禁猟区

美里

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「適当に女見つけるよ。長いこと迷惑かける気はないから。」
 口にしてから、最悪な台詞だな、と思った。台詞の内容もさることながら、引き止めてほしい気持ちがむき出しになっている。万里は優しいから、俺が自暴自棄な台詞を吐けば放っておけないと承知の上で。
 「やめなよ。」
 思った通り、万里は俺を引き止める。
 「知らない人の家を泊まり歩くなんて危ないよ。俺のところにいたくないなら、せめてサクラさんの家にでも泊めてもらいなよ。」
 サクラの家。
 そんなものはこの世に存在しない。あいつも俺と同じで、ふらふらと異性の家を渡り歩いて暮らしている。
 そのことを、万里は知らない。サクラは俺と違ってまともに暮らしているのだと思いこんでいる。俺もわざわざ本当のことを教えようとは思わない。だから、適当に首を振って曖昧な返事だけをよこした。
 この世には、俺みたいな人種は結構たくさんいる。そんなこと、万里は死ぬまで知らなくていい
 万里はしばらく、黙って俺を見ていた。
 なにか言いたげな目線だったが、俺は気がついていないふりをした。
 ふう、と、万里が浅くため息をつく。
 「分かったよ。でも、気をつけてね。まずいことになりそうだったら、いつでもうちに来ていいから。」
 まずいこと……例えば刃傷沙汰になったとしたら、俺がこの世で一番頼らないのが万里の部屋だ。道端で野垂れ死ぬことになったとしても、この部屋を俺の血で汚したくはない。
 それでも俺は、万里の目を見て頷いた。
 嘘は得意だ。
 すると万里はちょっと安心したように眉のあたりを緩め、カレー作るね、と、狭いキッチンに立った。
 俺は布団の上にあぐらをかいたまま、ふと外から聞こえる雨音に気が付き、耳を澄ませた。
 雨は好きだった。昔から。孤独が正当化されるような気がして。たしか、サクラも同じようなことを言っていた。私雨は好きよ。一人でいるのが当たり前って思い出させてくれるから。
 そして、万里は雨が嫌いなのだ。単純に、濡れるし洗濯物が乾かなくなるから。
 俺と万里は違う。雨の日に対する感想でさえ。
 「……雨が止まないうちに出てくよ。」
 小声で誰にともなく呟くと、キッチンから万里の声が飛んできた。
 「なんか言ったー?」
 俺は思わず苦笑して、なにも言ってないよ、と返した。
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