ。きみは、美沙子の弟だから。」
 
 
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