女衒直巳と三人の女郎

美里

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しとしと降る雨に肩を濡らしながら長屋まで戻ると、直巳の部屋の前に男がひとり、しゃがみこんでいた。
 真っ暗闇の中に、男が咥えた煙草の先だけがぽつんと赤い。
 「どうした、真澄。」
 直巳は驚いて彼に駆け寄った。用事がないのにわざわざ訪ねてくるような男じゃない。なにか大きなへまをやらかして、助けを求めに来たのではないかと思ったのだ。
 女衒として独り立ちして以来、真澄は晴海楼を離れ、招福楼に女郎を卸している。直巳とは時々顔を合わせれば立ち話くらいはするが、以前のように連れだって行動することは亡くなった、それでも一時期は弟みたいに面倒を見ていた相手だ。
 両肩をがしりと掴まれた真澄は、咥えていた煙草をぽろりと取り落した。色の白いすっきりと整った顔が、今はぐしゃりと大きく歪んでいる。
 「ごめんなさい。」
 真澄は直巳の両手から逃げるように、長屋の戸にめり込まんばかりに身を縮めた。
 「だから、どうしたんだ。」
 これはどえらいことをやらかしたのではないかと、直巳は真澄の前に膝をついてその顔を覗き込む。
 「俺、直巳さんの弱みに付け込むようなことして。」
 弱味に付け込むようなこと?
 数秒間考えて、ようやく直巳は彼との性交を思い出した。もう、二年か三年は前のこと。今更謝られるようなことではない。
 「いいよ、別に。なかったことにしてまたやっていこう。」
 だから、直巳の返事は平然としたトーンになった。今日はやけに、あの晩のことを思い出させられるな、と、胸の内ではため息をつきながら。
 「晴海楼に売りたい女でもいるのか?」
 真澄が今更直巳に頭を下げに来る理由は、それしか思い浮かばなかった。何らかの理由で店側ともめ、晴海楼に戻りたくなったのではないかと。
 問われた真澄は、信じられないことを聞いた、とでも言いたげに直巳の顔を凝視した。
 「……そうじゃない。」
 「じゃあ、どうした。」
 直巳が首をひねると、真澄はきつく眉を顰め、直巳の手をそっと自分の肩から外させた。
 「あなたは、いつも遠い。」
 「なんの話だ。」
 「詫びくらい、まっとうに入れさせてくれてもいいじゃないですか。ようやく勇気振り絞ったんですよ、これでも。いつかは謝らなくちゃってずっと思ってて。」
 真澄はそう言ったっきり立ち上がり、直巳に背を向けるとふらりと長屋を離れて行った。
 直巳はあっけにとられ、遠ざかりやがて闇にまぎれる真澄の背中を眺めているしかなかった。
 そしてその夜以来、真澄は桜町から消えた。
 少し離れた私娼窟に女を卸すようになった、と、しばらく経って直巳は風の噂で知った。
 自分の言動が真澄を傷つけたのだ、自業自得だと思っても、なにがどう悪かったのかはよく分らなかったし、真澄の不在は思いのほか寂しかった
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