三人暮らし

美里

文字の大きさ
7 / 28

しおりを挟む
 明日美がもう、そこまで子どもじゃないことくらい、俺だって分かっている。分かっているけれど、やっぱりそっと、彼女の肩をゆする。
 「明日美。」
 眠りは浅かったようで、すぐに目を覚ました彼女は、眠たげな表情ながらも、俺を見るとぱっと表情を明るくした。
 「悠ちゃん。」
 「ん。勉強。」
 「うん。」
 そのとき俺の胸の中には確かに、東さんへの罪悪感みたいなものがわいていた。それと同時に、自分への嫌悪感もだ。なぜ俺は、先生の家族は幸せそう、と言われたときに、素直に肯定できなかったのか。その理由が東さんへの遠慮だけなら、こんな嫌悪感はわかずに済むのに。
 「悠ちゃん?」
 なんか変だよ、と、明日美が首を傾げる。
 「なんでもないよ。」
 明日美に変だといわれるような、どんな表情をしているのか分からないまま、俺は笑みを繕って、明日美の頭に手を置いた。
 「今日はどこ教えればいい?」
 「えっと、数学。このプリント全然分かんない。」
 「全然か……。」
 テーブルに広げられていたプリントは、基礎的な内容のもので、教えることはそう難しくはない。ただ、これが全然分からないとなると、もう少し遡ってつまずいた部分を洗い出さないといけないかもしれない。
 「うん。ごめんね。」
 明日美が芯から申し訳なさそうな顔をするから、俺は思わず笑ってしまう。塾で担当している生徒たちも、みんなこれくらい殊勝にしていれば俺だってやる気もでる。
 「よし、単元遡って、どこから分かってないのか探そう。明日はバイトないから、徹底的に付き合う。」
 「ありがとう! 悠ちゃんいなかったら、私絶対留年してる!」
 そんなことで絶対とか自信持つなよ、と苦笑しながら俺は、俺がいないのが明日美にとっては当たり前の方の人生だったのだろうな、と思う。子どもの頃に俺がやってきたから、彼女にはきっと、俺が人生に割り込んできたという認識すらない。だからこんなに素直なんだろう。
 明日美のピンク色のペンケースから出した赤ペンを、キャップをしたまま指示棒代わりにプリントに滑らせながら、俺はなんだか、彼女に申し訳ないような、自分の存在自体が誰に対しても申し訳ないみたいな、そんな気分になってくる。こういう気分になることは時々あって、そんなとき俺は、自分の母親を恨む。置き去りにするくらいなら、いっそ殺してくれればよかった。そうでなければ、俺の人生はずっとこれからも続いてしまうのだ。実の母親に見殺しにされかけた、哀れな子どもとしての、人生が。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

放課後の保健室

一条凛子
恋愛
はじめまして。 数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。 わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。 ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。 あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...