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菜乃花はどうにか呼吸を回復し、俯いた。
確かに草平との仲はこじれているけれど、その原因は雛子ではない気がした。さらに言えば、例の男性でもない。多分、もともと菜乃花と草平はこじれていて、そのこじれた隙間を埋めるための相手に、草平は自分を好きでいてくれる男を、菜乃花も自分を好きでいてくれるおんなを、選んだのだと思う。銘々、話し合ったわけでもないのに同性を選んだのは、それがわずかに残された誠意だったのかもしれない。
「……ひなちゃんのせいじゃ、ないよ。」
「せめて、私のせいにしてよ。それくらいは、菜乃花の人生に関わらせて。」
「ひなちゃんは、ずっと関わってたよ。ずっと、私を好きでいてくれた。」
「そうね。……そうね。」
繰り返して、雛子は長い睫を伏せた。見慣れた、きれいな顔。男もおんなも惹きつける、その色香が存分に漂う。
こんなにきれいな人に、自分が好かれているなんて、奇妙な気がした。こんなに魅力的な人が、ずっと自分を好きでいてくれたなんて。
「私がこんなになって、全然自分のことなんか好きじゃなくなっても、ひなちゃんは私を好きって言ってくれる。関わってないわけ、ないじゃない。」
菜乃花は、無意識に、まだ膨らんでもいない腹に手をやっていた。
私が、こんなになって。好きだったはずの男とこじれて、好きだかどうだか分からなくなった男と、理由も分からないままに寝て、子どもまで作っても。それでも、雛子は変わらなかった。菜乃花を好きでい続けてくれた。
そうね、と、また呟いて、雛子は微かに微笑んだ。白い頬に、優雅な影が射す。
「妊婦は抱けないから、帰るわ。……一緒に、来る?」
菜乃花は迷った。雛子が本気で言ってくれていることは分かっていた。来る? の、短い一言にかけられた思いの深さも。そして、だから、行く、と言えなかった。雛子が自分を好きでいてくれているのと同じ意味で、自分が雛子を好きになれるのかが分からなかったから。ずっと、長い時間をかけたら、もしかしたら好きになれるのかもしれないけれど、そうではないかもしれない。そんな、不安定な賭けに雛子を付き合わせてはいけない。
「……行かない。待つわ。草ちゃんを。」
同性愛者の男と温泉旅行などに出かけて行った夫を、それでも待つのだ。お互いの、最後の誠意だけでも信じて。
「そう。」
軽やかに頷いた雛子が、するりとうつくしい猫みたいな動作で、ソファから立ち上がる。菜乃花は、彼女を玄関まで見送った。
「またね。」
雛子が言って、
「またね。」
と、菜乃花が返した。もう二度とは、会えないのであろう相手に。
遠ざかって行く雛子の背中を見送り、玄関のドアを閉めた菜乃花は、ソファに座り直すと、手元に編みかけのレース編みを引き寄せた。手の震えは、もうおさまっていた。
確かに草平との仲はこじれているけれど、その原因は雛子ではない気がした。さらに言えば、例の男性でもない。多分、もともと菜乃花と草平はこじれていて、そのこじれた隙間を埋めるための相手に、草平は自分を好きでいてくれる男を、菜乃花も自分を好きでいてくれるおんなを、選んだのだと思う。銘々、話し合ったわけでもないのに同性を選んだのは、それがわずかに残された誠意だったのかもしれない。
「……ひなちゃんのせいじゃ、ないよ。」
「せめて、私のせいにしてよ。それくらいは、菜乃花の人生に関わらせて。」
「ひなちゃんは、ずっと関わってたよ。ずっと、私を好きでいてくれた。」
「そうね。……そうね。」
繰り返して、雛子は長い睫を伏せた。見慣れた、きれいな顔。男もおんなも惹きつける、その色香が存分に漂う。
こんなにきれいな人に、自分が好かれているなんて、奇妙な気がした。こんなに魅力的な人が、ずっと自分を好きでいてくれたなんて。
「私がこんなになって、全然自分のことなんか好きじゃなくなっても、ひなちゃんは私を好きって言ってくれる。関わってないわけ、ないじゃない。」
菜乃花は、無意識に、まだ膨らんでもいない腹に手をやっていた。
私が、こんなになって。好きだったはずの男とこじれて、好きだかどうだか分からなくなった男と、理由も分からないままに寝て、子どもまで作っても。それでも、雛子は変わらなかった。菜乃花を好きでい続けてくれた。
そうね、と、また呟いて、雛子は微かに微笑んだ。白い頬に、優雅な影が射す。
「妊婦は抱けないから、帰るわ。……一緒に、来る?」
菜乃花は迷った。雛子が本気で言ってくれていることは分かっていた。来る? の、短い一言にかけられた思いの深さも。そして、だから、行く、と言えなかった。雛子が自分を好きでいてくれているのと同じ意味で、自分が雛子を好きになれるのかが分からなかったから。ずっと、長い時間をかけたら、もしかしたら好きになれるのかもしれないけれど、そうではないかもしれない。そんな、不安定な賭けに雛子を付き合わせてはいけない。
「……行かない。待つわ。草ちゃんを。」
同性愛者の男と温泉旅行などに出かけて行った夫を、それでも待つのだ。お互いの、最後の誠意だけでも信じて。
「そう。」
軽やかに頷いた雛子が、するりとうつくしい猫みたいな動作で、ソファから立ち上がる。菜乃花は、彼女を玄関まで見送った。
「またね。」
雛子が言って、
「またね。」
と、菜乃花が返した。もう二度とは、会えないのであろう相手に。
遠ざかって行く雛子の背中を見送り、玄関のドアを閉めた菜乃花は、ソファに座り直すと、手元に編みかけのレース編みを引き寄せた。手の震えは、もうおさまっていた。
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