観音通りにて・弟

美里

文字の大きさ
13 / 21

13

しおりを挟む
 「……え?」
 間抜けな声が、自分の口から漏れていることに気が付く。なんだ、それは。堅気とは寝ないと言ったら、売春してきた? なんだ、それは。兄貴は、そんな理由で身を売ったのか。亜美花さんも俺も母も父も学業も将来もすべて捨てて、観音通りに足を踏み入れたのか。そして今も、この男と寝るためだけに観音通りに立っているのか。
 「なに、それ。」
 そんなわけない、なんで、あんたなんて、嘘だ。
 切れ切れの台詞を、嘔吐するみたいに吐き出す。それしかできなかった。兄貴の性格は、知っているつもりだ。真面目で、頑固で、ホップステップジャンプの、ホップとステップをぶっ飛ばすようなところがある。その男が……その男だから……? そんな男だから、真面目にこんな男を愛し、頑固に全てを投げ捨て、ホップとステップをぶっ飛ばして男娼になったのか?
 俺は、危うくその場に座り込みそうになった。頭の中がぐるぐるしていて、まっすぐ立っていられそうになくて。でも、意地でその場に立っていられたのは、男が俺の方を、面白がるみたいな目で見ているのに気が付いたからだ。
 「失礼な子だね。」
 男はくすくすと笑って、なにもかもを冗談にするみたいな調子でそう言った。
 「でもまぁ、弟と同い年だから許してあげる。」
 「……弟?」
 「俺みたいなのには、家族とかいないと思ってた?」
 「……いるなら、なんで。分かるでしょ、少しくらい、俺と兄貴のことだって。」
 「分からない。」
 男は細く煙草の煙を吐き出し、軽く笑った。
 「全然分からないよ。そんなに康一が好きなら、康一が望むようにしてやればいいのに。康一の元カノと上手いこといって、康一のことなんか忘れて、幸せに暮らせばいい。康一が望むように。」
 俺の弟は、そうしたよ、と、男はまた笑った。それは確かに笑顔なのに、俺はその表情をなぜか、暗いと思った。
 「……できない。俺、兄貴のことそんな好きじゃないし。でも、兄弟だから。」
 辛うじて口にした台詞。男は一瞬虚を突かれたように目を瞬いたけれど、すぐに飄々とした表情をとりもどした。
 「兄弟だから、なに?」
 「……兄弟だから、放っておけない。」
 それだけだ、と思う。俺は兄貴とそこまで仲がいいわけでもない。それでもここまで来たのは、母親の懇願に押し切られたという理由もあるけれど、もっとわかりやすく、兄弟だからだ。好きじゃない。仲良くもない。でも、兄弟だから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...