死にたい夜に限って

美里

文字の大きさ
14 / 20

しおりを挟む
連れ込み宿のいつもの部屋で、私は泣きながら服を脱いだ。
 なぜだか涙が止まらなかった。悲しいとか、辛いというよりは、玉ねぎを切ったときみたいな、生理的な涙。
 大きな男は、私の涙についてはなにもコメントしなかった。ただ、泣きながら服を脱ぐ私を眺めていただけで。
 いつもなら、とっとと自分で服を脱ぎ、風呂場に消えていく大きな男が、今日はそうやって私を眺めているだけで、なにも動かない。
 私は大きな男の膝に乗り上げ、むしり取るようにネクタイを外した。
 「早く、脱いでよ。セックスしようって言ったのはそっちでしょ。」
 もう、耐えられなかった。セックスがしたいというよりは、ただ眺められていることに耐えられなかったのだ。
 香也を失った私の涙を、香也に愛されているこの男に眺められていることに耐えられない。
 いいよ。
 大きな男はあっさりそう言って、ワイシャツのボタンを外した。
 早く、早く、と、私は泣きながら、大きな男のベルトを外した。
 セックスなんて、ただの粘膜接触。そこになんらかの意味なんてない。
 分かってる。分かってて、今の私には、それが必要だった。
 「香也と暮らしてたって、セックスもできない。」
 「それで、香也に飽きたの?」
 「そう。」
 そう、そうだよ。
 繰り返して、裸になった大きな男に正面から抱きつく。
 顔を見ないでほしかった。ただ、それだけ。
 「俺、あんたのこと結構好きよ。」
 大きな男は、戯れ歌でも口ずさむみたいにそう言った。
 冗談みたいな口調でも、それが冗談ではないことが私にはなんとなく理解できた。だから、不思議だった。
 「……どこが?」
 「馬鹿なところ。」
 「なにそれ。」
 「香也とずっと暮らせると思ってたんでしょ。そういう、馬鹿なところ。」
 涙は止まらなかった。
 止まらないまま、私は大きな男と性交をした。いつもと同じに。
 大きな男は、私が泣いているからといって、態度も動作もまるでいつもと変えなかった。そのことは、私に妙に安心感を与えた。
 この男にとって、私の涙は、大した意味を持たない。
 それは、楽だった。とても。
 「香也は引き取るよ。」
 セックスが終わり、真っ黒のスーツを着直した大きな男は、流れるようにそれだけ言って、部屋を出ていった。
 私は、暗い部屋の中で、自分の首についた手形に手を重ねてみた。
 そうすると、不思議なことに、涙がぴたりと止まった。
 私は荷物をまとめて部屋を出て、観音通りの街灯下へと戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

処理中です...