禁猟区

美里

文字の大きさ
22 / 31

ナオミ

しおりを挟む
これまで入ったことのない飲み屋で、痛飲したことまでは記憶にある。
 そしていま俺は、見知らぬ部屋の見知らぬベッドで、見知らぬ女の白い背中を呆然と見つめている。
 誰だろうか、この背中の主は。麻美ではないことは、髪の色と長さで分かる。サクラではないことも。その二人以外の女の容姿と名前が俺に一致していない。かつて飼い主だった女かもしれないし、初対面の相手の部屋に転がり込んだのかもしれない。
 相手の見当が全くつかないまま、俺はそっと上半身を起こした。
 広い部屋だった。白と赤で統一され、モデルルームみたいに生活感がない。
 この部屋には見覚えがない。多分昨日の晩、俺は誰か見知らぬ女の部屋に転がり込んだのだろう。
 そこまで状況を把握し、素晴らしいまでの二日酔いに頭を抱えたとき、隣で寝ていた女が、ふと予備動作もなく身を起こした。
 「散々飲んでいたものね。二日酔いでしょう。」
 低い、きれいな声をしていた。振り向けば、裸の胸を隠そうともせずにベッドに座っているのは、やはり見たことのない女だった。
 若くはないが、自分の魅力をよく理解しているタイプの女だ。いくつになっても美人で通るだろう。
 「……すみません、俺、記憶がなくて。」
うねうね波打つ内臓と、がんがん痛む頭に辟易しながら最低な言葉を吐くと、女はくすくすと笑った。
 「でしょうね。昨日の夕方うちの店に転がり込んできたときはもうベロベロだったものね。」
 「……それで、俺、どうなったんですか?」
 「うちの店でも馬鹿みたいに飲んでたわよ。ラストまで飲み続けてカウンターで潰れていたから、連れて帰ってきてみたんだけど……。」
 「ありがとうございます……。」
 女は口元だけで微かに笑った。色のない、形の良い唇をしていた。
 「行く場所がないって泣いてたわよ。」
 「え?!」
 驚く俺に、女は笑みを深くする。そうすると、唇の端に浅い皺が寄った。
 「泣いたっていうのは嘘。……行く場所がないって言ってたのは、本当。」
 なんだ、と、俺は安堵で肩を落とした。
 すると女は、それがいつもの手でしょ、と軽い口調で俺を揶揄した。
 「あんたのこと、連れて帰りたがってる女の子が結構いたのよ。揉めると面倒だから私が連れて帰ってきたんだけど。」
 きれいな顔だものね、と、女は俺の頬を両手で包み込んだ。

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...