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ユキ・男娼
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渚がユキと知り合ったのは、ちょうど一年前の黄昏時ことだ。
その日、渚は本当なら保育所にいなくてはいけないはずだった。母親が客を取っている間、毎日そこに預けられていたのだ。
別に、保育所が嫌いだったわけではない。そこには家にはないテレビや絵本があったし、友達だっていた。その上、保育士――免許を持っていたとは思えないが――の後藤先生は、絵本を読むのがとても上手だった。
だからその日、渚が保育所に行かず、夕暮れの観音通りを彷徨っていたのは、ただの気まぐれだった。本当に、5歳のちょっと大人びた女の子らしい、ただの気まぐれ。
観音通りは治安が悪い。なにが営業しているのか、それともただの廃墟なのか分からないビルが立ち並び、その間にはいつから建っているのか分からない木造の長屋が、半ば崩れ落ちそうになりながら肩を並べている。ビルや長屋の間には、ぽつぽつと女が立っている。街灯の近くに立っているのは若く美しい女たちで、街灯から遠い暗がりに立っているのは歳のいった、うつくしいとは言えない女たちだ。
渚の母親も、街灯から遠い暗がりに立っているタイプの女の一人だった。
いつも渚は夕方になると母に連れられて、後藤先生が一人で経営している保育所に預けられていた。
保育所はごくありふれた白い壁の一軒家で、大通りからは一本入っているが、人通りはそれなりにある道の曲がり角に経っていた。その角を左に曲がればそこからは観音通りが始まるような、そんな場所だ。
渚はいつも、その一軒家の庭に入った辺りで母に手を振り、一人で保育所に入って行くことになっていた。それがその日はなんとなく、思い立って観音通りに逆戻りしたのだ。
別に母の背中を追ったわけではない。事実渚は、母の背中が観音通りの暗がりに消えてから、たっぷり20分は保育所の庭先で土をいじくりまわして一人遊んでいた。
それがその遊びに飽きて、さぁいつものように保育所のドアを開けるか、となったところで急に気が変わったのだ。その日は仲良しの夕佳ちゃんがやってこないことを知っていたのが行動の理由としては大きかったかもしれない。夕佳ちゃんは、前日からインフルエンザにかかっていたのだ。
渚はふらりと立ち上がり、ぱんぱんと両手の土を払った。それでも少し汚れていたので、コートの胸のあたりで手を拭いた。ピンク色のコートに赤土の手の痕が付いたが、別に気にはならなかった。そして、彼女は保育所に背を向け、半ばスキップしながら観音通りに入り込んで行ったのである。
その日、渚は本当なら保育所にいなくてはいけないはずだった。母親が客を取っている間、毎日そこに預けられていたのだ。
別に、保育所が嫌いだったわけではない。そこには家にはないテレビや絵本があったし、友達だっていた。その上、保育士――免許を持っていたとは思えないが――の後藤先生は、絵本を読むのがとても上手だった。
だからその日、渚が保育所に行かず、夕暮れの観音通りを彷徨っていたのは、ただの気まぐれだった。本当に、5歳のちょっと大人びた女の子らしい、ただの気まぐれ。
観音通りは治安が悪い。なにが営業しているのか、それともただの廃墟なのか分からないビルが立ち並び、その間にはいつから建っているのか分からない木造の長屋が、半ば崩れ落ちそうになりながら肩を並べている。ビルや長屋の間には、ぽつぽつと女が立っている。街灯の近くに立っているのは若く美しい女たちで、街灯から遠い暗がりに立っているのは歳のいった、うつくしいとは言えない女たちだ。
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保育所はごくありふれた白い壁の一軒家で、大通りからは一本入っているが、人通りはそれなりにある道の曲がり角に経っていた。その角を左に曲がればそこからは観音通りが始まるような、そんな場所だ。
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別に母の背中を追ったわけではない。事実渚は、母の背中が観音通りの暗がりに消えてから、たっぷり20分は保育所の庭先で土をいじくりまわして一人遊んでいた。
それがその遊びに飽きて、さぁいつものように保育所のドアを開けるか、となったところで急に気が変わったのだ。その日は仲良しの夕佳ちゃんがやってこないことを知っていたのが行動の理由としては大きかったかもしれない。夕佳ちゃんは、前日からインフルエンザにかかっていたのだ。
渚はふらりと立ち上がり、ぱんぱんと両手の土を払った。それでも少し汚れていたので、コートの胸のあたりで手を拭いた。ピンク色のコートに赤土の手の痕が付いたが、別に気にはならなかった。そして、彼女は保育所に背を向け、半ばスキップしながら観音通りに入り込んで行ったのである。
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