境界線

美里

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私のすぐ隣りに座った潤からは、男の匂いがしなかった。
 第二次性徴前みたいな可愛らしい容姿のせいだろうか、とにかく潤からは、男の匂いも女の匂いもしなかった。
 その姿はいっそ私の憧れであったのかもしれない。
 男でも女でもない生き物になりたかった。そうすれば、性に振り回されずにすむ。
 潤は軽く首を傾けて私を覗き込むと、水、飲んでください。と、静かに言った。
 私はぎこちなく指を動かし、なんとかペットボトルの蓋を開け、冷たい水を口に含んだ。
 冷たく冷やされた水は、私の思考を一瞬でクリアにしてくれた。
 『……ありがとうございます。』
 私が礼を言うと、潤は小さく首を左右に振った。それは、そっけないくらいさらりとした動作だった。
 『駅員さんは、呼ばなくて平気そうですね。』
 ええ、と、私は水のペットボトルに視線を落としたまま頷いた。
 どうしたんですか、とか、なにがあったんですか、とか、潤は訊かなかった。ただ、黙って私の隣に座っていた。スクールバッグを膝の上に置き、何気ないけれどきれいな姿勢で。
 だから、私が堰を切ったように自分と兄になにがあったのかを話し出したのは、潤に促されたからではない。完全に、私の意思だった。
 『兄と寝ていたんです。血の繋がった、実の兄と。』
 そう、なんの前置きもなく切り出しても、潤は動じなかった。軽く私の目を見て、視線で先を促しただけで。
 そこからは、私は兄と私の間に起こったことや、家庭が崩壊していく過程を、初対面の高校生を相手に、転がるように言葉を紡ぎ出していた。
 それでも潤は、感情をまるで表に出さなかった。嫌悪も驚きも、なにも。
 私はそれに救われたのだ。
 長い話が終わった頃、夕日が傾きかけ、駅の構内はセピア色に染まっていた。
 私は早口に話した分、息を切らしながら、ぐったりと背中をベンチの背もたれに預けて空を仰いだ。
 『これで全部?』
 と潤が言った。
 私はごくごくと水を飲みながら、こくりと首を縦に振った。
 そう、と呟いた潤は、そのままベンチから立ち上がろうとした。
 その腕を掴んで引き止め、頼み込んでラインを交換した。それから一月、私はこうやって度々潤を呼び出しては話を聞いてもらっている。
 潤を便利屋とも、全自動愚痴聞きマシーンだとも思ったことはないけれど、カウンセラーみたいな役割を押し付けてしまっている申し訳なさはある。潤は、私と兄みたいな爛れた関係がこの世にあることを知らなくてもいい、いや、知らない方がいい、16歳の高校生なのだから。

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