死にたい夜に限って

美里

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たじろいで黙っている私を、香也はじっと見つめていた。涙をためた、大きな両目で。
 だから私は、適当に言葉を濁したり、黙り込んでその場をしのいだりができなくなる。
 「……昔はね、私、役所勤めなんか、してたのよ。」
 「え?」
 芯から驚いたように香也が声を上げるから、私は思わず苦笑した。
 観音通りに立つようになって、早三年。市役所勤めをしていた頃の私の面影は、もうどこにも残っていないようだった。自分では、大して変わっていないだなんて、思ってはいるのだけれど。
 「でもね。……でも、なんか、折り合いがつかなくて。」
 「……折り合いって、なにと?」
 「なんだろう。……世の中、かなぁ。」
 我ながらぼんやりした台詞っだったけれど、香也はそれ以上付き詰めてはこなかった。私は、そのことに確かに安堵した。
 今でも、よく分からない。私は、なにと折り合いがつかずに仕事をやめたのか。
 でも、確実にあのままではだめになっていた。もう、生きてはいかれなかった。
 毎日粛々と出勤と退勤を繰り返していた二年間。別になにか変わったことをしたわけでもないのに、ある日いきなり、全身に発疹ができた。皮膚科でも原因が分からなかったオレンジ色の発疹は、私の全身を覆っていった。
 そして、仕事をやめた日に、それはくるりと治まったのだ。
 貯金で食いつないでいる間に、新しい仕事を探そうともした。ハローワークにも通ったし、面接を何社か受けた。そうしたら、また発疹が出た。
 もう、だめなのだと思った。
 はっきりとした原因はわからないけれど、とにかく私はなにかと折り合いがつかなくて、その折合えない部分が私の中に蟠って、発疹を生み出している。そうとしか考えられなかった。
 「……今は? 今は、折り合いがついてるの?」 
 香也がひっそりと問いかけてきた。
 私は少し考えて、正直に答えた。
 「……観音通りはね、折り合いをつけなくても生きていける場所なんだと思う。……あそこでしか生きていけない人種もいるんだよ。」
 私は、首についた痣に触れた。
 私の命を奪ったかもしれないもの。
 でも、この手形よりも、オレンジ色の発疹のほうが、より私を死に近づけていた気がするのだ。
 「……私にも、わからないよ。……生きているところで、するのは売春だからね。死んでる方が、まだマシかもしれないし。」
 いつもぼんやりと思ってはいる疑問を、はじめて口にした。
 
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