三人暮らし

美里

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 耕三さんが事故に遭い、死んでしまったとき、俺は11歳だった。少し、ませたガキだったとは思う。特に、死というものに関しては。母親に、電気もガスも水道も止まった部屋に放置されて育ったので、何度も死を覚悟したことがあったし、さらに言えば、母親の交際相手に暴力を振るわれていたりもしたので、死は案外俺の身近にあったのだ。母親の交際相手に性的に犯されたことも何度かあった。咲子さんにも耕三さんにも言ったことはないし、この世の誰もそれを知らないということで、俺は辛うじて生きていられた。
 「悠一?」
 軽く首を傾けて、咲子さんが俺の顔を覗き込む。うっすらと冷たい死の世界に引っ張り込まれようとしていた俺は、はっとして咲子さんを見返した。
 「……なんでもない。明日美は、大丈夫だよ。俺も見てるし。」
 「そう?」
 「うん。」
 明日美は、大丈夫だ。明日美は、ああ見えて強い、ちゃんと実の親の愛情を受けて育ったからだろうか。肝心なところで打たれ強い。
 「悠一にも、嫌なことを思い出させたわね。」
 ほとんど独り言みたいに呟いて、咲子さんは短い黒髪をかき上げた。
 「大丈夫だよ。」
 俺は笑いながらそう言って、台所に珈琲のお代りを注ぎに行った。
 嫌なこと。咲子さんは、耕三さんの事故のことを言っているのだけれど、俺の人生には嫌なことがありすぎたせいか、色んなことを思い出しそうになって、蓋が開きそうになった記憶の箱を、俺は必死で押さえ込む。これが開いてしまったら、全部中身が出てきてしまったら、少なくともこれまで通りやっていける自信はなかった。
 何度か瞬きをして、表情を取り繕う。いつもの、悠ちゃんの顔。
 「いいのよ、悠一。」
 低い声が、不意に背後から注がれた。驚いて振り返ると、すぐ後ろに咲子さんが立っている。彼女は、静かで穏やかな顔をしていた。まるで生きていないみたいな……、と思ったところで、怖くなる。全身が強張る。手に持っていた空っぽのマグカップが、鈍い音を立てて足元に転がる。
 「いいのよ、悠一。無理しなくていいの。」
 咲子さんの細くて白い腕がこちらに伸びてきて、俺はなぜだかそれも、怖いと思った。身がすくむほどに、怖い。けれど、それでも、俺はその手を求めているのだ。確かに。
 「……咲子さん。」
 縋るみたいに、名前を呼んだ。咲子さんは微笑んで、俺の頭にそっと手を置いた。
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