姉弟

美里

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 本日床に夏掛け布団で眠るのはシュンの番で、夏掛け布団に転がりこんで来たのは健少年の方だった。
 「……上に戻りなよ。」
 シュンは、短い沈黙の後、きっぱりとそう告げた。そうするのが健少年のためだと思った。だって、同じ布団で寝たりなんかしたら、シュンはきっと、彼を傷つける。
 「戻りません。」
 シュンと同じくらいきっぱりと、健少年が返した。そして、一秒の無言の間の後、彼は、傷ついたりしませんよ、とも言った。それは、まるでシュンの思考を読んだみたいに。
 「俺は女の子じゃない。簡単に傷ついたりしませんよ。」
 シュンは、時には男のほうが女よりも傷つきやすいことを知っていたし、特にこんな場面ではそうだと実感を持って理解していた。腹を刺された夕方から、もう何年が経っただろうか。
 だから首を振り、少年の肩を布団から押し出した。少年は、その手に抵抗してシュンにしがみついた。
 「男のほうが傷つくときもあるんだよ。」
 本当は、あまり言いたくない台詞だった。自分は男も抱けます、と公言しているみたいで、健少年の前では、特に。
 それでも口にしたのは、どうしても布団から出てほしかったからだ。
 男のほうが傷つくときもある。
 それは、今のシュンにも当てはまる台詞だった。後悔は、時に人をざっくりと深く傷つける。
 それでも少年は頑固だった。シュンの首に腕を回し、両足をシュンの腰に回す、小猿みたいな体勢で、絶対にシュンから離れまいとした。
 シュンは、思わず笑ってしまった。あまりにも色気のないしがみつき方だったので。こんなふうにしがみつかれたことは、男からも女からも、これまでなかった。
 「なにがおかしいんですか?」
 大真面目の健少年が、怒りの混じった声で抗議してくる。
 シュンは、いや、と曖昧に言葉を逃し、少年を突き放すことを諦めた。
 ようは、抱かなければいいのだ。同じ布団で眠るだけなら、そこまでの罪には問われないだろう。
 そう思い直したシュンは、分かったよ、と、少年の背中を叩いた。細い背骨が浮き上がった、頼りない背中をしていた。
 「一緒に寝よう。それくらいなら、美沙子も許してくれるだろうし。」
 「姉ちゃんは関係ないです。」
 「あるよ。姉弟なんだから。」
 シュンの心臓をえぐる言葉だった。だからシュンはそれ以上言葉を重ねたくなくて、眠ったふりをした。健少年も、しばらくしたら眠ってしまったようだった。
 眠れないシュンは、健少年の体温をぼんやりと感じていた。これが、明日の朝までに冷たくなっていたとしたら。
 そんなことを考えると、どうしても眠れないのだ。

 
 
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