15 / 31
4
しおりを挟む
俺はそれからしばらくバーテンの部屋にとどまった。麻美の件のほとぼりが冷めるまであまり外を歩きたくなかったので、都合が良かったのだ。
一階に降りることはなかったので、サクラに会うこともなかった。だからサクラにバーテンと寝たことを話す機会もなかったのだが、彼はそれについてなにも言わなかった。
バーテンとは、毎日セックスをした。仕事が終わり、明け方近くなって部屋に戻ってくる彼を、毎日抱いた。
当たり前のことだけれど、抱けば抱くほど彼の身体は男に慣れていった。
それなのにいつもその肌は冷たくて、俺は冷たい泉の水をかき集めるみたいに彼の肌に触れていた。
セックスの前も後も、会話はなかった。いつだって俺たちには話すことがなくて。
それがある日の明け方、白いカーテンの隙間から射す新しい日差しに肌を白く光らせながら、彼がぽつりと言った。
「本命さんのこと、ごめんなさい。電話、勝手に切ったりして。」
俺は一瞬、なにを謝られているのか分からなかった。それくらいにはもう、彼が万里からの電話を切った日から時間が経っていた。
「……ああ、電話ね。別にいいよ。」
本当に、別によかった。あれ以来万里に電話はしていなかったけれど、別にあいつが本気で心配しているとも思えない。あの手紙が俺の単なる悪ふざけであることくらい、長い付き合いだ、分かってるだろう。
うらやましいな、と、彼が呟いた。
「連絡取らなくても、全然平気なくらいちゃんとつながってるんですね。」
ちゃんとつながってる?
それは、多分違う。
万里と俺は、ただ離れられないだけだ。
同じ日に捨てられ、同じ日に拾われ、同じように育てられた者どうし、歪な糸で結び付けられているだけ。
「……そういうわけでも、ないけどね。」
彼に、俺と万里の詳しい事情を話す気にはなれなかった。
めんどくさいからでも、どうせ理解されないからでもない。なんなら彼は、俺と万里の事情を胸の深いところで理解してくれそうな雰囲気さえあった。
だから話す気になれない理由は簡単で、俺はきっと、理解されたくないのだ。
理解されたと思ってしまうと、その後が辛い。離れられなくなってしまう。
ヒモになりたての頃、そういう失敗を幾度かした。
もう俺は、そうやって変な傷つき方をしたくはない。
曖昧な返事しか返さない俺を、彼は責めなかった。ただ、布団を被り、身を寄せ合ったまま、深いキスを交わした。
キスなんてただの粘膜接触。そこからどんな思いが伝わるわけでもないと、さんざん理解しているのだけれど。
一階に降りることはなかったので、サクラに会うこともなかった。だからサクラにバーテンと寝たことを話す機会もなかったのだが、彼はそれについてなにも言わなかった。
バーテンとは、毎日セックスをした。仕事が終わり、明け方近くなって部屋に戻ってくる彼を、毎日抱いた。
当たり前のことだけれど、抱けば抱くほど彼の身体は男に慣れていった。
それなのにいつもその肌は冷たくて、俺は冷たい泉の水をかき集めるみたいに彼の肌に触れていた。
セックスの前も後も、会話はなかった。いつだって俺たちには話すことがなくて。
それがある日の明け方、白いカーテンの隙間から射す新しい日差しに肌を白く光らせながら、彼がぽつりと言った。
「本命さんのこと、ごめんなさい。電話、勝手に切ったりして。」
俺は一瞬、なにを謝られているのか分からなかった。それくらいにはもう、彼が万里からの電話を切った日から時間が経っていた。
「……ああ、電話ね。別にいいよ。」
本当に、別によかった。あれ以来万里に電話はしていなかったけれど、別にあいつが本気で心配しているとも思えない。あの手紙が俺の単なる悪ふざけであることくらい、長い付き合いだ、分かってるだろう。
うらやましいな、と、彼が呟いた。
「連絡取らなくても、全然平気なくらいちゃんとつながってるんですね。」
ちゃんとつながってる?
それは、多分違う。
万里と俺は、ただ離れられないだけだ。
同じ日に捨てられ、同じ日に拾われ、同じように育てられた者どうし、歪な糸で結び付けられているだけ。
「……そういうわけでも、ないけどね。」
彼に、俺と万里の詳しい事情を話す気にはなれなかった。
めんどくさいからでも、どうせ理解されないからでもない。なんなら彼は、俺と万里の事情を胸の深いところで理解してくれそうな雰囲気さえあった。
だから話す気になれない理由は簡単で、俺はきっと、理解されたくないのだ。
理解されたと思ってしまうと、その後が辛い。離れられなくなってしまう。
ヒモになりたての頃、そういう失敗を幾度かした。
もう俺は、そうやって変な傷つき方をしたくはない。
曖昧な返事しか返さない俺を、彼は責めなかった。ただ、布団を被り、身を寄せ合ったまま、深いキスを交わした。
キスなんてただの粘膜接触。そこからどんな思いが伝わるわけでもないと、さんざん理解しているのだけれど。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる