愛じゃなくても

美里

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「そこまでしてでも一緒にいたかったんですよね。それって特別じゃないんですか。」
 七美が章吾に抱き寄せられたまま、食い下がるように言った。
 章吾は彼女の肩を手放せないまま、曖昧に首を振った。
 「……そうかな。どうだろう。分からないよ。」
 分からない。
 それが正直ないいようだった。
 分からない。
 今になっても、七瀬に向けた感情に名前がついてくれない。
 誰かに決めてほしかった。例えば神様にでも。この感情は、恋ですよ、だとか、愛ですよ、だとか、友情ですよ、だとか。
 七瀬は言葉にこだわらなかった。章吾がなにも言えなくても、いつも黙ってひっそりと笑っていた。
 今なら分かる。七瀬は言葉にこだわらなかったのではなくて、こだわれなかったのだ。
 章吾が言葉を掴みそこねている限り。
 「……七瀬は、幸せだったのかな。俺といて。」
 本当だったら、七美にではなく、七瀬に訊くべき疑問だった。
 お前は幸せなのか、俺といて。
 きっと七瀬は、急な問いかけに驚いて長いまつげをしぱしぱさせた後、幸せだよ、と答えただろう。それが嘘だとしても。
 七瀬はいつもそうだった。章吾の嘘も躊躇も曖昧さも、全部飲み込んで笑っていた。
 鼻の奥がつんと痛んだ。涙の気配があった。
 章吾は七瀬の名前を呼んだ。彼の妹の肩を抱いたまま。
 なに?、と、七美が囁くように問い返した。その声は七瀬に似ていた。高さは確かに全然違うのだけれど、声の質や抑揚が、聞き慣れた七瀬の声とぴたりと重なった。
 その声を聞くと、涙が止まらなくなった。
 会いたいと思った。ただ、七瀬に。
 毎日の食事を作っていた七瀬。隠れて煙草を吸っていた七瀬。記念日にはレストランの予約をしていた七瀬。手首を傷だらけにしていた七瀬。
 会いたい。
 締め付けられる声でそう訴えると、七美の華奢な手が、章吾の背中を抱いた。ぽつりと、落ちてくる声。
 「こんなの、どうしようもないくらい恋じゃないですか。」
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