11 / 20
2
しおりを挟む
たじろいで黙っている私を、香也はじっと見つめていた。涙をためた、大きな両目で。
だから私は、適当に言葉を濁したり、黙り込んでその場をしのいだりができなくなる。
「……昔はね、私、役所勤めなんか、してたのよ。」
「え?」
芯から驚いたように香也が声を上げるから、私は思わず苦笑した。
観音通りに立つようになって、早三年。市役所勤めをしていた頃の私の面影は、もうどこにも残っていないようだった。自分では、大して変わっていないだなんて、思ってはいるのだけれど。
「でもね。……でも、なんか、折り合いがつかなくて。」
「……折り合いって、なにと?」
「なんだろう。……世の中、かなぁ。」
我ながらぼんやりした台詞っだったけれど、香也はそれ以上付き詰めてはこなかった。私は、そのことに確かに安堵した。
今でも、よく分からない。私は、なにと折り合いがつかずに仕事をやめたのか。
でも、確実にあのままではだめになっていた。もう、生きてはいかれなかった。
毎日粛々と出勤と退勤を繰り返していた二年間。別になにか変わったことをしたわけでもないのに、ある日いきなり、全身に発疹ができた。皮膚科でも原因が分からなかったオレンジ色の発疹は、私の全身を覆っていった。
そして、仕事をやめた日に、それはくるりと治まったのだ。
貯金で食いつないでいる間に、新しい仕事を探そうともした。ハローワークにも通ったし、面接を何社か受けた。そうしたら、また発疹が出た。
もう、だめなのだと思った。
はっきりとした原因はわからないけれど、とにかく私はなにかと折り合いがつかなくて、その折合えない部分が私の中に蟠って、発疹を生み出している。そうとしか考えられなかった。
「……今は? 今は、折り合いがついてるの?」
香也がひっそりと問いかけてきた。
私は少し考えて、正直に答えた。
「……観音通りはね、折り合いをつけなくても生きていける場所なんだと思う。……あそこでしか生きていけない人種もいるんだよ。」
私は、首についた痣に触れた。
私の命を奪ったかもしれないもの。
でも、この手形よりも、オレンジ色の発疹のほうが、より私を死に近づけていた気がするのだ。
「……私にも、わからないよ。……生きているところで、するのは売春だからね。死んでる方が、まだマシかもしれないし。」
いつもぼんやりと思ってはいる疑問を、はじめて口にした。
だから私は、適当に言葉を濁したり、黙り込んでその場をしのいだりができなくなる。
「……昔はね、私、役所勤めなんか、してたのよ。」
「え?」
芯から驚いたように香也が声を上げるから、私は思わず苦笑した。
観音通りに立つようになって、早三年。市役所勤めをしていた頃の私の面影は、もうどこにも残っていないようだった。自分では、大して変わっていないだなんて、思ってはいるのだけれど。
「でもね。……でも、なんか、折り合いがつかなくて。」
「……折り合いって、なにと?」
「なんだろう。……世の中、かなぁ。」
我ながらぼんやりした台詞っだったけれど、香也はそれ以上付き詰めてはこなかった。私は、そのことに確かに安堵した。
今でも、よく分からない。私は、なにと折り合いがつかずに仕事をやめたのか。
でも、確実にあのままではだめになっていた。もう、生きてはいかれなかった。
毎日粛々と出勤と退勤を繰り返していた二年間。別になにか変わったことをしたわけでもないのに、ある日いきなり、全身に発疹ができた。皮膚科でも原因が分からなかったオレンジ色の発疹は、私の全身を覆っていった。
そして、仕事をやめた日に、それはくるりと治まったのだ。
貯金で食いつないでいる間に、新しい仕事を探そうともした。ハローワークにも通ったし、面接を何社か受けた。そうしたら、また発疹が出た。
もう、だめなのだと思った。
はっきりとした原因はわからないけれど、とにかく私はなにかと折り合いがつかなくて、その折合えない部分が私の中に蟠って、発疹を生み出している。そうとしか考えられなかった。
「……今は? 今は、折り合いがついてるの?」
香也がひっそりと問いかけてきた。
私は少し考えて、正直に答えた。
「……観音通りはね、折り合いをつけなくても生きていける場所なんだと思う。……あそこでしか生きていけない人種もいるんだよ。」
私は、首についた痣に触れた。
私の命を奪ったかもしれないもの。
でも、この手形よりも、オレンジ色の発疹のほうが、より私を死に近づけていた気がするのだ。
「……私にも、わからないよ。……生きているところで、するのは売春だからね。死んでる方が、まだマシかもしれないし。」
いつもぼんやりと思ってはいる疑問を、はじめて口にした。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる