姉弟

美里

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 電話を切った後、シュンはしばらくベッドに座って放心していた。
 一枠時間が開いたから休憩しようとしていたという美沙子。きっともうすぐ、いや、今にも、見ず知らずの男が彼女の肉体を買いに来る。
 そんな場所まで彼女を押し流したのは、シュンだ。彼女だけではなく、これまで大勢の女を、ときには男を、押し流してきた。
 そこに罪悪感はなかった。最終的に決断するのは本人だろう、という思いもあったし、身体を売れと唆したことなんて一度もないと思ってもいた。
それなのに、今こうして座っていてさえ呼吸が苦しいのは……。
 相手が美沙子だからだろうか、と考える。そして、いや、タイミングの問題なのかもしれない、とも思案する。ずっとちょっとずつ疲労は溜まっていて、それが今のタイミングでこぼれ出してきたのかもしれない、と。
 けれどそのどちらも正解ではなさそうだった。
 そして、会いたい、と祈るように思うのだ。健少年に、隣の部屋でシュンを待っているはずの彼に、会いたい、と。
 この気持ちが恋ではないのか。怒りではなく、恋情だと言うことはできないのか。そう考えてみると、答えが出ない。どうしても。シュンはこれまで恋なんかしたことがないし、身近にお手本なんかもなかったから。
 それでも、とにかく会いたい、顔を見て、あの体温を抱きしめたい。
 シュンは、焦ったみたいにベッドを降り、リビングへ続くドアを開けた。
 すると健少年はソファに座り、ノートを広げて頬杖をついていた。そして、シュンがドアを開けるとすぐにぱっと顔を上げ、シュンさん、と、表情を明るくした。
 「姉ちゃん、なんか言ってましたか?」
 心から心配そうな健少年の問いかけに、シュンは曖昧に微笑んで、なにも、と返す。
 これは嘘ではない。確かに美沙子は、健少年に伝えるべきことはないも言っていないのだから、と内心で言い訳をしながら。
 そうですか、と、健少年は素直に頷き、にこりと笑った。
 そして、その先の言葉が続かないシュンを思いやるような絶妙のタイミングで、晩飯どうしましょうか、と、話をずらした。
 「俺、米は炊いたんです。あとは、冷凍の肉焼いて焼肉しましょうよ。」
 そうだね、と、シュンは微笑んだ。こんなに嘘の笑みを作るのが難しいのは、はじめてかもしれない、と思いながら。
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