これで恋ならするんじゃなかった

美里

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 「どっちにしろ、涼音は悪くない。それは確かだろ。涼音は悪くないよ。」
 そう言いながら、恭弥はおんなの長い黒髪を撫で下ろした。涼音は悪くない。疑いようもなく、そう信じていた。父親の不倫と事故死にも、母親の自殺にも、彼女の責任はない。彼女は中学生の少女で、なにも知らなかったのだ。彼女が負うべき責めは、なにもない。
 だから、そんな男やめとけ。そんな親に育てられたんだ、たかが知れてる。
 言いたくて、言えなかった。涼音に突き離されるのが怖かった。小学生のときからの友人同士で、いつからか思い人にもなっていたおんな。そのおんなに、あっさり突き離されて、これっきりになるのが怖かった。
 たかが男で、と、思うのだ。この長い付き合いが、せいぜい2年ぽっちの仲の男のせいで途切れるのかと。そう思うと、ひどくやるせなく、ひどく理不尽な感じがした。それでもその理不尽を、涼音にぶつけてどうなるわけでもない。
 「……涼音は、悪くないよ。」
 繰り返すと、彼女の肩が強く震えた。そして、顔を上げたおんなは、口紅のはげた薄い唇を噛みながら、確かに言った。
 「私、売春したことがあるの。」
 なにを言われているのかが、まるで分らなかった。理解が追いつかなすぎて、言葉が頭に入ってこなかったのだ。
 私、売春したことがあるの? なんだ、それは。
 恭弥が身動き一つできず、言葉も発せず、なんなら呼吸すら止まっている間に、涼音はさらに言葉を重ねた。
 「お金が必要だったってわけじゃない。お父さんもお母さんも死んじゃって、おじいちゃんとおばあちゃんはいたけど、それでも私はひとりだって感じがして、誰かに側にいてほしかったの。」
 彼女の台詞は、くっきりと、いっそ爽やかな響きかたをした。その内容に反して。そして彼女は、微笑んだのだ。涙に濡れた頬と、腫れぼったい目のまま、それでも微笑んだ。
 「彼にも、言ったことない。恭弥にしか、言ってない。」
 だからね、私が悪いの。
 彼女はそう付け加えたけれど、恭弥の意識は、恭弥にしか、言ってない、と、その一言にもっていかれていた。
 恋人にも言っていない。それが優越感に浸る材料にはならないことくらい分かっていた。むしろ、その逆だ。
 「……。」
 言葉が見つからない。それでも、これ以上腕の中のおんなが傷つくのだけは嫌で、恭弥はほとんど自動的におんなの肩をさすり続けていた。
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