女衒直巳と三人の女郎

美里

文字の大きさ
30 / 32

しおりを挟む
「空蝉がなにか、粗相でも。」
 直巳の台詞は明らかに保身だった。自分でもそれは承知していた。一度情を通じた男として柳沢の前に立つよりも、女衒としての方がずっと気が楽だった。
 「いいや。」
 柳沢は直巳の心境になどまるで頓着した様子もなく、赤い柄のキセルで煙草を吸いながら、明らかに一度抱いた女郎として彼を見ていた。
 柳沢の容姿を明るいところできちんと見るのははじめてだったが、やはり癖のある金に近い髪をした、宗教画の天使みたいな男だった。
 「家内はよくやっているよ。ただ、女にも飽きたからさ。」
 脇息にゆったりともたれ、だらりと襟を広く開けて着物を纏う姿は、四年近く前の彼の姿とまるっきり重なった。だから直巳の胸は、ずんと重苦しくなる。
 「俺は、この廓に属しているわけではありませんから。」
 直巳はそうやって目の前の男を拒もうとした。
 一度めは、水揚げ代などと謳った大金と引き換えに、太客の息子の言いなりになった。まあ、悪くはない話だったと思う。客観的に考えても。
 でも、二度目はそうではない。自分が手掛けた花魁が嫁いで行った相手に、一女郎の玉代で抱かれる。それはもう、客観的に考えれば考えるほど馬鹿げた話だ。女衒の仕事内容とはかけ離れすぎている。
 それでも柳沢は、女のように白く滑らかな手で、立ち尽くす直巳の袖を引いた。
 それだけの仕草なのに、直巳は腰が抜けたように柳沢の前に座り込んでしまう。
 情けなかった。情けないが、認めないわけにもいかなかった。まだ直巳は、この男に縛られている。
 「俺は、女郎じゃないから……、」
 今度こそ、あなたに抱かれるわけにはいかない。これ以上、あなたに縛られるわけにはいかない。
 どちらも言葉にならなかった。直巳の両腕は勝手に柳沢の首に縋っていた。
 「女郎じゃないから?」
 面白がるように、柳沢の左手が直巳の背を撫でる。もう片方の手は畳の上に垂らされて、キセルを握ったままだ。
 「ないから……。」
 言葉が意味をなくしていた。これはもうただの音の羅列に過ぎなかった。意味を読みとろうとする人間のいない空間で、言葉は浮かんで消えるだけ。
 もう柳沢はなにも言わなかったし、直巳もなにも言えなかった。ただ、夜が明けるまで、女郎と客の真似事をした。
 明けの烏が啼く声で、柳沢は直巳の肌を手離した。
 「帰らないとな。」
 一晩肌をいじくりまわされていた直巳は、褥に突っ伏したまま掠れた声で男に乞うた。
 「もう来ないで下さい。」
 男はきれいに整った顔で、いっそ妖艶な笑みを浮かべた。
 「女に飽きたら来るよ。」
 それは直巳には、死刑宣告のようにすら聞こえた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

薄紅の檻、月下の契り

雪兎
BL
あらすじ 大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。 没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。 しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。 鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。 一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。 冷ややかな契約婚として始まった同居生活。 だが、伊織は次第に知ることになる。 鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。 発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。 伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。 月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。 大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...