三人暮らし

美里

文字の大きさ
13 / 28

しおりを挟む
 全身の血が凍りついたみたいに、ぐんぐん手足が冷えていった。お母さんは、体調が悪くて、店長さんに送ってもらって帰ってくる。情報はそれだけ。それだけなのに、なぜだか私の頭の中では、お父さんのお葬式の場面が途切れ途切れに思い出されていた。
 私はそのときまだ7歳だったから、記憶は完全なものではない。死というものから、お母さんと悠ちゃんの手で、慎重に遠ざけられていたようにも思う。それでも覚えているのは、棺桶の中で花に囲まれていた、お父さんの顔の冷たさと、棺桶が釘付けさせた瞬間の、不可逆的な絶望感。
 「……悠ちゃん、お母さん、死んじゃうの?」
 自分でも、あまりに唐突なことを言っている自覚はあった。それでも、肩を抱く悠ちゃんに縋るみたいにして、私はぎこちなく唇を動かさずにはいられなかった。
 「馬鹿言うな。咲子さんはちょっと疲れただけだよ。」
 悠ちゃんはそう言って、私の髪を撫でる。そして、微かに唇を笑わせ、もう一緒に寝るわけにもいかないから、どうにか落ち着いてくれ、と呟いた。悠ちゃんの言葉も、やっぱりどこかぎこちなかった。抱えているものは、私も悠ちゃんも同じか、物心がしっかりついていた分、悠ちゃんの方がトラウマは深かったかもしれない。それに気が付いた私は、ごめん、と、口走っていた。
 「なにが。」
 悠ちゃんは、あっさりそう言うと、私の髪を撫でながら、大丈夫、と微笑んでくれた。
 悠ちゃんの方がきっと辛いのに、私ばかり取り乱してごめん。
 口には出せなかった。出せば出しただけ、悠ちゃんに重いものを背負わせてしまう気がした。失ったものの数だって、きっと悠ちゃんの方が多いのに。
 じっと寄り添って、それから私と悠ちゃんは黙り込んでいた。沈黙は重たくても、冷たくはなかった。そして、どれだけ時間が経ったのか、多分それほど長い時間ではなかったのだと思うのだけれど、玄関のチャイムが鳴った。
 「行こう。」
 悠ちゃんが、私の肩を抱いたまま立ちあがった。私も悠ちゃんにくっついて、玄関に向かった。悠ちゃんがドアを開けると、そこにお母さんが立っていた。ぐったりとしていて、肩を店長さんに支えられている。
 「お母さん!」
 「咲子さん。」
 私と悠ちゃんが同時に呼びかけると、お母さんは、吐き気をこらえるみたいに俯いていた顔を上げ、小さく唇の端を釣り上げて見せた。その顔色は、お化粧の上からでも分かるくらいの青白い。
 「ただいま。心配かけてごめんね。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

放課後の保健室

一条凛子
恋愛
はじめまして。 数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。 わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。 ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。 あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...