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落ちる、と思った。それはほとんど確信だった。亜美花さんは、落ちる。俺が観音通りに兄貴を捜しに行き、一人でであれ兄貴を連れてであれ、戻ってきたとしたら、この部屋は空っぽだろう。亜美花さんも、男も、この部屋に残ってはいない。きれいに消えるのがせめてものヒモの誠意だと男は言った。男でも女でも適当に引っ掛けて、宿も飯も調達できるとも。男は、そうするのだろう。今、目の前でぐらついている亜美花さんを落として。そうしたら次に観音通りに立つのは、亜美花さんだ。
行かない、というべきだと思った。それか、亜美花さんもつれていくか。どちらにしても、この部屋亜美花さんをひとりで取り残してはならないと。なのに俺は、頭の中のぐるぐるにせっつかれるみたいにリビングを出て、アパートのドアに手をかけていた。そこで振り返れば、開け放たれたままのドア越しに、二人の姿が見える。男は、亜美花さんの頭を両手で包んで、なにか囁いているようだった。俺は、あっけらかんと誘いをかけてきたときの男の様子を思い出した。あのとき男は、本気ではなかったのだ。全然、本気ではなかった。だって今、男が全身に身に纏っている暗い影や色気のようなものを、俺は男から感じたりはしなかった。だから俺は、落ちなかった。男が、手加減をしたから。
亜美花さん、と、呼びかけようとして、できなかった。今亜美花さんを呼んでも、彼女が正気に戻ってくれなかったら、どうしたらいいのか。俺には、それが怖くて。兄貴があっさり落ちた男の手腕に、亜美花さんがもう飲み込まれていたとしたら。
見たい、と思う自分がいた。
兄貴が、どんなふうに落ちたのかを見たいと。兄貴が家族を、学業を、将来を捨ててまで観音通りに走った過程を、知りたいと。堅気とは寝ない、と、男は言った。だから亜美花さんも、きっと兄貴と同じ道をたどる。
見てはいけない、と思う自分もいた。
兄貴がどんなふうに落ちたのかなんて、見てはいけないと、だから今すぐ亜美花さんの腕を引っ張って、この部屋を離れなくてはと。
だけど俺には結局どちらもできなくて、煮え切らない頭の中で、赤いぐるぐるだけが回っていて、どうしようもなくて俺はアパートのドアを開けると走り出した。駅裏の街灯が立ち並ぶ通りに、兄貴はいる。そこで客を引いているはずだ。会ってはいけない。会わなくてはいけない。どちらの感情も頭の中に回っていて、とどめようがなかった。そのぐるぐるを回したまま、俺は走った。必死で、ただ兄貴に向かって、走った。
行かない、というべきだと思った。それか、亜美花さんもつれていくか。どちらにしても、この部屋亜美花さんをひとりで取り残してはならないと。なのに俺は、頭の中のぐるぐるにせっつかれるみたいにリビングを出て、アパートのドアに手をかけていた。そこで振り返れば、開け放たれたままのドア越しに、二人の姿が見える。男は、亜美花さんの頭を両手で包んで、なにか囁いているようだった。俺は、あっけらかんと誘いをかけてきたときの男の様子を思い出した。あのとき男は、本気ではなかったのだ。全然、本気ではなかった。だって今、男が全身に身に纏っている暗い影や色気のようなものを、俺は男から感じたりはしなかった。だから俺は、落ちなかった。男が、手加減をしたから。
亜美花さん、と、呼びかけようとして、できなかった。今亜美花さんを呼んでも、彼女が正気に戻ってくれなかったら、どうしたらいいのか。俺には、それが怖くて。兄貴があっさり落ちた男の手腕に、亜美花さんがもう飲み込まれていたとしたら。
見たい、と思う自分がいた。
兄貴が、どんなふうに落ちたのかを見たいと。兄貴が家族を、学業を、将来を捨ててまで観音通りに走った過程を、知りたいと。堅気とは寝ない、と、男は言った。だから亜美花さんも、きっと兄貴と同じ道をたどる。
見てはいけない、と思う自分もいた。
兄貴がどんなふうに落ちたのかなんて、見てはいけないと、だから今すぐ亜美花さんの腕を引っ張って、この部屋を離れなくてはと。
だけど俺には結局どちらもできなくて、煮え切らない頭の中で、赤いぐるぐるだけが回っていて、どうしようもなくて俺はアパートのドアを開けると走り出した。駅裏の街灯が立ち並ぶ通りに、兄貴はいる。そこで客を引いているはずだ。会ってはいけない。会わなくてはいけない。どちらの感情も頭の中に回っていて、とどめようがなかった。そのぐるぐるを回したまま、俺は走った。必死で、ただ兄貴に向かって、走った。
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