禁猟区

美里

文字の大きさ
18 / 31

サクラ

しおりを挟む
バーテンの部屋を出て、夜明けの街へ歩き出した途端、背後から声をかけられた。
 「カイリ。」
 耳に馴染んだ甘ったるいハスキーボイス。振り返れば、店の看板に腰を引っ掛けるようにしてサクラが立っていた。
 「……え? なんで?」
 なんで俺がここにいることを知っているのだ。
 驚いて言葉をなくしていると、サクラはいたずらが成功した子供みたいに屈託なく笑った。
 「昨日バーテンくんに、あんたの居場所訊いたら、知らないっていうのよ。あからさまに嘘のトーンで。だから多分、あんたはここにいるって思ったのよね。」 
 さすがはサクラ、と、俺はパチパチ拍手をしてみせた。
 「あなたの本命くんが、あなたのこと探してるわよ。部屋に行ってあげたほうがいいわ。」
 どうせまだ麻美と話もついてないんでしょ、と、サクラは軽く肩をすくめる。
 確かに麻美と話はついていない。いつ刺されてもおかしくない。
 俺の行動はなにからなにまでお見通しなのか、とちょっと悔しくなったので、俺は仕返しみたいにサクラに顎をしゃくる。
 「寝たよ。バーテンくんと。」
 するとサクラは、全く表情を替えないまま、そう、と応じた。
 「あの子は繊細ね。適当に寝て後はほっとけばいいってタイプじゃない。」
 だから重たいわ、などと言いながら、サクラは煙草に火を付ける。
 重たい。
 その意味は俺にも正直分かった。
 あのバーテンダーは、真面目すぎる。俺やサクラみたいに、ふらふらと男とも女とも寝ているようなタイプじゃない。
 だから、重たい。
 「お前も刺されるんじゃないか? バーテンくんに。」
 半分冗談、半分本気の言葉を、サクラは紫煙と一緒に笑い飛ばした。
 「別に、それならそれでいいわよ。」
 寂しい言葉だと思った。サクラはいつも、なににも執着しない。それは、自分の命にさえも。
 そうでなくては、フリーランスの売春婦なんて危険極まりない仕事を何年も続けてはいけないはずだ。
 俺の考えをすっかり読み取ったみたいに、サクラは煙草を唇の端に引っ掛けたまま皮肉に唇を歪めた。
 「あんただってそうでしょ? 麻美ちゃんにいつ刺されたって、どうでもいいくせに。」
 ただね、と、サクラが煙草を俺の口にねじ込みながら言う。
 「あんたにはバンリくんがいるでしょ。ちゃんと探してくれる人がいる。どっか、誰にも見つからないような場所で刺されるのはやめなさい。せめてちゃんと見つけられやすいとこで死んだらいいわ。」

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

薄紅の檻、月下の契り

雪兎
BL
あらすじ 大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。 没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。 しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。 鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。 一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。 冷ややかな契約婚として始まった同居生活。 だが、伊織は次第に知ることになる。 鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。 発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。 伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。 月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。 大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

処理中です...