待つ

美里

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 途中だった編み物を再開する。今は、レース編みでストールを作っているところだ。自分がこんなふうに毎日家にいて、編み物をして時間を消化するようになるなんて、草平と結婚するまでは考えてもみなかった。大学時代の菜乃花は友人づきあいも多かったし、就職だって、ある程度の夢ややる気を持ってしたつもりだ。ただ、そこでの仕事や人間関係が上手くいかなくて、菜乃花はうつ病を患った。草平に、その旨を話したことはない。休職をしていたことも草平には黙っていた。
 草ちゃんが求婚してきたのがそんなタイミングでなかったら……、と思うことが、菜乃花には時々ある。それは、夫がこうやって温泉旅行に出かけて行った直後に。
 草ちゃんが求婚してきたのがそんなタイミングでなかったら、私は結婚をしただろうか。少なくとも、こんなに早く。
 草平が、あの頃の菜乃花の精神面の不調を察していたとは思わない。確かに食欲不振や不眠で、あの頃の菜乃花は痩せたし顔色だって悪かった。それでも、草平は多分、なにも気が付いてはいなかった。そういうひとなのだ。他人の体型や顔色に気を配れるほど、生きていく上での余裕やエネルギーがないひと。
 菜乃花は編み物を膝に置き、長く細い息をついた。そして、少しの逡巡の後、テーブルの上に置いてあった携帯電話に手を伸ばす。
 「……。」
 ひとり、虚空を見上げて少し考えてから、友人に電話を掛ける。中学時代から親しい、おんなともだち。電話をすることに、躊躇いを覚える必要などない相手だろう。普通なら。 
 「……あ、ひなちゃん?」
 雛子は、すぐに電話に出た。いつもだ。彼女が菜乃花からの電話を取り逃したことはない。必ず三回以内のコールで電話を取る。
 『旦那さん、行っちゃったのね。』
 憐れむようでもなく、けろりと雛子がそう言ったので、菜乃花はあっさり頷くことができた。
 「そうなの。だから……、」
 『遊びに行くわ。』
 「……ええ。」
 じゃ、と短く言って、雛子が電話を切る。菜乃花は携帯電話をテーブルに置き直し、編み物を手元に広げたのだけれど、編み棒を再度動かしはじめる気にはれなかった。指が、少しだけ震えている。これでは、正確さが要求されるレース編みなんかできない。菜乃花は編み物をバスケットの中に片づけ、洗面所の鏡で薄化粧と髪を少し直した。草平が素顔のおんなを嫌うので、家でもいつも、菜乃花は薄く化粧をしていた。
 
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