犬どもの生活

美里

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私と茜はよくコンビニに買い物に行った。夕飯の後に、ちょっとしたお菓子やジュースを買いに。その時の代金はいつも茜持ちだった。その金を、三年間で積もり積もって結構な金額になっていたであろう金を、茜がどうやって稼いでいたのか私は知らない。ただ、茜は時々夜に家を空けたし、そういう時の奥谷は見るからに苛立っていた。私はそういう晩は、奥谷と暮らし始めた頃のように部屋にこもった。
 感情を表に出す男ではないのだ、奥谷は。私が遊園地で迷子になったときだって、はじめての生理が来てどうしていいのか分からなくって渋々奥谷に相談に行ったときだって、電車で痴漢に遭って泣きながら帰ってきたときだって、奥谷は平然としていた。平然とした顔で、何ごともなかったかのように問題を解決してくれた。
 「わざと、迷子になったことがあるの。」
 茜と二人の夜道。今日は何のアイスを買おうかと話し合っていたのだが、ふと会話が途切れた。私はその沈黙に、どうしてもその言葉を注ぎたかったのだ。
 奥谷と二人だった。ずっと、もう四年近く。その間になにがあったのか、茜に聞いてほしかった。
 本当を言えばなにもなかったのだ。大した騒動はなかった。私も奥谷も淡々と日々を過ごしていた。例えば両親が離婚して、新しい父親がやってきたとする。その上母親は忙しい仕事で家を空けがちだったとする。新しい父親とは若干気まずいが、それでもなんとか大きな問題もなく暮らしている。私と奥谷も、そんなふうだった。日本に数えきれないくらいあるだろうそんな家庭状況。
 それでも、私にとっては色々あった。
 隣を歩くスウェット姿の茜は、ちらりと私を見下ろすと白い頬にえくぼを浮かべた。そんな顔をすると、童顔の女顔がますます際立つ。
 「なんで?」
 「焦ることろが見たかったの。」
 「奥谷さんが?」
 「うん。」
 「何回?」
 「一回だけだよ。遊園地で。」
 「遊園地?」
 似合わねー、と茜は声をたてて笑った。夏の青い夜空には、茜のぱさついて白に近くなった金髪が、うっとりするほどよく映えた。
 「だから、連れてってって言ったの。」
 事実、ピンクや水色や赤やオレンジ色のアトラクション類に乗る奥谷は、なにかの冗談かというくらい場違いだった。あれは夏の終わり、まだ暑い9月の頭だったのだけれど、奥谷は刺青を隠すために黒い長袖のタートルネックを着て、手袋もしていた。だから余計に、堅気ではないのが明らかになってしまっていた。
 「そりゃあね、ももちゃんに遊園地は似合わねーよな。」
 「え、私?」
 「うん。」
 茜はさも当たり前のことを言ったみたいな顔で、私の方を見もしない。
 私に遊園地は似合わない。
 自覚は、多分あった。まともに考えると寂しさで気が狂いそうになるくらいには。
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